側室(仮)の本音。(2)
遅ればせながら、明けましておめでとう御座います。
本年も宜しくお願い致します<(_ _)>
首を廻らせ、辺りを見回す。
目に映るのは、見慣れた天井、それから飾り格子の嵌った窓。唐木製の台に、同素材で出来た透かし彫りの衝立。
薄明りに照らされた部屋は間違いなく、鴻国の後宮にある、私の部屋だ。
怯えた光の正体は、別世界の太陽ではなく、陛下が持ち込んだ灯篭。
「…………」
どこにも飛ばされていない。
私はまだ、鴻国にいる。……陛下の傍に、いる。
そう理解した私は、ようやく詰めていた息を吐き出した。
「サラサっ?」
自分の妄想に怯えて取り乱すなんて、恥ずかしい。
でも今は羞恥よりも安堵が勝った。
へなへなと崩れ落ちた私を、焦った声が呼ぶ。
陛下は、力の入らない私を支え、胸に寄り掛からせる体勢で引き寄せた。
胸板に顔を押し付けると、鼓動が直に伝わってくる。
外は寒いのか、陛下の衣はヒヤリと冷たかったけれど、気にならない。触れあった場所から、徐々に温まっていく感覚が、なんだか嬉しかった。
血の気を取り戻し始めた私の手を掴んで、陛下は息を呑む。
「震えているじゃないか」
「え、と」
指摘されて、言葉に詰まった。
怖い妄想が止まらなくなり、パニックを起こしかけていた訳ですが、それを正直に説明するのは躊躇われる。
恥ずかしいって言うのもあるけれど、異世界トリップとか、元の世界がどうのとか、説明出来る筈もないから。
何て言うべきか悩んでいると、陛下は何か思い付いてしまったのか、表情を強張らせた。
「何故そんなに怯えている。……まさか、賊か……!?」
「ち、違いますっ!」
どもりながらも、咄嗟に否定した。
その勘違いは、不味い。大事になるフラグです。
「だが……」
納得していないのか、陛下は眉をひそめる。
何もかも見通しそうな、濁りのない黒い瞳を見つめ返しながら、違います、と言葉を重ねた。
「……怖い夢を見たんです」
「夢?」
「はい」
夢とは少し違うかもしれないが、そういう事にしておこう。
「お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした」
頭を下げようとする私を、陛下は制した。
「何者かに害されそうになった訳では無いんだな?」
「はい」
「なら、いい」
陛下は安堵したように、息を吐き出す。
表情が緩んだのと同時に、掴んでいた手の力も抜けた。
「怖い夢とは、どんなものだったんだ?」
寝台に横たわった陛下は、私の髪を梳きながら問う。
「……内容、ですか」
問われた私は、視線を彷徨わせる。
内容なんて、考えてなかった。……どうしましょう。
口ごもる私を、陛下は不思議そうに見る。
首を軽く傾げていた陛下だったが、暫し思考を巡らすように俯いた。
そして何か思い当ったのか、動揺したような顔で、私を見た。
「……サラサ」
「……はい」
陛下は私をじっと見つめた後、視線を逸らす。
何か言いたげではあるのに、凄く言い辛そうだ。
何。何でこんなに、気まずい雰囲気になっているんでしょうか。
突然の成り行きに置いてきぼりにされている私を、陛下はチラリと窺う。
「お前を揺り起した時……その、……オレの名を、呼んでいたな」
「……はぁ」
今度は私が、首を傾げる。
陛下の名前を呼んだのは確かなので頷くけれど、何とも気の無い返事になってしまった。
だって、陛下が何を言いたいのか、全く分からない。
何故そんなに言葉を躊躇うのかも分からない。普段は明確な物言いが多いだけに、余計不思議だ。
「陛下?」
俯いた陛下を、下から覗き込む。
いつもは真っ直ぐに向けられる黒い瞳が、怯んだ気がした。
言葉を紡ごうとして飲み込む、を数度繰り返し、瞳を伏せた彼は、やがて観念したように口を開いた。
「……怖い夢というのは、もしや……オレがお前に、その……無体を働いたりした、のか?」
「……むたい?」
耳馴染みの無い言葉に、私は首を捻る。
むたい、……あ、何か聞いた事がある気がします。
何でしたっけ?
意味分かりません、と言外に告げる平仮名発音をした私を、陛下は困ったように見た。
馬鹿ですみません……。
「無体というのは……あれだ。嫌がるお前に、乱暴を……」
ああ!『むたい』って、『無体』ですね!時代劇とかで見る、ご無体な、ってやつですか。
…………あれ、でもそれって、悪代官が町娘を手籠めにする時とかに、聞くような……。
「……!!」
数秒間を置いて、私は赤面し、絶句した。
乱暴って、そういう意味ですか!?
「ち、ちち、違います!!」
「本当か……?」
顔の前で両手を振る。盛大に噛みながらも、否定した。
陛下は推し量るような視線を、私に向ける。別に庇ってもいないし、気を遣っている訳でもない。
寧ろ何故、そんな風に思ったのか聞きたいです。
魘されていた私が陛下の名前を呼んだとして、無意識に助けを求めたとは、思ってもらえないんですか。
複雑な乙女心を何とか押し込め、冷静さを取り戻そうと咳払いをする。
恥ずかしくて視線を微妙に逸らしながらも、頷いた。
「本当です。私は陛下が、そのような事なさる筈ないと信じておりますし」
「えっ」
「えっ」
.