プロローグ
私は今、とても悩んでいます。
あ、申し遅れました。私の名は相馬 沙羅。一介の女子高生トリッパーです。
若干妖しい語感な気がするのは、気のせいです。
軽く言ってはいますが、異世界に飛ばされた当初は、本当に驚きました。
友達と夏休みに遊園地へ行って、逆バンジーにチャレンジ。怖くてぎゅうっと瞑っていた目を開けたら薄暗い路地裏にいた。ありえん。
普通……いえ、異世界トリップに普通の定義があるかは知らないけれど、セオリーとしては落ちるモンなんじゃないの。
飛んだら異世界ってどんな新境地ですか。
そして私が消えた後のバンジーのゴムの行方が気になる。昔懐かしのコントの様に誰か、ばっちんされてないといいけど。
とにかく、不本意ながらトリップしてしまった私は、当然の事ながら訳が分からなかった。先ずは自分の頭を疑った。
でも夢や幻にしては、色んな事がリアルで。
薄汚れた壁に貼られた、色褪せたポスターに書かれた、不可思議な文字。
湿った土の上に、無造作に置かれた樽の影から這い出す、見たこともない形の虫。
夏休みだった筈なのに、肌をさす様な冷気と、嗅いだ事の無い、すえた様な臭い。
五感が私に訴えた。
此処は私が生きていた場所では無い、と。
混乱し、恐慌した私は、その場から一歩も動けずに、震えていた。
寒さと、恐怖に。
で、気付いたら攫われてた。
あ。この辺前振りなんで、色々サクサク進みます。
その時の私の恐怖や憤りは、取り敢えず今は置いておきましょう。
攫われた私の行き先は、奴隷市場か娼館だろうと予想していました。お先真っ暗です。
見ず知らずの狸親父に好き放題される位なら……と真っ青になりながら覚悟を決めたのですが、私のついた場所は、どちらでもありませんでした。
其処は豪華なお屋敷で、どうやら貴族のお宅の様です。
でもまだ狸親父に売り払われる可能性が消えた訳じゃない、と警戒する私の前に現れたのは、壮年の男性とその妻らしき女性でした。
因みにダンディーなおじさまでした。奥様は清楚な美人。
妻公認で人身売買とか流石に無いと思うのでセーフ。と私は漸く安堵しました。
安堵したのも束の間、夫婦に抱き締められた。何のプレイだ。
離して下さいとパニくる私に、二人は驚いた顔になり、恐る恐る『サラサ』じゃないの?と訊ねた。
惜しい、『さ』がいっこ多い。
彼らは、驚き悩んだ後、意を決した様に顔を上げ、私にお願いがある、と言いました。
そのお願いとやらをザックリ纏めると、彼らはどうやら私に、娘の身代わりになって欲しいらしい。
数日後に嫁入りを控えた彼らの娘が、今日突然いなくなったそうだ。結婚が嫌で家出とか黄金パターンだよね、と大層不謹慎な事を考えてしまったが、娘は割と乗り気だったらしい。
急に雲隠れしてしまった娘に、彼らは蒼白。
嫁ぎ先は彼らより身分が上で、今更此方側から撤回なんて出来ない。
何とかして娘を捜し出そうとした所、娘そっくりの私を発見。
勘違いで攫ってきてしまったと。
……あれ。何かそれ違う黄金パターンな気がする。
娘今ごろ逆バンジーされてませんか?私の代わりに富士山見ながら空舞ってませんか??
そうなると、娘さんを捜し出すのは不可能に近い気がするし、私も娼館行きは遠慮したいので、身代わりで嫁入りを決意しました。
この世界で頼る人もいませんし、どうやったら元の世界に帰れるかなんて全く分からないし、取り敢えずやるだけやってみましょう。
ところで貴族の奥さんってなにすりゃいいの。
と、早速躓きましたが、正確には貴族の奥さんじゃありませんでした。
嫁ぎ先は、
――なんと王様。
………色々あり得無さすぎやしませんか。
.