側室(仮)の本音。(3)
呆気にとられた顔で固まった陛下を前に、私も固まった。
私の発言の何処に、驚くような個所があったのか分からなかったから。
「ご、誤解だ!!」
陛下の端正なお顔が、赤く染まる。
酷く焦った様子で、彼はそう叫ぶように言った。
「いや、完全に誤解だとも言いきれないが……」
「えっ」
「違う!そうじゃない!」
目を丸くした私に、陛下は更に慌てた。
顔の赤みは引くどころか広がり、今は耳まで赤い。何時もの悠然とした彼からは、全く想像出来ない程に、狼狽している。
熱をうつされた様に、私の顔まで赤く染まっていく。
ばくばくと、鼓動の音が煩い。深呼吸をして落ち着こうと思っても、呼吸の仕方さえ忘れそうな程に、混乱していた。
「そ、そうですよね」
落ち着け、落ち着こう私、と心の中で繰り返す。
そもそも、陛下が私を……その、そういう風に扱おうと思えば、いくらでも機会はあった。何せ私は、陛下の側室ですから。
未だに何事も無いのは、陛下にその気がないから。つまり私に、魅力がないから。
そこまで考えて、今度は羞恥に顔が熱くなる。
もしかしなくとも、自意識過剰。とんだ自惚れじゃないですか。
「ああ。嫌がるお前を、無理矢理犯したりなどしない」
「おかっ……」
「す、すまん!無神経な言い方だったな!そうではなくて、おまえの意志を無視したりしないと伝えたかったんだ」
「はい」
「疾しい気持ちがないと言えば、嘘にはなるが……」
「はい……え、はっ?」
あれ、何か話の流れがおかしい気がする。
落ち着きを取り戻そうとしていた私は、流しかけ、一拍遅れで反応した。
「ある、のですか?」
たぶん私も、かなり動揺しているのでしょう。思わず真顔で聞いてしまった。
陛下は一瞬言葉に詰まったあと、視線を逸らす。
「したいか、したくないかと問われれば、勿論……したいが……」
したいんだ。
驚きが大きすぎて、羞恥心が彼方へと旅立っている私は、思わず頭の中で繰り返す。
大好きな方に求められているという実感は、まだ湧いてこない。
だって、私自身は何も変わらない。
色気がない、魅力がない。女らしさの欠片もない。ついでに胸もない。ないない尽くしの私のままだ。
「サラサ」
「はいっ?」
陛下の固い掌が、壊れ物を扱うように、そっと私の両手を包み込んだ。
呼ばれて、俯きかけていた顔を上げると、真剣な瞳とかち合う。お顔は未だ赤いままだが、腹を据えたように、落ち着いた声で彼は話し出した。
「開き直ると、オレはお前が好きだから、欲しい。それが偽らざる本音だ。だが、お前の意志を無視したくないというのも、本当だ」
「…………」
「側室という立場上、拒否権など無いに等しいと思うかもしれないが、寝所にはオレとお前しかいない。嫌ならば嫌と、言ってくれて構わない」
「陛下……」
嫌な訳、ない。
大好きな方に求められて、不快に思う方がおかしい。
現に私は、嬉しい。恥ずかしくて何処かに埋まってしまいたいくらいだけれど、それ以上に幸福な気持ちが、ひたひたと胸を満たす。
でも、嬉しいと素直に伝えようとすると、喉の奥で閊えた。
「……嫌では、ありません」
代わりに出て来たのは、何とも中途半端な言葉だった。視線を逸らしたまま言っても、説得力に欠けると分かっているのに、真っ直ぐに陛下のお顔が見られなかった。
そんな私を、陛下は責めない。
やんわりと手の甲を撫でた指が、無理はしなくていいと言外に伝えてくれた。
「無理はするな」
違う、無理じゃない。そうじゃなくて。
そう思うのに、上手く言葉に出来ない。自分自身の事なのに儘ならない事が酷くもどかしくて、私は愚図る子供のように、頭を振った。
嫌じゃない。無理でもない。
すごく、凄く嬉しいのに。どうしても後一歩が、踏み出せなかった。
「……怖いのだろう?」
「……っ!」
心の内を言い当てられ、弾かれたように顔をあげる。目を見開き、言葉も出ない私を見て、陛下は静かに微笑んだ。
「未知の行為に対する怯えもあるだろうが、それ以上に、皇帝であるオレに抱かれる事が、……子を身籠るかもしれない事が、恐ろしいのではないか?」
「…………」
この場合、無言は肯定と同じ。そう分かっていても、嘘は吐けなかった。
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