★【魔草・ランペイン】
★
【登場人物紹介】
☆コーメット・シャルドネ☆
法都で植物を扱わせたら彼女の右に出るものはいないと、もっぱらの評判。
【鉢植えの魔女】の称号を持つ。
とんでもない美人だが、幼年期から実父の女好きを日々見せつけられていた過去が災いし、男性不信をこじらせている。
☆ミコ・バルサミコ☆
学生。
のんき。
つよい。
☆サニー・ルージュ☆
こども。
まいにち元気。
ごはんをたくさん食べるし、一日中動き回る。
@コーメットとミコとサニーは異母姉妹@
★シナモン・プレッツェル★
気配りができないメガネ女子。
ドM。
★フーバー★
法都衛生局の独立魔術攻撃小隊(Independent Magical Attack Squad 通称IM@S)隊員。
洗練された立ち居振る舞いで、男性よりも男らしい女性。婦女子にもてる。
学生の頃からコーメットに愛を語りまくっているが、うまくいかない。
★バーサ★
コーメット宅の家事使用人。
唯一サニーを手球に取ることのできる辣腕ババアの有能っぷりに、コーメットもニッコリ。
☆
(法都 中心街 街路)
「……と、旦那さまが『そこまでは気が付くまいて』なんて言ってしまったものだから、奥様と庭師のふたりとも、笑いをこらえるのに必死で」
「わはは。そんな、嘘でしょう。あなたの作り話ね、シナモン。そうなのでしょう」
「違いますよぅ、コーメット先生! 本当なんですよう!」
「だって、あなた、つくり話でなければ、どこから仕入れたお話なのかしら。少し考えて御覧なさいな。どこに自分の浮気話を披露するかたがいらっしゃるものですか……。わは」
「あっ。……そうかもです」
「チェッ、チェッ! くそったれめ……」
「あら、あれは……。目にした万人に不機嫌であることを理解させる様子で悪態をつきながらガニ股で向こうからやってくるのは、魔界の草木仕入れの仲介を営むコルクの親方ではないのかしら……。もし、もし親方。ごきげんよう」
「あっ、これはこれは。コーメット先生。へへ、今日もお綺麗で……。おうおう、シナモンちゃんもお揃いで。どこかにお出かけでやんすか?」
「ええ。陶器市へ、鉢植えの新しいのを探しに。それにしても親方。随分とまァ、ご機嫌が悪ぅござんして。なにか、おありで……?」
「あァッ、へへぇ、顔に出ていやしたか? こりゃ面目がねぇ。いやね、先日、B.R.D.の連中から魔界の新種を仕入れたんですが……。こいつがまぁ、また素晴らしく整端な葉脈と色彩でぇ、こりゃいいモン買い上げたと、そのうち先生のところにも持って上がって、ご覧に頂こうなんて、考えていたんですがね。それが……どうにも……」
「どうにも? どうしたというのです?」
「いやぁ……恥ずかしながら……連中に、B.R.D.に一杯、食わされたようで……」
「ふうむ。どうもよくわかりませんね。親方、どうです、お忙しくなければこれから、その買い付けた草とやらを、ちょっと見せて頂くなんてことは、厚かましいお願いかしら……」
「とんでも、とんでも。先生がご覧頂くのに、なにも文句なんて。今からでも、なんでも……ささっ、どうぞ、どうぞ……」
☆
(庭師コルク宅)
葉茎の紫色は、まるで宇宙のような深淵の奥行きを2人に感じさせ、この世のものとは思えぬ妖艶さである。魔草・ランペインは庭師コルクの自宅温室に、鎮座していた。
【鉢植えの魔女】コーメット・シャルドネと、その徒弟シナモン・プレッツェルは、彼らの生業上、様々の植物を――実に数千はくだらない種類を――見てきたが、しかし彼らが金縛りに魅入られるほどの、魔性と言えるような美しさの植物を目にしたのは、これが初めてだった。
「こっ、これは……なんて、なんてこと」
「いったい……どういう具合なのかしら……。人間界でこのような紫色の彩どりをする草木は、いえ、草木に限らず、比べられるものがない……」
「そうでげしょう? 先生ならば解っていただけるものと……わっしの目に狂いはなかった……」
「素晴らしいですわ。親方」
「せっ、先生……わたし、なみだが」
「うんうん。シナモンちゃん、わっしも泣きました。初めて見た時、号泣しちゃった」
「確かに、心を強く揺さぶられるわね……」
「ぐすぐす。本当に、こんな素晴らしい植物、見たことない……きれい……」
「はい……。素晴らしい植物なの……ですが。先生、実は聞いてくだされ……この植物の、人間界で普及しない……できないわけを……先生」
「魔界の植物ですもの、なにか特殊な育成条件が、おありなのでしょう」
「はい。極めて、特殊なこの植物の、糧となる物質の……」
「糧の問題……。まっ、まさか人間を食べたり!? 食人植物、ですか!?」
「まぁシナモンったら。悪趣味ね」
