皇帝陛下の反省。
「……………あぁ、クソッ…!!」
蹴散らす様な勢いで駆けてきた道を、オレは無言のまま引き返した。
相当酷い面構えをしているのか、見回りの兵士や、後宮の門番らはオレを見るなり蒼褪めていた。
漸く人気が途絶えた所で足を止め、石畳を睨み付けながら吐き捨てると、背後から腹立たしい位冷静な声が掛けられる。
「下品な言葉遣いはお止め下さい。ホウリ大師が嘆かれますよ。」
「知ったことか!お爺に何と言われ様と、所詮オレは戦しか能が無い下品で粗野な男だ。」
諫める言葉に、即座にそう返すと、呆れた様な長いため息が聞こえる。…一々腹の立つ男だな。
「…それで、その下品な罵りはどなたに向けたもので?」
呆れの中に、探る様な色が混じる。それさえも苛立たしいが、それ以上にこの鮮烈な怒りは…
「…自分に向けたものに決まっている。……サラサに向ける様なクズに成り下がったオレなど、生きている価値もないわ。」
己への怒りと羞恥。
自分がどうしようも無く、情けなかった。
「それを聞いて安心致しました。」
淡々とした声が、シレッと追い討ちをかける。
苛つき、肩越し振り返り睨み付けるが、面の様な無表情はチラとも崩れない。
「…………………、」
何か無性に馬鹿馬鹿しくなって、長く息を吐き出す。
一瞬白く凍り、すぐに消えて行くソレを追う様に見上げた夜空には、凍てつく様な蒼い月。
頭を冷やせと月にまで言われている様な気になり、自分の被害妄想に更に呆れる羽目となる。
目を瞑れば浮かぶのは、いつもの柔らかな笑みでは無く、泣きそうな顔で睨むサラサ。
そして、そんな顔をさせたのは、オレ。…オレなのだ。
本当は、分かっている。
セツナの言う事も、サラサが言いたい事も。
戦場に立っていた頃のオレは、皇太子だった。重要な位置であろうとも、まだ替えのきく存在。
王となった今とは違う。
今オレが倒れる事となれば、国は乱れる。万が一にも、何かあってはならないのだ。
「………………。」
分かっては、いても。
このもどかしさは飲み込めない。
守れる力があって、守りたい存在が手の届く場所にいるというのに…それさえもままならないとは。
「…王になど、なるものではないな。」
独り言の様に呟いた。
「しかしそれでは、サラサ様は別の男の奥方様となっておりましたよ。」
「……お前は一々煩い。」
どうせ、辞めたいと言って辞めれるような地位では無いのだ。妄想くらい好きにさせろと言いたい。
…しかも、他の男の隣にいるサラサを想像してしまい、無駄に苛ついてしまった。
本当に、何て無様な。
オレの傲慢さと認識の甘さが、お前に言いたくない事を言わせた。泣きそうな顔をさせた。
それなのに、受け入れてもらえなかった事に衝撃を受けて、八つ当たりをした。
嫌われて、当然だ。
…嗚呼、でもどうか、願わくは、
こんなどうしようも無い男を、見捨てないで欲しい。
「…………………、」
後ろから、もう一度ため息が聞こえた。
立ち尽くしたままのオレの背中に向けてセツナは、『…ですが、』と、ついでの様に付け足した。
「今もし貴方が身一つで国を追われる事になっても…彼女はついて来て下さるでしょうね。」
「…………………、」
…もしそれが本当ならば、なんて幸せな事なのだろうか。
だが、まぁ、
「サラサにそんな苦労をさせる気は無い。」
「…なら、お仕事致しましょうか。」
不遜な態度でそう言い切ると、飄々と返された。
確かにそうだ。
此処でこんな鬱々としているなど、無駄以外の何ものでも無い。
それ位ならさっさと事件を解決して、サラサに謝りに行こう。
決意したオレは、後ろを振り返らず王宮へと歩き出す。
「…賊の逃走経路は割り出せたのか?」
「確定は現段階では出来ません。目撃証言が少な過ぎます。」
「掻き集めろ。それから逆賊の可能性以外にも、個人の恨みの線も洗い出せ。…目撃者である侍女の主人…エイリ家中心でな。」
「御意に。」
待っていてくれ。サラサ。
謝るから、だからどうか、
オレの知らない所で――泣かないでいて欲しい。
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