側室(仮)の外出。(6)
「良い買い物が出来て良かった」
街を歩きながら、陛下は機嫌良くそう言う。
「ありがとうございました。食事だけでなく、簪まで……」
「いや。元々、お前に何か買おうと思って立ち寄ったんだ」
「え?」
意外な言葉に目を丸くする。陛下はそんな私を見て、悪戯が成功した子供の様に、溌剌と笑った。
「贈り物をしたいと言っただろう?」
「!」
チヨリ様のお父上からの贈り物に、困惑する私を、慰める為だけに言った言葉では無かったらしい。
瞬く私に、陛下は喉を鳴らして笑う。
「信じていなかったな」
「え、と……」
「本当はもっと良い物を、とも思ったのだが、あまり高価だとお前は受け取ってくれなそうだからな」
「う……」
返す言葉も無い。
あまり高価だと、綺麗だと喜ぶよりも、傷つけたらどうしよう、なんて考えが先行してしまう。
「高価でなくとも、良い物を探そうと思っていた。随分早く見つかって良かった」
陛下の視線が、私の髪に移る。白い花の装飾に手を伸ばし、陛下は言葉を続けた。
「細工も見事だが、この石は質が良い」
「そうなんですか」
どうやらこの国では、不透明な軟石が人気らしい。
透過度が高く、硬質なものが高価だと思っていたので驚きです。物の価値は、場所で変わるものなのですね。
「良い品を、随分良心的な値段で売っていると感心した」
先程のお店を褒める陛下に、私は気になっていた事を聞く。
「詳しいんですね」
「ん?ああ。石の事か?」
「いえ。それだけでなく」
宝石の良し悪しが分かるのは、身分を考えれば当たり前だ。本物……しかも、最上級のものに囲まれて暮らしているのだから。
でも陛下は、相場も詳しい。
食事の時も、注文や支払に戸惑う素振りは全く見せなかったし。
「よく抜け出しているからな」
「えっ?」
私の疑問に、陛下はあっさりと簡潔な答えを返す。
よく抜け出しているって……城を!?
「割と常習犯だぞ」
「ええっと……セツナさんは」
「半分の確率で撒ける。帰った後は説教だがな」
悪びれず笑う陛下に、何と返せばいいか分からず、私は曖昧に笑った。
セツナ大将様の苦労が窺える。
自由奔放な陛下の気性を好ましく思うけれど、部下の皆さんの心情を思えば、安易に肯定も出来ない。
それに、どんなに陛下が強くても、万が一の事もある。単純に心配だ。
「上から見下ろすだけでは、見えないものも多い」
諌めるべきかと迷う私の耳に、思いの外真剣な声が届く。
見上げれば、笑みを消した陛下の横顔。遠くを見る漆黒の瞳は、とても真摯だ。
「街を歩くだけで、色んな事を知る事が出来る。物価に情勢、何が必要で、何が足りていないのか」
「…………」
すれ違う人達や、食事処の会話。商人と買い手のやり取り。
高騰した品物には理由がある。
生産する地方が不作だとか、経由する地域の情勢が不安定だとか。
街には、情報が溢れていた。
「書類が全てだと、オレは思わない。高い場所まで届かない声や、掻き消されてしまう言葉は、ある」
ああ、この人は、拾おうとしているんだ。
弱い者の声を。強者に虐げられる人達の、叫びを。
「……なんて偉そうに言ってみたが、単純に好きなだけだ」
重くなってしまった空気を払拭する様に、陛下は明るい声でそう言った。
「気分転換に連れ出したのに、こんな話は止めよう」
「……」
「……サラサ?」
私は俯き、立ち止まった。
陛下は訝しむように名を呼び、表情を曇らせ、私を覗き込んだ。
今陛下が教えてくれた事は、きっと陛下の望みの欠片。
この巨大な国の全てを知る方法なんて、存在しない。
それでも目を凝らし耳を澄まして、一人でも多くの民と向き合おうとしている。
ジレンマを抱えながらも、戦っているこの人の前で……私は
目を背けたままで、本当にいいの?
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