「じょ、冗談ですぅ先生ぇ」
「アハハ。いえいえ、まァそうではありませんが……いえね、この植物……実はこれ……ご覧に……根を張っているものを、お確かめなすって……先生……」
「えっ? なんですって、親方、これは、金ではありませんか」
「えっ、これっ、金ですかっ!?」
「さよう……このランペイン……純金を、土壌にするのです……。金がなければ、生きられないのです」
「まあ、それはそれは……親方の不機嫌が判りましてよ」
「ああ……こんなにきれいなのに、お金持ちじゃなくっちゃ、もっていられませんね……」
「この大きさの金でも……きっと3日と持ちません。大食らいで……。
法都のあては、もはや尽きまして……。知人のつてで、中東海のほうぼうにも買い手を探しておりますが……なかなか、よい返事は……」
「ご苦労なさっておいでですのね。このような事情であれば私も、心あたりをあたってみましょう」
「ははぁ、先生、助かります……これはとんだ、ご迷惑を……」
「いいのです。親方には、いつもお世話になっているのですもの。このくらいのことは……。それでは、今日はこれで……。シナモン、行きますよ。……シナモン?」
「……こんなに、きれいな植物が……」
「シナモンちゃんは、ランペインをだいぶお気に召したようですなァ。無理もない」
「……」
☆
(コーメット邸宅)
「ふぅ」
「おねーちゃん。おかえり。なにそれ、どんぶり?」
「あらミコ、来てたの? 牛乳、直飲みしてるの? いやだわ、コップ使って?」
「もう飲んじゃった。そんなにでっかいどんぶり、どーすんの? 大食いでもするの?」
「新しい鉢よ。食器じゃないから。あなた推薦のお話、どうして断ったの?」
「おーねーちゃーんー! おかえりー!」
「サニー、いい子にしてた?」
「してたよ! ぎゅーにゅー、わたしも! のむ! コップ、あれ! あれつかう! とって! ミコねえ!」
「んー、別に必要ないかなーって。……ていうか、おねーちゃん、なんかさぁ」
「はいサニー、これ。コップこれね。これ使って。こら、だめよそんなの。それ鉢だから。こら」
「いやだー」
「へんなにおいする。魔界の人と会ったりした?」
「はいこれ。いい子だから。プリン食べる? 昨日作ったんだけど、甘いわよ、すっごく。ね。あっ、重いわよ? できる? 自分で注げるの? 本当に? 牛乳こぼさない?」
「なんか、磯っぽい。 ちょっと違うかな?」
「よく分かるわね。やっぱりあなた、凄いわ。コルクの親方に、魔界の新種を見せてもらったの。それがね……土壌が純金じゃないと枯れてしまうの。あっ。ああっ!」
「うわあー」
「うわあー。わは。すごいね。なにその植物、おっかしい。わはは。金じゃなきゃだめなの?」
「そうなの。あわわ……。よっぽどのお金持ちでもなければ、あの草を買おうだなんて思わないでしょうね。ふきんは? ランペインっていうの。ふきんはどこに置いたかしら?」
「あるよー! じぶんでふくのだー!」
「わはは。キンキラ好きの悪趣味なカラス女と一緒だね。わは」
「すごく綺麗なのだけどね。惜しいのよ。拭けたの? きれいになった? コップの裏は?」
「ふいたー。プリンを食べるのだ!」
「わたしも食べよー。サニー、わらわのプリンも持って参るのだー」
「いやです! じぶんでとりなさい!」
「わはは。わかりました」
「わはは」
☆
数週間後
(コーメット植物研究所)
「それでは先生、今日はこれで」
「ええ。明日もよろしくね」
「はい......」
「……」
(扉をノックする音)
「はい?」
「失礼する」
「フーバー!」
「コーミィ。久しぶりだな」
「貴女……いつ法都に?」
「先週さ。再開のキスを?」
「嫌よ。ご用件は?」
「相変わらず冷たいなー。
ここ最近、宝飾店に泥棒が入る事件が連続している。昨晩、被害に遭った店で植物の種子の殻が見つかった。とても珍しい種類だ。法都で扱うのは君のところくらいだろう」
「……」
「君の徒弟、シナモン・プレッツェルは本件の第一重要参考人だ。彼女に似た人物が、被害にあった店の周りをうろつく姿が目撃されている」
「……まさか」
「なにか心当たりが?」
「いえ……」
「明朝にシナモンの身柄を拘束する。ひとまず君に伝えておこうと思ってね」
「いいの?」
「君がシナモンの犯行に加担するようなひとじゃないことは、私が一番良く知っている」
「……」
「ところで、久しぶりに一緒にディナーでも……」
「いいわよ」
「えっ。本当に!?」
「妹たちも一緒ならね」
「ゲッ!」
☆
(コーメット邸宅)
「ただいま。うっ」
「おーかーえーりー!」
「サニー、人の足にタックルして、股の間から挨拶するのはだめよ」
