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側室(仮)の矛盾。

 


 ドカッドカッ



 馬の蹄が大地を蹴る度、もうもうと土煙があがる。

 かなりの速度で走っている為、馬上にいる私は、振り落とされないように必死だ。

 城から市までの速さなんて比べものにならない。風圧で上手く呼吸が出来ないので、真っ直ぐ前を向く事も出来ず、どの方角に向かって走っているかも把握していません。


 目的地は少々遠いらしい。

 夕刻までには城に戻らないと不味いので、少し急ぐが大丈夫か、と気遣って下さった陛下に頷いたのは私だ。

 お尻が痛い事くらい、我慢。


「…………」


 整備された石畳を外れて、結構経つ。


 俯いた視界に映るのは、畦道脇の水路や田畑。

 農村に向かっているのでしょうか。……でも、それにしては荒れている。


 水路は枯れ、田であろう場所には、何も植えていない。

 時期では無い可能性も、ゼロではないけれど……。


 田畑には大きめの石や倒れた木が、放置されている。

 直ぐに作物を植えられる状態とは、程遠く見えた。


 ……何故だろう。

 ザワザワと、胸が騒ぐ。


 根拠の無い不安を振り払う為に、頭を軽く振るが、嫌な予感は消えない。

 顔を上げて、周りの景色をしっかりと確認すればいいと思うのに、私は逡巡していた。


 やがて、馬の速度が落ちる。

 緩やかになった揺れに、私は深く呼吸をする。吸い込んだ空気は、土の香りがした。



「……サラサ」



 低い声で、陛下が呼ぶ。

 さっきまでの躊躇いを一瞬忘れ、条件反射で顔を上げた。



「…………」



 ザァ、と渇いた風が、通り抜ける。


 まず目に入ったのは、広大な大地。

 高い障害物が何も無い為、やけに視界が広い。遠くには鬱蒼とした森や、連なる山々が見えた。



「……え?」



 呆然とした声が、洩れる。

 瞬いた私は、ゆっくりと周囲を見回した。


 焼け焦げて折れた柱、崩れた土壁。

 辺りに散乱する瓦礫の間に見えるものは、砕けた陶器や、煤けた着物の切れ端。



「……っ」



 そこには、ひと一人いない。それどころか、まともに残っている建物もない。

 あるのは、無残な焼野原。

 破壊しつくされた、村の残骸だけたっだ。



「……ここには、数年前まで村があった」



 陛下は手綱を締め、村の跡地をゆっくりと進みながら、口を開いた。



「小さな集落だったが、水の質が良いのか、良い米をつくると評判でな。遠くから商人が買い付けに来る程だった」


「…………」



 半ばまで進むと、倒れていない木があった。

 けれど幹は真っ黒に焼けていて、蕾を付ける気配すら無い。


 締め付けるような痛みが襲って、私は胸を押さえた。



「だが戦争が始まり、村の若い男は皆、徴兵された。残されたのは女子供と年寄だけ。身を守るすべを持たない村は、一夜で消え去った」


「……っ、こんな首都の近くまで、戦場となったのですか?」



 青白い顔で質問をする私に、陛下は困ったような表情を浮かべた。

 それでも、いいや、と返事をくれる。



「村が焼かれたのは、戦場になったからではない。野盗に襲われたんだ」


「!」


「人手が無くとも必死に働いていた村人は、呆気なく殺された。田畑は荒らされ村も焼かれ、戦争から生き残って戻った男達も、帰る場所を失くした」


「…………」



 言葉も、出せなかった。


 『酷い』とか『可哀想』なんて、そんな言葉じゃ片付けられない。


 そんな言葉で、片付けてはいけない。



「理不尽で、惨い話だ。……だが、もっと問題なのは、そんな残酷な話が珍しいものではない、と言う事だ」


「……え……?」


「国境の近くには、敵国に焼かれた村もある。徴兵で人手を奪われ、税が払えなくなり、村を捨てる者も多い」



 手綱をゆっくりと引き、陛下は馬を止めた。

 私を馬上に残したまま、ひらりと下り立つ。



「そうして生きる土地を失くした者は、どうすると思う」



 視線を遠くへ向けたまま、陛下は私へと問う。



「……他の村へは、移れないのですか」


「そう出来る者は、少数だろうな。何処も、自分らの食い扶持だけで精一杯だ。余所者を受け入れる余裕などない」



 淡々と告げる横顔には、表情がなかった。言葉も、ひやりと冷たい。



「都へ来ても、まともな職になど就けない。路地裏で飢え凍える者が、沢山いた」



 脳裏に、さっき見た痩せ細った女の子が浮かぶ。

 煌びやかな表通りから逃げ去る、細い背中が。



「野垂れ死にたくなどない。だがまともに生きるすべも無い……そんな人間がどうすると思う」



 それは、もはや問いかけでは無かった。

 どうすると投げ掛けておきながら、陛下は私の答えなど待ってはいない。


 泣き笑うみたいに顔を歪めた彼は、私と瞳を合わせた。



「人から、奪うんだ。野盗となり、自分よりも弱い者から奪い取る」


「…………っ」


「勿論、真っ当に生きる者もいる。全部じゃない。……だが、そうなってしまった人間は、確かにいた。捕まって斬首に処された者達の叫びを、私は聞いた」



 生きるには、他にどうすればよかった、と。


 そう呟いた陛下の声は、静かなものだった。

 けれどそれは、とても強く、私の心に刻み込まれた。



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