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16,545回処刑され続けた魔人ですが、別世界で気ままなグルメ旅を始めます  作者: 雉子鳥幸太郎


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5/10

相棒

料理が一段落した頃、ハモンドが咳払いをした。


「……ウェイトリーさん」

「ん?」

「単刀直入に申し上げます」

少しだけ声の調子が変わった。


「ハモンド商会の護衛を、お願いできませんか?」


来たか、と俺は思った。


「……条件は?」

「日当は金貨三枚。加えて今回の件の謝礼は別途お支払いします」


ラオスの手がわずかに止まった。

フォーゲンはいないが、同席していれば眉をひそめていただろう。


なるほど、おそらく相場以上の額か……。


「どうでしょう?」


俺はゆっくりとグラスを揺らした。


「悪くない話だ」と、一口飲む。

「だが、やめておくよ」


ハモンドの目がわずかに細くなった。


「理由をお聞きしても?」

「旅をしようと思ってる」


それだけ答えた。

余計なことは言わないに限る。


ハモンドはすぐに表情を戻した。


「……なるほど」と、小さく頷き、

「でしたら、せめてお役に立てることを」と、ハモンドが身を乗り出した。


「港側の通りに『ロウレライ』という道具屋があります。質も良く、値段も良心的です。馬を買うなら市場の西側の牧場へ。見極めが難しいので、ボルックという男にハモンドの紹介だと声をかけてみてください」