「わは、わは」
「おかえりなさいませ」
「バーサ。今日はミコは来ていないの?」
「先ほどご友人に会いにゆかれると、お出かけになられました。すぐ戻るとのことですが」
「そう。私はこれから少し外出をするわ。もしミコが帰ってきたら、シナモンの家に来るように伝えて。昔の研究用温室と言えば伝わるはずだから」
「かしこまりました」
「あ……。あと、今から夕食を一人分増やすのは難しいかしら......?」
「お任せください。伊達に主婦を40年もやっとりゃせんです。ホッホッホッ」
「助かるわ。無理を言ってごめんなさい。サニー、私はこれから少し外出するの。夕食はバーサと食べて?」
「ええええええぇぇぇっ!?」
「お願い。いい子でいられるでしょ?」
「いやだー!」
「あっ」
「コーメット様、ここは、このばあやにお任せください。だてに12人も子どもを育てておりゃしませんでね」
「助かるわ。バーサ、お願いね」
「ええ、ええ」
☆
(シナモン宅・旧研究用温室)
「シナモン、私よ。開けてくれるかしら」
「先生? ……どうぞ」
「開けるわよ。……!? こ、これは!」
部屋の中は、床も壁も天上も、部屋中が紫色の光を放っている。ランペインの枝葉に覆い尽くされていた。
床面の一部に盛り上がった部分があり、その下には絨毯のように黄金色が敷き詰められているのが、葉の隙間から見て取れた。宝飾店から盗まれた金装飾であることを、コーメットは予想した。そしてそれは本当だった。法都で発生した宝飾店での連続窃盗事件の犯人はシナモンであり、彼女は盗んだ金をランペインの土壌に使用していたのだ。
「先生……うまくいかないんです。金の消費を抑えることには成功したのですけれど、そうすると美しさが薄れてしまう……。どうすれば元の美しさを保ったまま、金の消費を最低に抑えることができるのか……」
コーメット、シナモンにゆっくりと近づき、彼女の両手を取る。
「なんて冷たい手なの。シナモン、あなた疲れているのよ」
「先生の知識でしたら、どうにかなるのでしょうか……ランペインの美しさを損なわない育成方法を……」
「……。今夜は一緒に夕食を食べましょう。ランペインのことは忘れて、休まなくちゃ」
シナモン、はっと何かに気がついたふうで、コーメットの手を振り払う。
「まさか、先生! わたしからランペインを奪い取りに来たんですか!?」
「シナモン! 一体なにを言っているの?」
コーメット、シナモンの瞳の内に敵意の炎が燃え盛るのを見出し、サッと青ざめる。
「シナモン……」
「やっぱり……友達が言ってたとおりなんだ。『魔女は徒弟の功績を奪って、自分のものにする』って! 先生もそうだったんだ……!」
「魔女は誰も、そんなことしないわ!」
「恥知らずな嘘を! 卑怯者だ! 魔女は卑怯者、きたない! ランペインは、絶対に渡さない! 絶対に!」
シナモンは部屋の隅にある傘立てに駆け寄ると、中から1本の杖を取り出した。暗青色の宝石が取り付けられた先端部を、コーメットに向ける。この時代にあって、魔法使いが杖の尖端や、自分の指先を相手に向ける行為は、剣士が抜刀した剣の切っ先を突き付けたり、銃士が銃口を向けて撃鉄を起こす行為と、同義である。
コーメットはシナモンの行動に、驚きと恐怖で体をふるわせた。思わず、後ずさった。
突然、なんの脈絡もないタイミングで、薄手のガラス板を粉々に破砕するような音が室内に響く。
と同時に、コーメットとシナモンが対峙する空間のほぼ中央に、1人の少女が現れた。
温室の窓はどこも割れていない。彼女は何も無い空間から、突如として姿を現したのだった。
コーメットとシナモンの両名は、魔法の世界にあってなお、あまりに奇想天外な出来事に仰天し、目の前の少女の名前を思わず叫んだ。
「ミコ!?」
「ミコさんっ!?」
少女、ミコ・バルサミコは名前を呼ばれたことも気にかけず、温室のなかをきょろきょろと見回す。
「あー、なにこれ? 天井までびっしり生えちゃって。これがランペ……ロン? なんか思ってたのと、違うかなー。えっと? 種類が色々あるの?」
「な、なんですって……?」
「シナモンさん。目が充血してるけど、寝不足? おねーちゃん、人使い荒いからなー。それと、杖を人に向けたら、危ないよ」
「ミコ! のんきなことを言っていないで!」
「ひどい。おねーちゃんに呼ばれたから来たのにー。一体なにをすればいいの?」
「あなたもやっぱり、奪い取りに来たのね!」
「違うわ、シナモン……あっ!」
シナモンは杖の先をミコに向け変え、呪文を唱える。
部屋の気温が下がり、ひんやりとする。
「『厳寒の世界に住まう精霊よ、万物を眠りに誘う凍てつく息吹を、刃と化して敵を討て!
