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16,545回処刑され続けた魔人ですが、別世界で気ままなグルメ旅を始めます  作者: 雉子鳥幸太郎


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6/11

出発

翌朝、チスパに荷を括りつけ、俺は街の出口へ向かった。


空は晴れていた。潮の匂いがまだ漂っている。

振り返れば、赤茶色の屋根が朝日に照らされていた。


良い街だったな……。

またワインを飲みに来よう。


「ウェイトリーさん」

門のそばで、見知った顔が二つあった。

ラオスとフォーゲンだ。


「おや、奇遇だな」

「奇遇じゃない、待ってたんだ」とラオスが笑う。

フォーゲンは無言で腕を組んでいる。


「見送ってくれるのか? 悪いね」

「いい馬だな」とフォーゲン。

「だろ? ハモンドさんに礼を言っておいてくれ」

俺はチスパの首を軽く叩いた。


「次の目的地は?」

「特に決めてないんだ。のんびり行こうかと」


「なら、ファルデンはどうだ」とラオスが言った。

「麦の街だ。のんびりするにはちょうどいい」


「ファルデンか……」

「チーズが絶品なんだ」ラオスが続ける。「それと――」

「エールだ」

フォーゲンが短く割り込んだ。


「よく冷えた麦酒が飲める。あそこのエールは……別物だ」

珍しく、少しだけ表情が動いた気がした。


「へぇ」

チーズと冷えたエールか。

麦畑と放牧地。リスボルンとはまるで違う景色だろう。


「いいね、ファルデンに行ってみるよ」

「この道を十日ほど行けば着く」とフォーゲン。


「ありがとう。ふたりとも世話になったな」

「こっちこそ、本当に助かった」と、ラオスが手を差し出した。


「なぁに、十分、礼はもらったさ。気にしないでくれ」

と、その手を握り返すと、しっかりした力が返ってきた。


フォーゲンが一歩、前に出た。

「……一つ、伝えておくことがある」

その声が、わずかに低い。


「ギルドで、あんたのことを聞かれた」

俺は黙って続きを待った。


「名前と、雷の魔術を使ったことを伝えた。腕のいい魔術師は希少だ。情報がギルドで回るかもしれん……すまない」

フォーゲンは静かに頭を下げた。


まったく、律儀なやつだな。

わざわざそんなことを伝えに来てくれたのか……。


俺は少し間を置いてから、軽く笑った。


「気にしないでくれ。あんたは正直に答えただけだろ? それでいい」


「だが――」

「ありがとう、教えてくれて」


フォーゲンは何も言わなかった。ただ、小さく頷いた。

チスパに跨り、手綱を軽く引く。


「またどこかでな」

「ああ、また」とラオスが手を上げた。

フォーゲンは無言のまま、しかし最後まで見送ってくれていた。


門を抜け、街道に出る。

チスパの歩みが軽い。風が前から吹いてくる。

潮の匂いが、少しずつ薄れていく。


――ま、面倒ごとになりそうなら逃げるだけさ。

それだけのことだ。


「チーズとエールか……」

自然と口角があがる。


リスボルンの赤茶色の屋根が、背後で小さくなっていった。


    *  *  *


「さぁて、チスパ」

街道に出て、人の姿が見えなくなった頃、俺は馬の首を軽く叩いた。


「お前の速さとやらを見せてくれよ」

手綱を握り直し、踵で合図を送る。

瞬間、景色が変わった。


風が顔を叩く。草原が両脇で流れていく。蹄の音が一つ一つではなく、連続した轟音になる。チスパは首を伸ばし、大地を蹴るたびに体が浮き上がるような加速を見せた。


「……っは! ははは!」

思わず声が出た。


速い。本当に速い。空を飛んでいるみたいだ。

火花、か。なるほど、名前負けなんかじゃない。

しばらく走らせてから、手綱を引いた。チスパが徐々に速度を落とし、やがて歩みに戻る。


「最高だよ、お前」

首を叩くと、「当然だ」と言わんばかりに鼻が鳴った。



少し行ったところに、街道から外れた泉があった。

木立に囲まれた、静かな場所だ。


手綱を木に繋ぎ、水を飲ませてやる。

俺も掌で水をすくって一口飲んだ。冷たくて、うまい。


「いい休憩場所だな」


木の根に腰を下ろし、空を見上げた。

木漏れ日がゆれている。


しばらくそうしていると、茂みの方から人の気配がした。

