側室(仮)の不安。
ドンッ、
「……っ、」
勢いよく突き飛ばされた私は、なんとか踏み止まり無様に転がる事を免れました。
転ばなかった私に、舌打ちをしたお嬢様は、盛大に顔を歪める。
……お顔が般若みたいになってますよー。
「あら、ごめんなさい。…目立たないからぶつかってしまったわ。」
ハン、と鼻で哂いながら見下した視線を下さるのは…やはりルリカ様でした。
…嫌がらせにひねりが無いなぁ、なんて事を考えながらも私はニッコリ笑む。
「大丈夫です。ルリカ様こそ、お怪我はありませんか?」
「…っ、……ありませんわっ!」
私が平然と返すと、ルリカ様は元々吊り上がり気味の眦を更に吊り上げる。
顔に、『ばっかじゃないの!!』の書いてありますが、是非声に出して言っていただきたい。
「…行きましょう!」
全く堪えた様子の無い私に、ルリカ様は苛立ちを募らせ、足音荒く立ち去って行った。
「…………ふぅ、」
小さくなっていく背中を見送って、私は長く息を吐いた。
あれから、小さな嫌がらせが多発しております。
…まぁ、本当に小さな嫌がらせなんですけどね。
こうやって出会い頭にぶつかられたり、聞こえよがしに悪口を言われたり、部屋の前にゴミが置いてあったりとか。中学生か。
こんな事くらいで私の何を挫こうというのですか。言っときますが私、相当図太いですよ。
「…あの、」
「?」
仁王立ちしていた私に、後ろから控え目な声がかけられました。
振り返ると其処にいたのは…
「…ホノカ様。」
フワフワの赤毛と、目尻が下がった柔らかな翠の瞳。癒し系美女、ホノカ様です。
「…ごめんなさい。私のせいで。」
「いいえ。」
申し訳なさそうなホノカ様は、多分今のやり取りを見ていたのだろう。
私は首を振って苦笑した。
「ホノカ様のせいではありませんよ。私が子供だったんです。」
「そんな事…貴方は私を庇って下さっただけではありませんか。」
「やり方がまずかったんです。…もう少し穏便な方法もあったんでしょうし。」
声高に正義を叫ぶだけで争いが無くなるなら、誰も苦労はしません。
私がするべきなのは、ルリカ様のプライドをへし折る事では無く、皆様の溝を埋める事です。
それが現段階では難しくとも、あの席では話をやんわり逸らすなり、何か方法があった筈。
…本当に、私はまだまだです。
「…そんな事ありませんっ!」
「っ?」
突然、声を荒げたホノカ様に、私はビクッと肩を竦めた。
ど、どうなさったんでしょう。
「サラサ様は、何も悪くなどありません!人を貶めるルリカ様が悪いのです…!!」
「…ほ、ホノカ様?」
激昂したホノカ様を、私は唖然と見ている事しか出来なかった。
きっと積もり積もったものがあるのでしょうが、それにしても…。
「あの方もあの方のお父上も、人を見下してばかり…!権力を振りかざすあの方々に、どれ程の方が涙を飲んだ事か!」
「ほ、ホノカ様!お声が大きいです!」
ヒートアップしてきたホノカ様の声が、だんだんと大きくなってきたので、私は慌てて止めた。
こんな、何処に目や耳があるか分からない場所で危うすぎます。
「…あ、……ごめんなさい。」
ホノカ様は、我に返ったのか、項垂れた。
そしてペコペコ頭を下げながら、ホノカ様は去っていったのですが…
なにやら多方面から恨まれている様子ですね…ルリカ様親子は。
不穏な何かを感じながら、暗雲が立ち込める空を私が仰いだ日から、数日後の話です。
後宮に、何者かが忍び込んだらしい、との情報が流れました。
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