突き殺せ! 【垂氷の投槍】!』」
シナモンの頭上。頂点をミコに向ける5、60センチの円錐状のつららが幾つか現れ、空中でロケットのように加速し、ミコに迫る。
しかしつららはミコの目の前で溶けて消える。足元に水たまりができることもなく、あとかたなく姿を消してしまった。
「……え? な、なんで?! どうして!」
「あー。もう、だいたいわかった」
「なっ……。ぐ、しょ、『焦土の大地、死の……あぐぅ……』」
白目を向いて膝から崩れ落ちるシナモン。
自分のほうへ倒れ込んでくるシナモンの頭が、脚に当たりそうなのでサッと避けるミコ。
倒れるシナモンを支えようと、とっさに駆け寄り、腕を伸ばすコーメット。だが届かない。
思い切って足を蹴り、前のめりに飛ぶ。飛び過ぎた。
シナモンの下敷きになり、床に打ち付けた顔面から鈍い音を発するコーメット。
室内に繁茂したランペインの葉々が、彼女を嘲笑するようなざわめきに揺れる。
☆
「おねーちゃん、大丈夫? シナモンさん、どかすね。よっこいしょっ」
「ミコ……あなた……シナモンに、なにをしたの……?」
「うわあ!? おねーちゃん、鼻血、ドバドバだよォ! すごい顔になってるぅー!」
「ミコ……」
「ゲッ、怖っ。シナモンさんは気絶させただけだよ。酸素濃度を低下させた空気で頭を包んだの」
「全然……わからない……。生きてるの? 無事なの!?」
「き、気絶してるだけだってば。おねーちゃん、鼻の骨、折れてるんじゃないの?」
「そう……よかっ、た」
「よくないよ? 鼻、曲がっちゃうよ」
部屋の出入口の扉が勢いよく開け放たれる。
フーバーを先頭に、法都の警ら隊員が続々と突入してくる。
「コーミィ!? ミコ、一体なにがあったんだ!」
「あ、フーバー。久しぶり。シナモンさんが気絶して、おねーちゃんが鼻を折った」
「なんていうことを! コーメット! しっかりするんだ! 傷は、あ、浅いぞ!」
フーバー、コーメットを横抱きにかかえて立ち上がり、警ら隊員たちに振り返る。
「私は彼女を病院へ連れて行く! あとの始末は任せた!」
「は、ハッ!」
遠ざかっていくフーバーの駆け足。
次第にざわつく、警ら隊員たち。
やがて到着した救急隊員の担架に乗せられ、運ばれるシナモン。
紫色にキラキラと発光するランペイン。
ネオン様のそれはまるで、安っぽい売春宿場街の色合いだ。
「ふわぁ」
あくびをするミコ。
☆
おしまい
★
【あとがたり】
★
(法都衛生局 IM@S事務所 会議室)
「疲れが残っているだろうけど、すまない。できるだけ簡単に済ませるよ」
「いいのよ。はだたのおしごとだどだから」
「ごめんね」
「シダモンはどーな゛っていどぅの?」
「検察局が身柄を拘束中だ。彼女はランペインが放つ魔法波で精神を汚染されたおそれがあるが、精神系の魔術に詳しい魔女が鑑定と治療を行っている。心配しなくても大丈夫さ」
「……ぞう」
「ランペインの入手経路だが、君の予想した通りだった。君の名前を出し、庭師コルクをだまして、1枚の葉を譲り受けたそうだ。ランペインの増殖能力は凄まじくて、ちぎった枝葉の断面に純金をくっつけると、あっという間に根を張って成長を始めるらしい。凄い生命力だね。ランペインの調査には、中央魔女委員会が新しく設置される。……君は委員に選出されなかったよ。本件の重要関係者ということでね」
「……ぞう」
「……ああ、コーミィ……。顔の真ん中に大きなガーゼ……せっかくの可愛い顔が……」
「がおだんて、どうでも……ぎにじでだいわ゛」
「だめだ。君の傷を治療できる術士を、私が必ず探し出してみせる。そうしたら、絶対に治療を受けて、綺麗に、元のとおりに治してもらうんだ。いいね、約束だよ。約束!」
「……」
会議室の扉が開き、ミコが入室する。
「ふー。遅くなっちゃった」
「ミ゛ゴ、じごくよ」
「わっ、おねーちゃん、すごいバンソーコー? 漫画みたいだね」
「ミコ!」
「フーバー、あなた鼻を折った時のおねーちゃんの顔、見た? 噴水みたいだったよ。写真を撮っておけばよかった。あそうだ、今撮ってもいい?」
「やめないかっ! お前は、まったく……『親しき仲にも礼儀あり』って、言うだろ! そして、どうして、いつもいつも遅刻するんだ……。30分前の時間を知らせておいたのに」
