02
思い立ったが吉日です。
私は早速、図書館に行く事にしました。
「…ふわー。結構大きいのですね。」
書庫に使われている建物を見上げながら、私は独り言をこぼす。
取り敢えず、勉強しようと思い立った私は、王宮内にあるであろう図書館を使えないかとカンナに相談してみた。
そうしたらカンナは、にっこりと笑いながら、『書庫でしたら、後宮内にもございますよ。』と教えてくれた。
なんでも、何代か前の皇帝が寵妃の為に建てたらしい。
他の建物に比べ華美さは無いものの、結構立派な造りで、蔵書量も中々のもの。
…ただし、利用者はほぼ皆無。側室の方々は、本に興味は無いようです。
大きな扉を押すと、ギィ、と重々しい音をたててゆっくりと開く。
「…お邪魔します。」
誰に向けるでも無く呟いて、室内へと身を滑り込ませた。
「…………。」
ほぼ利用者がいないと聞いていたが、ちゃんと掃除は行き届いている様で、埃っぽさは無い。
少し冷えた空気に、本独特のにおい。シンとした空間は、扉一枚隔てただけなのに、まるで外界から隔絶されたかのような雰囲気があった。
――カツン、
自分の靴音が、静かな室内にやけに響く。
いくつも並ぶ棚の一つに近付き、最近身につけたばかりの拙い語学力で何とか背表紙の文字を読んだ。
えーと……礼儀作法…は、まだいいや。
…香とかも今はいいです。
…とりあえず、地図が見たいんだけどなぁ。
後、歴史書とか。
私レベルに落としてくれてあると尚よし。『よくわかる鴻国の歴史』とか『教えて偉い人』みたいなの。
……え、ある訳無い??
いやいや。皇帝のお子さんだって、初めは後宮にいるわけですし、あるかもですよ。
「…………………。」
背表紙の文字を追いながら、私は奥へと進む。
カツン、コツン、と足音を響かせながら。
「…………歴史、…歴史。」
ブツブツと独り言を繰り返しながら、私は必死に本を探していた。
「……歴史、」
「歴史書なら、」
「…っ!?」
ふいに、私の独り言に返事が返った。
何の覚悟もしていなかった私は、驚きに一瞬息を止める。
「…歴史書なら、その左隣の棚よ。」
割り込んだ声は、落ち着いたアルトボイス。
静かで凛とした…まるでこの書庫の様な声の主人を探すべく首をめぐらせると、
その人は、一段高い場所から私を興味深そうに見ていた。
キッチリと纏め結い上げられた黒髪と、理知的な美貌。派手さは全く無いが、趣味の良い落ち着いた装い。
………なんですか、この知的美人さんは。
呆然と見上げる私を、美人さんは、上から下まで眺め、ふぅん、と意味ありげに頷く。
薄紅色の唇が、ゆるりと口角を上げ、魅惑的な微笑を浮かべた。
「……此処に、皇帝の寵以外を欲する女がまだいたのね。」
「……え?」
首を傾げる私に、美人さんは、あら、と同じ様に首を傾げた。
「…それとも、皇帝の寵愛を受ける術でも学びにきたのかしら?」
その言い方には、明らかに刺があった。
声も、敵意はないものの、決して好意的とは言い難い。
…なにやら、返事が遅くなった事で嫌われてしまったのでしょうか。
少し残念に思いつつも、私は正直に答えを返した。
「…よくは分かりませんが、皇帝陛下の寵は欲しいです。」
「……………。」
私がそう返すと、美人さんは興味を無くした様に冷めた目になった。
本格的に嫌われてしまったようです。
ですが、いいえと言えば嘘になります。
「私は陛下が大好きなので、陛下にも好きになっていただきたいと思っていますので。」
「………………え?」
美人さんは、私がそう付け足すと、何故か吊り上がり気味の瞳を瞠った。
……私は何か、変な事を言ったでしょうか?
目を見開いたまま私を見つめる美人さんに、内心首を傾げつつも、私は彼女に向かって頭を下げた。
「ですが、今必要なのは歴史書なのです。…場所を教えて下さって、ありがとうございました。」
「………………………………………。」
長い沈黙が落ちる。
お礼が言えてスッキリした私が、顔を上げると、なんともいえない顔をしていた美人さんは、小さくポツリと呟いた。
「………変な子。」、と。
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