側室(仮)の本音。(4)
お久しぶりです。
煮詰まり過ぎて、相当時間をあけてしまい、申し訳ありませんでした<(_ _)>
覚悟は出来ていますなんて、とても言葉に出来無い。
愛があればどんな壁だろうと越えていけるだなんて、言い切れるほど私は、無垢でもないし、強くもないから。
私は押し黙ったまま、俯いた。握り込んだ拳が、敷布にシワをつくる。
陛下はそんな私を責める事はせずに、ただ困ったように笑う。
違う。違うんです。そんな顔をさせたかった訳じゃない。
虚しい言葉が頭の中を駆け巡るけれど、結局は何一つ発せないまま、私は唇を引き結ぶ。
どんなにこの方を……アカツキ様を愛していても、私ごときではどうにもならない事がある。
むしろどうにか出来る事の方が少ないですが、そうではなくて。
敵国や、私の存在を快く思わない貴族や高官、側室方の御身内、色んな方面から命を狙われる可能性。それから、世継ぎを身籠る事により向けられる注目と重圧。
怖い事は、沢山ある。数え上げれば気が遠のく程に、沢山。
でもそれより、怖い事がある。さっき、知った。否、気付いてしまった。
「……っ」
私は、私自身の思いや決意などお構いなしに、この世界から弾き出されるかもしれない。異世界から迷い込んだ不安定な私は、またふらりと飛ばされてしまうかもしれない。鴻国から。アカツキ様の傍から……永遠に。
そんな私が、どんな顔で、『覚悟が出来ています』なんて言える?
『支えます。但し、私が消えるまで』だなんて、どの面下げて言えるんですか。
言う資格さえ、持たないと言うのに。
「……サラサ」
私を覗き込んだ陛下は、難しい顔付きになる。
たぶん私、自分が思う以上に酷い顔をしているのでしょう。
短く息を吐き出した彼は、私の肩に腕を回して抱き込んだ。大きな手が、愚図る幼子を宥めるように、背を擦る。
「そんな顔をするな。……オレは、この通り武骨で気の利かない男だが、お前の不安の十分の一……いや、百分の一くらいかもしれないが、理解しているつもりだぞ」
酷く困ったように、陛下は呟いた。彼らしくない自信なさげな声と同様に、内容も心許ない。十分の一が百分の一になってしまった。
彼の立場を思えば、宥める、慰める、という行為自体が不慣れなんだろう。
それでも陛下は、言葉を選びながら必死に、私を慰めてくれた。
「たった十七年間しか生きていない娘が、途方もない大きなものに巻き込まれている。それは恐怖でしかないだろう。オレが皇帝なんて面倒な地位にあるばかりに、お前は普通の娘なら悩まなくていい事で、沢山悩まされている」
「……」
「即決出来無くて、当然だ。悩んで当たり前なんだよ、サラサ。そんな事で嫌ったり怒ったりなどしないから、泣きそうな顔をするな」
「陛下……」
「……それにオレは、少し嬉しかったぞ」
「え?」
私は思わず、陛下を見上げた。
だって、彼を困らせる事はした自覚はあっても、喜ばせる事をした覚えはない。悩んだ挙句に押し黙っただけ。一体それの何処が。
戸惑う私を余所に、陛下は笑う。はにかむような笑顔は、いつもよりも少し幼い。
「お前が普通の側室だとは、もう欠片も思っていないが、大多数の側室は即座に頷くものだ。欲に目を輝かせるか、怯えるかしてな」
「…………」
「でもお前は、考えて悩んでくれたのだろう?そしてその上で、嘘を吐かないでいてくれた」
それはとても、大変な事なのだと彼は言う。
皇帝に同意を求められれば、どんなに理不尽な内容であっても、頷くしか出来無い。異を唱える事が出来る者は、極僅かなのだと。
そう嬉しそうに言うアカツキ様に、私は胸を締め付けられるような痛みを覚えた。
さっき陛下は私に、『普通の娘なら悩まなくていい事』と言ったけれど、それは陛下も同じ事。
問いにYESしか返してもらえないというのは、嬉しい事でもなんでもない。それならば問わない方が、マシだ。そんなもの、独り言と変わらない。
少しは分かっていたつもりだったけれど、とんでもない。陛下の孤独は、私の想像をはるかに超える。
玉座とは、なんて、遠く寂しい場所なんだろう。
「だから、好きなだけ悩め。……まぁ、結果次第では口説かせてもらう事になるかもしれんがな」
陛下は頬を染め、少し申し訳なさそうに付け加えた。
照れ臭くなったのか、ぐしゃぐしゃと、少し乱暴な手付きで髪を撫でる。その手があんまりにも暖かいから、余計に泣きそうになった。
「アカ、ツキさま……っ」
「え、お、おい。サラサ!?」
震えた声で名を呼べば、陛下は狼狽し身を起こす。慰めていた相手が、逆に泣きそうになっているのだから、焦るのも仕様が無いかもしれないけれど。
「口説くと言ったからか!? いや、そう簡単にオレも諦められんしな……。だ、だが無理強いはしないぞ?」
慌てているのか、陛下は早口で捲し立てる。
「気は長い方だし、口煩い爺共は黙らせる。だから、その……泣くな、頼む」
弱り切った顔で呟く陛下を見上げながら、私は心の中で謝った。
陛下にではない。
私を慈しみ、育ててくれた両親に。
お父さん、お母さん。私――、
帰る為の方法ではなくて。
帰らなくてすむ方法を、探してもいいですか。
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