「えー。ひっどーい。でも今日はわたしのせいじゃないよ。すぐそこで、男の人にナンパされたんだよー」
「なに!? どんなやつだ!?」
「えっとねぇ……頭とまゆ毛がギザギザで……」
「ニックか……あのバカ!」
「骨付き肉のプリントシャツ着てた。欲しいって言ったら、目の前で脱ぎ出すの! フーバーの友達? イカれてるねー。わは、わはは」
「ニックめ……あとで折檻だ!」
★
「ミ゛ゴ……あだた、あどどきどうやっでおんじつにはいっでぎだど?」
「おねーちゃん、なに言ってるかわっかんないよ」
「ヴヴ……ぞう」
「ぞう? 鼻の長い動物のことかな?」
「茶化すんじゃない!」
「まぁ、たぶんまともにしゃべれないだろーなって、おもってー、持ってきたよ。これ。サニーに借りてきた」
ミコ、かばんの中から、尖端に磁石のくっついたペンで白いボードなぞると、軌跡に砂鉄がくっついて黒い線になるやつを取り出し、コーメットの目の前に置いた。
「てててーん! 『お〜え〜か〜き〜ボ〜ド』!」
「や、やめろォ! ひみつ道具の登場シーンみたいな効果音を口ずさみながら、そんな対象年齢の低そうなおもちゃを、コーミィに! なぜ普通のノートとペンにしないんだ!」
「すごいよぉ! 称号持ちの魔女が! なんと! お絵かきボードに、お絵かきだ! こんなレアな姿は、他では見られないよ!」
「なんの煽りだ! コーミィに恨みでもあるのか!?」
「……ぐうう」
「恨みなんてないけどー。わは、わは。あー、楽しぃ〜。あっ!? いたっ、痛い!? 痛いよ、おねーちゃん!?」
「ぐうっ、ぐうっ!」
「コ、コーミィ!?」
「痛いって、本気!? 本気で!? ご、ごめん! 冗談、ジョーダンだよォ! ごめんなさい! いでっ!?」
「ぐうっ! ぐううっ!」
「う、うおお。コーミィが、薄っすらと目元に涙を溜めながら、ミコの肩というか背中というか……本気で叩いてる! 長年、付き合いのある私だが、こんな彼女の姿は見たことがないぞ……。ま、まぁまぁ、コーメットさん! 一番いけないのはミコだってことは否定しえない事実なんだが、そろそろ、ね? 許してあげようよ。そういうの、だめだよ。君のキャラじゃないしさ……」
「うう……うぐぐぐ……。ぐすぐす」
「いったー! いたあー! 赤くなってる! ひー! こわー! おねーちゃんこわい! 【鉢植えの魔女】こわぁー!」
「も、もういいから、お前、少し、黙ってろよミコ……!」
★
「はぁ……なんだよこの変な空気。……ええい! よし、じゃあミコに質問がある。さっきコーメットが言おうとしていたことだ。君は温室内部に、突然現れたそうだな。コーメットの証言と、見張りの私の部下からも『シナモンの部屋に入ったのはコーメット1人だけ』だと報告を受けている」
ミコはフーバーの質問にそっぽを向いて答えず、へこへこと頬を膨らましたりすぼめたりしている。
コーメットが横目でミコを睨みつける。
焦るフーバー。
「し、質問に答える場合は喋っていいんだ! 頼むから答えてくれ!」
「……友達に送ってもらった」
「『友達』……それは誰? 名前を言える?」
「タケちゃんだよ。『タケコ・マキシマ』。森都から来てる留学生で、空間使いなんだ。すごいよー。自分だけじゃなくて、わたしとか、赤の他人も、犬も猫も、空間をぶっ飛ばして瞬間移動させちゃうんだー!」
「【空間使い】? 初めて聞く単語だな。彼女の魔術で、瞬間移動ができるのか……?」
「うーん、あれは魔術じゃないよね。法都の魔術生成メソッドとは全然違うしさ。なんか術者自身の内面からじゃなくて、外部のいろんなものを取り込んで、それを主力で使っちゃう感じ。補助じゃなくて」
「ん……術式云々に関しては、今はいいんだ。彼女の『能力』で瞬間移動したのは間違いないんだな?」
「うん」
コーメット、うつむきながらお絵かきボードにちょこちょことペンを走らせている。
フーバーとミコが覗きこむ。
「うわ……本当にお絵かきしてる……。あんだけ人のこと叩いておいてー。ひくわー」
「う、うん? ……コーミィって、こんな子だったかなー……?」
★
「シナモンを気絶させたのは、ミコ、お前がやったのは本当なのか?」
「うん」
「彼女の体には、目立った傷もないし、意識が戻ったあとの受け答えも平常通りだった。一体、何をやったんだ?」
