側室(仮)の悩み。
「……どうかなさいましたか?サラサ様」
窓辺に置かれた椅子に腰掛け、飾り格子越しの空をぼんやりと見上げていると、気遣わしげな声がかけられた。
緩やかに波打つ栗色の髪、長い睫毛に縁取られたつぶらな瞳。
ビスクドールの様な美少女は、心配そうに私を見つめている。
「大丈夫よ、カンナ。……心配してくれてありがとう」
カンナは、『サラサ』の実家からついてきてくれたメイドさんだ。
此方の世界の常識を知らない私をフォローする為、父母(仮)がつけてくれた娘なので、私が相馬沙羅である事も知っている。
本当のお嬢様では無い私を、気遣い過ぎる位気遣ってくれる彼女を心配させたくなくて、何とか笑顔を浮かべるが、余計心配そうな顔をさせてしまった。
それでもカンナは、それ以上追及はしない。
さりげない形で私を慰めてくれる。
「……珍しい茶葉が手に入ったのですが、気分転換にいかがですか?」
「わぁ、楽しみ!カンナのいれてくれるお茶、凄く美味しいから」
「光栄ですわ。では早速ご用意致します」
頬を僅かに紅潮させ、少し照れた様な微笑を浮かべたカンナが部屋を出て行くのを見送り、私はため息をついた。
……ダメだなぁ。カンナに心配かけちゃうなんて。でも冒頭で記した様に、此処最近私はずっと悩んでいるのだ。
ちなみに結婚する事に対しての悩みじゃない。てゆうか、もうとっくに結婚したし。
此処、後宮ですから。
私はこの国……鴻国の皇帝陛下の……えっと何番目だったかな……確か15?番目くらいの側室となりました。
数日でこの世界の色んな事や、貴族の子女としての礼儀作法その他諸々を詰め込まれ、半ば朦朧としている内に、気が付いたら此処にいた。どんだけショートしてたんだ自分。
……で、肝心の旦那様ですが……びっくりする位、格好良い人でした。
黒髪黒目のワイルド系で、私の好みど真ん中!!神様ありがとう!!
ですが格好良すぎて直視出来ません!!
アイドルだって、遠くから眺めてキャイキャイ騒いでるのが楽しいんです。間近で旦那を見て鼻血出しそうになる妻とか、無いでしょう……。
しかも旦那様は、凄く優しい方でした。
詰め込み学習のせいで、ろくに働かない頭のまま後宮入りして、その日の夜が初夜とか……流石にキツかった。
泣きそうになりながらも、拒否なんて許され無い事は分かっていたから、唇が白くなる程噛み締めて、私はずっと俯いていた。
夜に後宮に渡ってきた皇帝をお迎えし、さぁ覚悟を決めろ私、と腹を括ったところ、皇帝は私を見て苦笑した。
ちんけな小娘を馬鹿にする笑いでは無く、困ったような微笑み。
寝台に腰掛け、近くのテーブルに用意してあった酒瓶とグラスを手に取った皇帝は、固まった私を手招きし、自分の隣をポンポン叩き、座れと示した。
酌を頼む、と酒瓶を渡され、私は慌ててグラスにお酒を注ぐ。
皇帝はガラスの器を目で楽しむ様に数回揺らす。
薄暗い灯りの中でも美しい玻璃は、色鮮やかで、昔旅行先で見つけた薩摩切子を思い出した。
私がぼんやり見ている先、鼻先を近付け香りを確かめた皇帝がお酒に口を付けようとしたところで、私は我に返る。
慌てて皇帝を止めた。
今思えば不敬過ぎるけれど、ある単語が思い浮かんだのだ。
後宮とか皇帝とか遠い世界話の様で実感が湧かないけれど、映画や小説の中ではよく耳にする『毒味』。
……毒味とか、正直怖い。でも、目の前にいる人は、私なんかと違って、替えのきかないたった一人のひと。
震える声で『私が先に』と申し出ようとしたが、皇帝は、優しい笑みで私の髪を撫で、そのまま酒を呷った。
いわく、毒には耐性があるから大抵のものは、彼にはきかないそうだ。
後、色やにおい、ついでにカンで分かるらしい。
……カンて。
脱力した私は、だいぶ緊張もほぐれ、その後朝まで皇帝とお話していた。
……アハンな事は一切ありませんでした。
初訪問は、そういう事はしないのかな?と思っていたが、どうやら蒼白だった私を哀れに思った皇帝が見逃してくれた様です。
彼は朝帰る前に、自分の指に傷をつけ、寝台に血痕を残していったから。
お役目を果たせなかったと、私が責められないように。軽んじられないように。
……ジャスト好みな男性に、そんな優しい扱い受けて、惚れない女の子なんている?
私はまんまと惚れましたよ。
まさかの異世界で、旦那様に片想い中です。
……でも、旦那様には既に10人以上の美しい奥様がいます。
咲き誇る薔薇の様な彼女らに比べたら、私は野草……いや雑草。
恋の成就は早々に諦めました。
でも、あの方の為に何かしたい。
私はずっと、皇帝の為に何が出来るかを悩んでいるのでした。
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