側室(仮)の報告。
キィ…、
先日の様に、書庫の扉を潜った。
今日の天気が薄曇りな為、室内はこの前より薄暗かった。少し湿気も感じる。
本に湿気は大敵ですが、この世界では何か対策を講じているんでしょうか、と関係無い事を考えながら奥へと進んだ。
カタン、
予想通りその方は、この間と同じ場所にいた。
本棚の前に立ち、分厚い本に視線を落とす横顔は、とても綺麗です。
伏し目がちの瞳に影を落とす長い睫毛。彫りの深い目鼻立ちに、手触りの良さそうな肌理の細かい象牙色の肌。
元の私の世界のモンゴロイドの特徴を持ちつつも、欧米系の顔立ちともいいましょうか。
…あ、ちなみにシャロン様は、完全にコーカソイドですね。この世界に人種の括りがあるかは分かりませんが。
「……この前の話の続きをしにきたのかしら?」
「!」
ぼんやりと私が見つめていると、美人さんは此方を見ずにそう言った。
パタン、と手元の本を閉じる。
どうやらとっくに、気付かれていたようです。
高い場所から私を見下ろす美人さんは、面白がる様子は見受けられません。
静かな瞳はただ、じっと私の出方を待っています。
「……はい。」
私は真っ直ぐに美人さんを見据え、はっきりと頷いた。
「………………。」
本を棚に戻し、美人さんは靴音を鳴らし階段を降りてくる。
…カツン、
私の前に立った美人さんは、腕を組み、私に視線を合わせた。
「……それで?恨み言なら聞かないわよ。知りたいと言ったのは、貴方。」
「…………?」
報告をしようと思った私は、思ってもみなかった事を言われ、首を傾げた。
…恨み言?
なにを恨むのでしょう。確かに知りたいと言ったのは私で、美人さんは教えて下さっただけです。
それに美人さんが教えてくれなくとも、私は知る事になったでしょう。私は此処へ歴史書を探しにきたのですから。
寧ろ分かりやすく説明して下さった事に、お礼を言うべきでしょう。
うん、そうです。
「…教えて下さって、ありがとうございました。」
「…っ、」
あれ?この前もこんな事があった気が…デジャヴ?
頭を下げ、そんな事を考えていると、息を飲む音がした。
顔を上げると、美人さんは困惑した顔をしていました。大人っぽい美女なのに、頼りなげなその表情は、迷い子の様です。
「……何故?」
「……はい?」
突然、何故?と言われても困りますね…何のお話でしょう。
「…知らなければ良かったとは思わないの?」
「思いません。」
「……即答ね。」
美人さんは、苦く笑む。でも歪んだその笑みは、私を嘲笑うというよりは、自分に向けた…そう、自嘲に見えました。
「…好きな人の事です。例えどんな内容でも、知らないよりは知っていた方がいい。」
「知らない方が幸せ、という事も、世の中には沢山あるわ。」
「…そう、ですね。…それはあります。でも、コレは違う。これは、知らなければいけない事なのです。」
どう伝えたら、上手く伝わるのかは分かりません。
ですが私は、まとまらない思考のまま、懸命に言葉を紡いだ。
「知らないまま陛下を慕っている方が楽です。幸せです。…ですがそれでは、きっと歪む。」
耳を塞ぎ、目を背けていては、私はきっと大切な方さえ見失ってしまうでしょう。
そんな私じゃあ、あの方は護れないのです。
「私は胸を張って、あの方を好きだと言いたい。…それだけです。」
「……………………、」
美人さんは、拙い私の言葉を最後まで聞いて下さいました。
……よく考えなくとも、随分恥ずかしい事を言ってしまいましたね。
今更照れ臭くなって、じっと見つめてくる瞳に、私はヘラリと笑いかけた。
「…以上、報告でした。」
「……報告?」
美人さんは、私の言葉を不思議そうに繰り返す。
パチパチと瞬く仕草が可愛らしいです。
「…美人さん、言ってらしたじゃないですか。好奇心で知識欲だって。」
「………………………………………貴方、」
長い沈黙の後、美人さんはフハッ、と吹き出した。…クールな美人が、……台無しにならないところが凄いな…。
爆笑していた美人さんは、笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、私に向けてこう言った。
「…本当に、変な子ね。」と。
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