「フーバー、あのさあー、おんなじこと、警ら隊の人とか、なんか鬼瓦みたいな顔の刑事さんにも、10回くらい聞かれてんだよね。なんとかならないの?」
「すまない。私の所属している組織は、他から独立しているんだ。情報交流が殆どない代わりに、独自の捜査権を持っている。大人の事情というやつだ、分かって欲しいな。それに、君たちに起きたことは私自身で把握しておきたい。大切な人たちだからね」
「ふーん。フーバーって恥ずかしいこと真顔で言うよね」
「えっ」
「酸素って知ってる?」
「酸素……元素の1つ……だっけ?」
「そうそう。空気中の酸素が少なくなると、『ぐるじー』ってなって、気絶しちゃうんだ。それをやったの」
「……魔法で?」
「うん」
「納得がいかない。現場に残されていた【魔紋】はシナモンと、古いコーメットのものしか見つかっていないが……」
【魔紋】は魔法を使用した際に発生する、いわば残りカスだ。発生した空間に留まり続ける。
指紋と同じように、魔紋は個人で特性が異なり、終生不変である。
魔紋を分析することで、誰がどんな魔法を使ったのかが分かる。
そのため、法都の警備組織では魔紋鑑定を取り入れ、捜査に利用している。
「今の法都の魔紋分析と採集方法ってさぁー、呪文か魔法陣か手信号か、拾える範囲が狭いんだよね。
わたしが使ったのは無詠唱の魔術構築法だから、魔紋が残らないんだ」
「……なんだって? お前いま、サラッと凄いこと言わなかったか?」
「そうかなー? みんな出来るよ。やらないだけ。マルクサさんって人が、本を出してるもん。本のとおりにやればいいんだよ」
「マルクサ……まさか、アヤメ・マルクサ?」
「うん。たぶん」
「『自己意識内完結型魔術構築生成エンジン概論』!?」
「そう! それそれ! なんか単語がたくさん並んだ名前のやつ」
「バカな! 本気で言っているのか!?」
「嘘なんてつかないよー」
自己意識内完結型魔術構築生成エンジン概論は、この世界から800年前に【唖の魔女】アヤメ・マルクサが著した魔術書。
マルクサのあまりに独創的な術式や独特の魔術概念のせいで、長年の研究を経てなお、導入部の理論が解明されておらず、異端扱いされ、正当な評価を受けていない。
「……」
頭を抱えるフーバー。
コーメットがペンを置く。
覗きこむミコ。
「なに描いたの? ……ぞ、ぞう!? わはー! おねえちゃん! ぞう! これ、ぞうなの!?」
「ぞうよ」
「わはははははっ! わはっ! わはっ! ゲホッ! ゴホゴホッ!」
「ええぇ……? コーメットさん……?」
「んふふ」
「わははっ! どうよ、フーバー! とってもおちゃめな【鉢植えの魔女】! 人気出るよぉー! わはー」
「う、うん……」
★
「協力してくれてありがとう」
「しだぼんのごど、よどしぐね゛」
「今日は……君の、あ、新しい面が見れて、よかったよ……?」
「ぞう」
「う、うん……気に入ったのかな……? それじゃあ、また……」
扉が閉まる。
「……ふぅ」
調書を手にしたフーバーの手が震える。
「……これでは、【注意人物(経過観察を要する)】どころじゃない! 【最重度危険人物】扱いじゃないか!」
机に手を叩きつける。
この時代の法都にあって、魔法は規制対象の力だ。
しかしそれは我々の世界でいう『刃物』と同レベルの規制である。
我々が、街のスーパーや刃物店で包丁やナイフを買い求め、それを自宅のキッチンやキャンプで使用するにはなんのお咎めもない。
ただ、手にした包丁で、ナイフで他人を傷つけたらどうだろう。
人混みの中で刃物を振り回したらどうなるだろう。
たちまちのうちに、あなたは警察に逮捕される。
普段、我々がそのような行いをしないのは、この世界の法律が機能しているためである。
そして、あなたがた個人の心に抱く道徳心が、そうさせないためである。
この物語の世界も、我々の住む世界と変わらない。
例え人を傷つける魔法を使えるとしても、物語中のシナモンのように、おいそれと使用する人間はいない。
フーバーは眉間にしわを寄せる。
「だが……ミコは……! 状況が違いすぎる!」
ミコ・バルサミコの魔術は、頭の中で構築し生成される。
魔術の使用に際して、呪文を唱えたり、魔法陣を描いたり、シナモンがしたように杖を持ちだしたりする必要がない。
