側室(仮)の本音。
その日の夜、私は眠れずにいた。
寝台に横たわり、天井を見上げる。
今夜は風が強いのか、窓が時折小刻みに揺れる。真っ暗な部屋の中、ビュウビュウと風の音が響き、不安な気持ちがこみ上げてきた。
「……」
ごろりと横を向き、膝を抱えて丸くなる。
頭から布団を被って、風の音から逃げた。……目の前の問題からは、逃げようもないけれど。
私は望んで、この世界に来た訳じゃない。だからこそ、弾かれるのも突然だとしても、なんら不思議ではないと、カンナの言葉で漸く気付いた。
人は死ぬと知識で知っていながらも、己の死がとても遠く感じるように。
いつか元の世界に帰れるかもしれないと思っても、それがどういう事を意味するのか、私は正しく理解していなかった。
自分の意志とは無関係に、帰らなければいけないかもしれない。
突然引き離され、二度と会えないかもしれない、なんて。
「……っ、」
――怖い。
寝て忘れてしまおうと思っても、恐ろしい想像が頭の中に広がってしまい、眠る事が出来ない。
また、違う場所に飛ばされてしまったら、どうしよう。
眠っている間に、この世界から弾かれて、二度と戻ってこられなかったら、どうしたらいいのですか。
ぐるぐると廻る思考は、とりとめも無く。明確な答えなど返らぬものばかり。
自分で自分に大丈夫だと言い聞かせても、わずかな慰めにすらならなかった。大丈夫ではない事は、自分が一番良く知っている。
かき乱される私の胸の内に呼応するかのように、吹き荒れる風も激しさを増す。
ぎゅうっと目を瞑ると、余計に音が気になるようになった。視覚が遮断された事で、聴覚が研ぎ澄まされてしまう。
両手で耳を塞ぐ。
ああ、早く。早く朝になって。
祈る様に心の中で呟いたその時、――暗闇が照らされた。
「!?」
閉じた瞼越しに感じる光に、私は息を呑む。
手が震え、さっきまでの比でない位、心臓が早鐘を打ち始めた。
急に朝になる訳がない……この非現実的な状況に、嫌な想像が広がっていく。
「……や、」
カラカラに喉が渇く。声とも認識出来ない掠れた音が、洩れた。
……いやだ。いや、……嫌……!!
私、お別れを言っていません!まだ、何も、伝えていないのに……!
恐怖と焦燥で、頭がおかしくなりそうだ。
鼓動が、張り裂けそうな音をたてる。瞑ったままの目から、涙が溢れてきた。
「い、や……っ」
……違う。お別れなんて、言いたくない。
これから何度機会があっても、私はきっと、お別れの言葉なんて言えない。言える筈がないんです。
だって私は、別れたくない。
一緒にいたい。皆の……陛下の、傍にいたい。
アカツキ様の、隣に、いたい……!!
「アカツキ様……っ!」
「サラサ!?」
「っ!?」
叫んだ私の声に負けない位、大きな声で名を呼ばれた。
私は、怖がっていたのも忘れ、条件反射で目を開けてしまう。
「……」
先ず目に飛び込んで来たのは、光。暗闇に慣れた目には眩くとも、陽光と呼ぶには酷く淡い、灯り。
視線で辿ると、寝台の横に据え置かれた台の上に、灯篭がある。
「サラサ」
今度は、落ち着かせようとする優しい声で、呼ばれた。
見上げる私の目に映るのは、心配そうに顔を曇らせる大好きな人。今、一番会いたかった人が、目の前にいた。
「あ……」
柔らかな灯りが、端正な顔に陰影をつくる。
凛々しい眉がひそめられ、宵闇色の双方が私を映した。
「どうした?何があった」
腕を引かれ、身を起こす。呆然としている私を、気遣わしげに覗き込むのは……。
「陛下……アカツキ様」
「ああ。そうだ、オレだ」
大きな手が労わる様に、ゆるりと頬を辿る。
その感触に、体中の力が抜けそうになった。
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