現れたのは、若い青年だった。

背負い籠に薬草を山ほど詰め込み、手には小さなナイフ。こちらに気づくと、軽く会釈をした。


「旅の方ですか? お邪魔でしたら――」

「いや、休んでいただけだよ。気にしないでくれ」


青年は俺の隣の少し離れた場所に腰を下ろし、採ってきた薬草を手際よく仕分け始めた。

種類ごとに分け、葉の状態を確認し、傷んだものを取り除く。動きに迷いがない。


「詳しいんだな、薬草」

「ええ、まあ」と青年は少し照れたように答えた。

「錬金術師の見習いをしていますので」

「見習いにしては手際がいい」

「もう三年になりますから」

なるほど。俺はしばらく、その手元を眺めた。


「師匠がいるんだろう?」

青年の手が、一瞬だけ止まった。


「……います」

さっきまでと、少し声の調子が違う。


「何か?」

「いえ……」

青年は薬草の仕分けに戻りながら、ぽつりと言った。


「師匠はとても凄い人で、知識も腕も本物です。ただ……最近、遊戯盤にはまってしまって」

「遊戯盤?」

「ええ。朝から晩まで盤とにらめっこで、食事も忘れる始末で……」

青年はため息をついた。


「少し休んでほしいんですが、声をかけても生返事で。どうしたものかと」

心配しているのか、呆れているのか、その両方か。

口調は愚痴っぽいが、目は本気で困っている。


なんとなく、その師匠とやらに興味がわいた。


「師匠に挨拶させてもらえないか」

「あ……師匠が、見知らぬ人を嫌がるかもしれなくて」青年の目が泳ぐ。


「でも、知らない人間が来れば、さすがに手が止まるんじゃないか?」

と、俺が冗談っぽく返すと青年は少し考えてから笑った。


「……確かに、それはそうかもしれませんね。わかりました、案内します」


「名前は?」

「ノエレといいます」

「ウェイトリーだ。よろしく」

立ち上がり、チスパの手綱を解く。


「馬に乗ったことは?」

「ないです」


「じゃあこれが初めてだな?」

「えっ⁉」

「よし前に乗れ。手綱は俺が持つ」


手を貸してやると、ノエレは戸惑いながらも跨ることができた。

チスパが軽く体を揺らすと、「うわわっ」と情けない声を上げる。


「ははは、大丈夫さ。そのまま掴まってろよ」

俺が後ろに乗り、手綱を軽く引くとチスパがゆっくり歩き出した。


「……たかい」

ノエレがぼそっと言った。


「慣れると気持ちいいぞ」

「そ、そうですか」

緊張しながらも、どこか楽しそうだった。



小屋は泉から少し奥に入った林の中にあった。


古いが、手入れされている。

軒先にはハーブが吊るされ、窓から薬品の匂いが漂っていた。


ノエレが扉を開けると、薄暗い室内に人影があった。

小さな机に向かい、一心不乱に盤面を見つめている。


白髪の長い耳、深く刻まれた皺、しかし不思議と力を感じる背中。

――エルフだ。


長命の種族がこれほどの老いた見た目ということは、一体どれだけの年月を生きてきたのか……想像もつかないな。


「師匠、お客様ですよ」

ノエレが声をかけた。


返事がない。

俺はノエレと顔を見合わせた。ノエレはやれやれと首を振る。


仕方なく俺は机に近づき、盤面を覗き込んだ。

しばらく観察すると、俺は確信した。


……あぁ、やっぱり。

これは俺がいた世界でも流行ったものだ。


駒の形は微妙に違うが、升目の数と師匠の動かし方から見てルールは同じだろう。

となると……。


俺は二十手先まで読んで、確信した。

ははぁん……ここで詰まっているのか。


自慢じゃないが、俺はこの遊戯盤で一度も負けたことがない。

こういう手筋を読む遊びは魔術ともつながる。


古い魔法陣の構成を読み解く難易度は、この比じゃないからな。


俺は迷いなく、一つ駒を動かした。


「何をする!」


師匠が弾かれたように顔を上げた。

が、しかし、すぐに口を閉じた。

盤面と俺の顔を、交互に見る。また盤面を見る。また俺を見る。


「な……なんと!」

師匠の目が見開き、しばらく盤面から目を離さなかった。


「このような、生き筋があったとは……」

震える指で盤面をなぞり、師匠はゆっくりと俺を見上げた。


「お、おぬしは何者だ⁉」

「ウェイトリー」


軽く答えてほほ笑む。


「通りすがりの魔術師さ」


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