『頭の中で想うだけで、人を気絶させることができる』のだ。
行動を伴わない。頭の中で考えたことが、そのまま現実にアウトプットされる。
そのうえ、魔術を使っているにも関らず、魔紋が残らない。証拠がなにも残らない。
誰かを気絶させるどころか、殺してしまっても、ミコが手を下したことを、現在の魔術捜査技術では暴くことができない。
「これが知れたら、とんでもない騒ぎになるぞ……。うむむ……鬼瓦みたいな男……クーパーか? 所轄はどこまで知っているんだ? 情報はどこまで上がっている……?」
★
「フーバー」
会議室と廊下をつなぐ扉が開き、ミコが入ってくる。
「うわっ? なんだミコ。まだ帰ってなかったのか?」
「人の顔見てうわって、ひどくない?」
「すまない。少し考え事をしていたんだ」
「ふーん。ね~、フーバー! 見たい本があるんだー」
ミコがフーバーに頼み事をするのは交渉の合図だ。
フーバーは眉を寄せる。
「……交換条件は?」
「おねーちゃんの傷をきれいに治せる術者の情報だよ」
「なにー! わかった、言ってみろ」
「わはー。即答! 『反魔法概論』の原本」
「重要文化財じゃないか! ぐぬぬ……わ、わかった」
「よろしくね」
「コーミィの綺麗な顔には代えられないからな」
「おねーちゃん、美人だもんね」
「それもあるが……。ミコ、お前は自分の顔を、毎日鏡で見るか?」
「えっ? うーん、たぶん」
「今回の事件で、一番ショックを受けているのはコーミィだ。ランペインに魅入られた徒弟のシナモンが事件を起こし、逮捕された」
「おねーちゃんの経歴にも傷がつくってコト?」
「バカ、彼女はそんなことに気落ちする人じゃない。
コーミィは、シナモンを救ってやれなかったのは自分のせいだと思っているんだ。シナモンがあそこまでランペインに魅了されてしまったことに気がつけなかった……気がついていたが何もできなかったのか……。しかもその原因が、魔界産とはいえ自分の専門。ランペインの力を見抜けなかったことへの自責、後悔……」
「でもさっきゾウ描いたりして、楽しそうだったじゃん」
「あ、あれは……そう、私やミコを心配させまいと、わざと明るく振る舞っているんだ。……きっと!」
「ふーん」
「治療をしなければ、彼女の顔には傷が残る。今回の事件で出来た傷が。鏡を見るたびに、思い出すんだ。シナモンのこと、ランペインのこと、自分が何もできなかったことをな……。毎日毎日……。コーミィにそんな思いをさせたくないのさ」
「それなんの小説のセリフ?」
「私の経験談だ」
「へー。フーバーって、おねーちゃんのこと、ちゃんと考えてるんだ。知らなかった」
「コーメットへの気持ちは真面目だぞ!」
「それ、おねーちゃんに言わなくちゃ、伝わってないよー。いつもふざけたり、キザなことばかりやってるから」
「うーん。それはそれで、本気のつもりなんだが……。ま、言える時が来たら、言うさ」
「うん? まぁいいやー」
ミコ、ポケットからメモの紙片を取り出して、フーバーに手渡す。
「術者のことを書いといたよ。私の名前を出したら判ってくれると思うな。じゃーねー」
「ありがとう」
ミコが部屋を出て行くのを見送り、フーバーは窓に歩み寄る。法都の中心街を眺める。
「……調書は書き直すか。本庁の友人にも探りを入れておこう……」
調書をクシャクシャに丸め、ぽんと空中に投げ出す。
フーバーが指をぱちんと鳴らすと、ぱっと燃え上がり、跡形なく消え失せた。
★
数日後
(コーメット邸宅)
台所ではコーメットとミコが並んで料理を作り、その後ろではバーサが食器を磨いている。
「これってどこまで剥けばいいの?」
「一番上の、茶色い皮だけでいいの」
「なーんだ」
「……ミコ、あなたには謝っておかないといけないわね」
「えー?」
「今回の件に巻き込んでしまって。あの晩、私はシナモンを心から信じることができなかった。だから貴女を呼んで……その……」
「いいよ。わたしも謝らなくちゃ」
「えっ?」
「シナモンさんが魔法を使おうとした時、もっと早く止められたんだよね。だけど止めなかった。敵意のある人に魔法を使われたら、一体どうなるのかな―、って興味のほうが強くなっちゃってさー」
「……危ないことを考えて……。二度と同じことをしてはダメよ」