次々と情報が出てくる。素直にありがたいと思った。

正直、ここまでしてくれるとは思っていなかったな。


「ありがとう、参考になったよ」

「いえいえ。ご縁があれば、また」


ハモンドは商人らしく、嫌みのない笑みを浮かべた。


    *  *  *


ハモンドに紹介してもらった宿に入ったのは、夜も更けた頃だった。


簡素な部屋だが、清潔で、ベッドがある。

冷たい石の上に寝ていた俺には、それで十分だった。


ハモンドからの謝礼は金貨5枚。

それだけ高価な荷が助かったということなんだろう。

これは当面の生活費として、遠慮なくいただいておいた。


道具屋で買ったばかりの手帳を机に広げる。

革張りの、安物だが手触りが気に入った。

ミノスという牛型の魔獣の皮らしい。


一緒に買った魔法ペンを手に取る。

これは高かった。金貨2枚だ。


魔力を流すと書くことができる。しかも、書いたものは俺にしか見えない。

この性能を考えれば安いものだろう。


少しだけ迷ってから、筆を走らせた。


――リスボルンに着いた。魚がうまい。


それだけ書いて、手が止まる。

我ながら子供みたいだな。


「ふっ……まあ、いいか」


手帳を閉じようとして、もう一行付け足した。


――ワインも悪くない。当たり年だそうだ。


書いてから、少しだけ考えた。


あの地下牢で、これがあればどうだっただろう……。

何日目かもわからない薄闇の中で、同じ天井ばかり見上げていた。

あのとき、こうして何かを書き留めていれば、少しは違ったのかもしれない。


「……いや」と、首を振る。


今さらだな。

ページを指でなぞった。


書けば残る。

残せば、後で読み返せる。


たったそれだけのことだが、俺にはとても贅沢に思えた。

手帳を閉じて、ベッドに倒れ込む。


明日は、馬を見に行くか。

それから……どこへ行くか決めよう。


柔らかいベッドの感触に思わず声が漏れた。


俺はあっという間に眠りに落ちていた。


    *  *  *


港側の通りを抜け、西の市場へ出ると、空気が少し変わった。

魚の匂いが薄れ、代わりに干し草と獣の体温の匂いが混ざってくる。


柵に囲われた一角で、何頭もの馬が繋がれていた。

毛並みのいいもの、気性の荒そうなもの、どれもよく手入れされている。


「馬かい?」

声をかけてきたのは、日に焼けた男だった。

腕が太く、無駄な動きがない。目つきは鋭いが商売人のそれだ。


「ああ。旅用に一頭ね。ボルックさんはいるかな? ハモンドさんに紹介されてきたんだ」

「ハモンドが……あいつもたまには役に立つな」

そう言って、男が笑う。


「もしかして、ボルックさん?」

「ああ、そうだ。旅用の馬か、案内しよう」

「ありがとう」


ボルックは数頭を順に見せてくれた。

足運び、歯、背の張り。ひとつひとつ説明がつく。

だが、どれも普通だった。


「うーん……」

今一つ決め手に欠ける。

これから長い時間を過ごす相棒になる馬だ。妥協はしたくない。


ふと、少し離れた場所にいる一頭が目に入った。

他の馬から距離を取るように繋がれている。


黒に近い栗毛で、筋肉は締まり無駄がない。

だが、一頭だけ目つきが違う。人間を値踏みするような鋭さがあった。


「あの馬は?」

俺が顎で示すと、ボルックは一瞬だけ顔をしかめた。


「ありゃぁ……やめときな」


「なにか病気でも?」

「いや、身体は健康そのものなんだがな、なんせ気性が荒くて……誰も乗せようとしねぇんだ」

ボルックは肩をすくめる。


「だから離してあるのか」

「ああ、かわいそうだが、怪我人も出てるからな……」


なるほど……。

俺はゆっくりと近づいた。

馬は耳を伏せ、低く息を鳴らす。

明確な威嚇だった。


「チスパ、って呼んでる」と、後ろからボルックの声。

「火花みたいに速く走るんだ」


「良い名前だな」

柵の前で足を止め、チスパと視線を合わせた。

睨み返してくる目に、怯えではなく意地がある。

一歩、また一歩と近づき、鼻息が顔にかかるほどの距離まで来ても、チスパは逃げなかった。


「……」

しばらく、そのまま見つめ合う。

こいつは試している。こっちが引くかどうか。

俺は少しだけ魔力を解放した。


『ヒィイイインッ⁉』


チスパが俺の魔力を感じ取ったのだろう。

怯えたように嘶く。


「安心しろ」俺は小さく呟いた。

「無理に従わせる気はない」


ゆっくりと手を伸ばす。

普通の馬ならここで逃げるか、噛みついてくる。

だが、チスパは俺をじっと見たまま動かなかった。


鼻先に触れるとほんのり温かい。

ゆっくりと撫でてやると、わずかに緊張が解けた。


「……ほぅ」

後ろでボルックが低く声を漏らした。


「乗ってみるよ」

「お、おい! やめておいた方が――」


「平気さ」

鞍もつけず、そのまま背に手をかけ、一気に跳び乗った。


――瞬間、チスパが跳ねた。

前足を浮かせ体を捻り、あらゆる方向へ激しく動く。


手綱もない。

体重だけでバランスを取りながら、俺は思わず笑みを浮かべていた。


何度跳ねても俺は落ちない。やがて、動きが止まった。

荒い息。だが、さっきまでの敵意はない。

ゆっくりと首を撫でる。


「どーぅどーぅ、ははっ、気に入った」

チスパが小さく鼻を鳴らした。


「おいおい……ホントに乗っちまったよ」

ボルックが呆れたように言う。


「いくらだ?」

と、訊ねると、ボルックは少し考え込む。


「……あんたなら、金貨一枚でいい」

「ずいぶん安いな?」


「誰も扱えないんだ、餌代の方がかかる」

納得だ。


「名前は変えてもいいが、どうする?」


俺はもう一度、首筋を撫でた。

チスパはじっとしている。


「そのままでいい」

軽く笑うと、ボルックはふっと表情を緩めた。


「いい主人に当たったな、チスパ」


ボルックに金を払い、鞍をつけてもらった。

真新しい手綱を受け取り、軽く引く。

チスパは素直に一歩、前に出た。さっきまでの警戒はない。


「……賢いな」と小さく呟いた。

本能でわかっているのだろう、誰に従うべきかを。


背に乗り直し、軽く踵を当てると、チスパは静かに歩き出した。


いいねぇ、悪くない。

こういうのがいいんだよ。


「よろしくな、相棒」

チスパの首を叩くと、短く鼻が鳴った。

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