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側室(仮)の矛盾。(3)

 


 真っ直ぐに向けられた漆黒の瞳に、体が震える。

 私の動揺は、繋いだ指先を伝って陛下に知られてしまったようだ。


 気遣う表情で、もう一度呼ばれた。



「サラサ?」



 その声に抉られるのは、自業自得以外のなにものでも無い。

 目を逸らし続けた事の代償だ。



「顔色が悪い」



 陛下の手が、私の額へと伸ばされた。大きな掌が熱を測るように押し当てられ、そのまま輪郭を辿る。



「連れ回し過ぎたな。すまない」


「…………」



 無言で大きくかぶりを振る。

 子供みたいな仕草をする私に、陛下は苦笑を浮かべた。


 帰るか、と告げた陛下は、鐙に足を掛け、ひらりと馬に跨った。後ろから、そっと私を引き寄せる。



「速度は落とすつもりだが、辛かったら遠慮なく言ってくれ」



 頷く事で、返事をする。

 俯いているから、陛下の表情は見えない。


 少しの沈黙の後、困ったような声が、『掴まっていろ』と呟いた。


 行きよりも緩やかなスピードで、馬が走り出す。

 ゆっくりと遠ざかっていく、滅んだ村。黒い大木や、瓦礫の山が、だんだんと見えなくなっていく。



「あ……」



 私の覚悟まで、そこに置いてきてしまったような、虚しさが込み上げる。

 届く筈もないのに、伸ばした手は、何も掴みとれないまま下す他なかった。


 あまりの不甲斐なさに、私は唇を噛み締めた。


 元々私は、望みの無い恋を諦める為に、側室の皆様方の仲を取り持とうとしました。

 女らしい趣味も特技もない私には出来なくとも、才色兼備の皆様には、陛下を惹き付け癒す事が出来るのではと思ったから。


 側室同士の争いをなくして、後宮が、陛下にとって居心地の良い場所になるように。


 なのに、一体どんな奇跡が起こったのだろう。


 差し出す事も躊躇っていた私の恋心は、受け取ってもらえた。

 想いを、返してもらえた。


 これ以上望んでは罰が当たります。

 分かっているのに……欲が出た。



「…………」



 顔を上げれば、広がる大地。

 遠くに見える森や、山を越えても、国境はまだ遠い。


 アカツキ様は……陛下は、この広い国の未来を、たった一人で背負っている。

 知っているつもりで、私は何も知らなかった。理解していなかった。


 ぎゅう、と陛下の服を握りしめる。


 私の異変を感じ取ったのか、陛下は馬の速度を緩めた。俯く私を覗き込む。



「どうした……?」


「アカツキ様」


「気分が悪いのか。もう少し走れば街に着くが、それまで我慢出来るか?」



 アカツキ様、私は。


 貴方を、支えたい。


 あの痩せた女の子が、どう育っていくのか。

 生まれ育った土地を追われた人達が、どう生きていくのか。

 戦の爪痕の残る国が、どうやって再生していくのかを。


 私は、貴方の隣で見たい。


 そうして願いが明確になればなる程、目を逸らせない問題が、私の前に立ちはだかる。


 私は偽物で、その上、異世界から来た人間です。


 貴方に嘘を吐き続ける覚悟も、元の世界と決別する覚悟も、私はまだどちらも持たない。



「平気です」



 泣きたい気持ちを押し隠し、笑顔を張り付ける。

 すると陛下は、聞き分けのない子供を見るような、暖かな苦笑を浮かべて、私の髪を撫でた。



「お前は、嘘が下手だな」



 私の下手くそな作り笑いは、陛下の柔らかな声一つで、いとも簡単に崩された。

 更に遅くなった馬の速度と、背を擦る手が、陛下の気遣いを私に伝える。


 この方を、欺きたくない。

 でも、騙していた事を知られたくもない。


 本当に私は、矛盾だらけだ。


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