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将軍閣下の危惧。

近衛軍大将、セツナ・イノリ視点となります。


「後宮へ向かう!」



急ぎの仕事を鬼の形相で片付けた我が主は、そう宣言し全力疾走の勢いで執務室を飛び出した。


何時ものように、一旦自室に戻るのも惜しいのか、着替える事無く後宮へ向かう。



「お待ちを!!」


後ろ姿に叫ぶが、止まる素振りも見せない。

無駄に足が速い為、力尽くで止まらせる事も出来ず、私は舌打ちした。

せめて引き離されない様追い掛ける。



後宮に賊が侵入したとの知らせを受けた時、滅多な事では顔色を変えないこの方が、一瞬顔を強張らせた。


それは、瞬きする程度の時間だったので、私以外の誰も気付かなかった様だが。その後も、後宮の警備強化や女性兵士の増員、調査など、何時も通り迅速な対処が為されていたので、余計だ。



私も、冷静に仕事を処理するこの方を見ているうちに、その事を忘れていたのだが…



公の時間が終わった途端、脇目も振らず走りだすとは。



後宮の入り口に近付くと、衛兵達が一瞬身構えたのが分かる。猪かと言いたくなる様な勢いで突っ込んで来られれば無理は無い。


だがその猪の正体が皇帝だと分かると、慌てて剣に掛けた手を外し、礼をとった。



「門を開けよ!」


「…はっ!」



戸惑いながらも、皇帝自らの命令に背く訳も無く、扉が開けられた。



だがその間に追い付く事が出来た私は、陛下の前へと回り込む。


大抵の人間が震え上がりそうな視線が、容赦無く私に突き刺さった。



「…其処を退け。」


「…賊が未だ捕まっておりません。尊き御身を危険に曝す訳には参りませぬ。」


「…馬鹿馬鹿しい。オレがどれ程の死線を潜り抜けたと思っている。」



吐き捨てる様に呟かれた言葉は最もだ。

この方は、まだ十代であった頃から、地獄の様な戦場を駆け抜けてきた。目を覆いたくなる様な惨たらしい場面や、死を覚悟した絶望的な窮地に立ち会ったのも、一度や二度では無い。



後宮に入り込んだ数人の賊など、この方にとっては物の数では無いだろう。



――だが、戦場を駆け抜けていた時と今では、違うのだ。



今のこの方は、鴻国を背負う尊き身、唯一無二の存在。



万が一にも、傷付く可能性があってはならないのだ。



「…………其処を退け、セツナ。」


「陛下!」



闇色の瞳が、鋭く眇められる。ピリリと肌があわ立つ様な殺気が放たれ、陛下は腰に佩いた剣に手を掛けた。



「これ以上の問答は無用だ。…退かねば、無理矢理通るぞ。」


「……、」



嫌という程の本気を感じ取り、私は歯軋りしたくなる思いで、体をずらした。


…こんな場所で、しかも守護対象最上位にいる方と切り合いをするなど無意味過ぎる。



この方が生を受けて二十四年。その殆どを傍で見守ってきたが、女に執着していた事は一度も無かった。


立場上、適当に遊ぶという事は許されなかったが、あの男ぶりだ。貴族の子女は元より、高級娼婦さえも仕事を忘れ熱をあげていたというのに、陛下は冷静そのものだった。


側室を迎えても、同じ。



あまりの温度差にお嬢様方を哀れに思ったが、同時に安堵もした。



如何なる賢帝であっても、女に狂えば只の人間。寵妃の願うままに贅を尽くし、残虐な所業を繰り返し、国を傾けた王は、何人もいる。



我が国は、その心配はなさそうだ、と…思っていたのだが。



一直線に駆けて行く背を追いながら、私は苦く心の中で呟く。



『サラサ・トウマ』



どうか皇帝陛下を蝕む毒であってくれるな、と。



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