側室(仮)の外出。(5)
「またどうぞっ!」
元気な店員さんに見送られ、私達は店を出た。
木に繋いだ馬の縄を解いている陛下に向かって、私は頭を下げる。
「ご馳走様でした!」
陛下は一瞬目を瞠り、次いで優しく細め頷いた。
大きな手が、ポン、と私の頭にのせられる。気にするなって意味だろうと思います。
今回の食事の支払は、全て陛下が持ってくれた。
申し訳ないとは思う……思いますが、私お金持ってないのですよ。
突然の外出だから、という以前に、私の自由になるお金があるのかすら知らない。
といいますか、お金自体見た事無かった……。今気付いて衝撃を受けた。
世間知らずなんて可愛らしいレベルじゃない。
私、生活能力ゼロだ。
「強引に連れ出したのはオレだ。この位させてくれ」
陛下はそう言って、快活に笑う。
歩き出した彼を追い、小走りで隣に並んだ。
当たり前みたいに差し伸べられる大きな手を握り、再び市を見て回る事にした。
「そこの兄さん!」
途中で、掛け声に呼び止められ、陛下は其方を見た。
褐色の肌の店主が、強面に意外な程人懐っこい笑みを浮かべながら、私達を手招く。
「可愛い恋人に、贈り物とかどうだい?」
恋人……!
既に恋人どころか夫婦だと言うのに、今更そんな単語に動揺する私とは違い、陛下は極普通に対応する。
「そうだな。一つ貰おうか」
「お、気前良いね。今、人気があるのはこの辺りだよ」
その店が扱っているのは、繊細な造りの装飾品だった。紅玉や翠玉の嵌った指輪や、簪、首飾りなど、種類は様々。店主が勧めるのは、透かし彫りの簪だ。
陛下は、店主と話しながら簪を手にとり、興味深そうに覗き込む。
「良い品だな」
「お!分かるのかい。目利きだね、兄さん!」
陛下の言葉に、店主は嬉しそうに破顔した。
正直私には、どれが良い品なのか、さっぱり分からない。
首を傾げていると、陛下は私を引き寄せ、簪を見せてくれた。
それは黒い光沢のある簪で、飾りの部分には花の形の石付いている。
「可愛い……」
思わずポロリと呟いてしまう程に、それは私好みの品だった。
漆塗りの簪部分も勿論素敵だけれど、何より花の装飾が可愛すぎる。
薔薇の花の様な形をした小さな石は、柔らかな半透明の白い石を彫り刻んで出来ていた。
しっとりとした質感も、凄く良い。
「気に入ったか」
「!」
声を掛けられ、漸く私は我に返った。
見惚れていた品を慌てて返そうとするが、陛下はそれをやんわりと止め、店主へと向き直る。
「貰おう」
「へい、毎度!」
「え、あのっ」
戸惑う私を置いてきぼりに、陛下はまたもスマートに支払いを済ませてしまった。
重い音をたてて、銅銭が店主の掌に落ちる。今更やっぱりいりません、なんて言える雰囲気では無い。
あう、と押し潰された様に呻いている私の手から、陛下は簪を受け取ると、背後へと回り込む。
少し持っていてくれ、と手綱が渡される。それには少し慌てたけれど、頭の良い馬は、逃げる素振りも見せなかった。
「陛、……」
うっかり、『陛下』と呼びそうになってしまい、飲み込む。掌で自分の口を押えた。
……そういえば、何て呼んだら良いんでしょう。
頭を動かせないから視線だけで見上げると、良く見えない。
私の髪を指に絡め、器用に簪を抜き取る、大きな手だけが視界の隅に映る。
「もう動いていいぞ」
元々私が付けていた碧玉の簪を手に、陛下は満足そうに笑った。
「店主。鏡を借りられるか?」
「どうぞ」
店主が手渡した鏡を、陛下は私の前に差し出した。
鏡に映るのは、何時も通り平凡な顔立ちの自分。
簪は確かに可愛い。黒髪との相性も良いようで、文句無しに私の好みです。でも、似合っているかどうかは、自分では分からない。
「良く似合うな」
「本当だね。こりゃあ、兄さん心配になっちゃうな」
「全くだ」
そう言って苦笑を浮かべる陛下に、私は赤くなる他無かった。
社交辞令?知った事じゃありません。好きな人に似あっているって言ってもらって、喜ばない女の子はいませんよ。
お幸せにね!なんて手を振る店主に、更に赤面する羽目になった。
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