「うん。おねーちゃんも、あんまりシナモンさんのことを思いつめたりしなくていいと思うな。シナモンさんはおねーちゃんよりお金を選んだんだよ」
「……どういうこと?」
「警ら隊の人たちが待ってろって言うから、そのあいだランペインで遊んでたんだ。そしたら1種類だけ、根っこがすごくながーく伸びるのがあったの。葉っぱちぎると、ちぎったところから根っこが飛び出して、5メートル先の金に向かって伸びていくんだ。すごーいって。んで、なんの理由でシナモンさんがこんな特徴のランペインを残して、育ててるのかなーって考えた。簡単なことだったわー」
「……」
「この根っこがもっともっと、すっごーく遠くまで伸びるようになって、ほんの少しの金も探し当てられるようになったら、金鉱を見つけたりできると思わない? それだ―! って思った。シナモンさんが目指していたのは、美しさの追求じゃなかったの。お金だったんだよ。あの時のシナモンさん、正気っぽかったし。ランペインがどうとか、もう、どうでも良くなってたんじゃないかな―。あれ、おねーちゃん? どうしたの?」
「ちょっと……ごめんなさい」
口元を押さえながら、台所から立ち去るコーメット。
首をひねるミコ。
彼女らのやり取りを聞いていたバーサが、磨いていた食器とふきんを机に置くと、ミコに歩み寄る。
「ミコ様。コーメット様があんまりかわいそうじゃありませんか」
「え? バーサ、どういうこと?」
「ただでさえ、信頼していたシナモンさんに裏切られた心の傷が大きいというのに。それが、お金欲しさの浅ましい理由の裏切りだったなんて。シナモンさんは、コーメット様が称号をたまわる前から、進んで弟子になることを申し出てくれた、たった1人のかたなんです。3年間も一緒に苦楽を共にしてきて……。だのに、あんまりです。あんまりじゃあ、ありませんか。お金に目がくらんで、コーメット様を裏切るだなんて。ミコ様の言葉は、2人の今までの信頼関係も、苦楽をともに過ごしてきたこの3年間の出来事も、なにもかもが、まったくまごころのない、シナモンさんが上辺だけで取り繕ったものだったと、否定しちまったようなものじゃあ、ありませんか。こんなひどい仕打ちがありましょうか。まだランペ……ロンとかいう植物に心を乱されて、正気を失っていたというほうが、どれだけ救いがあるか。ミコ様、コーメット様の心情を慮っておくれでないですか……。お心をお汲みとりなすってくだされませんか……」
バーサが目に溜まった涙をエプロンで拭きながら、しんみりと語る姿に、さすがのミコもしゅんとなった。
「そっかー。わたし、ひどいことを言っちゃったんだね。ごめんなさい」
「いいえミコ様。ばあではなく、コーメット様に今の言葉を、お伝えに……」
「うん」
★
(コーメット自室)
「おねーちゃん。いるの? 入ってもいい?」
返事はなかった。部屋の中に気配があることは判った。
ミコは扉をそっと開いた。
コーメットは部屋の奥、窓から庭を眺めている。
背中が小さく見えた。少し震えているようでもあった。
窓越しに、庭からの声がわずかに聞こえる。甲高い声のサニー、それに答えるのはフーバーだ。
ミコはコーメットに近寄ると、体の前で手をもじもじとさせる。
「さっきは、ひどいことを言ってごめんなさい。おねーちゃんを傷つけるつもりはなかったんだよ」
「……」
「おねーちゃん、泣いてるの?」
コーメットが振り返った。涙が溜まっている。
その目に怒りはない。悲しみでもなかった。
人の気持ちを分からないミコを責めるようでも、諦めるようでもない。失望したのでもない。
喪失感にあふれていた。
シナモンとの思い出がすべて、心のなかからポッカリと失われ、大きな穴が空いたような気持ちを。
はっきりと表していた。
ミコは、自分の言葉がコーメットの心を深く傷つけていた事実に動揺し、自分でも気が付かぬうちにしおしおと泣き出していた。
「ごめんなさい、おねえちゃあん」
コーメットは、声を上げて泣くミコに近づき、優しく抱きしめた。
ミコもコーメットを強く抱きしめた。
「貴女はいつも正直だわ。でも時にはその正直さが誰かを傷つけてしまうことを憶えておいて」
「うん。わかった。ごめんなさい」
「謝らなければならないのは私のほうよ。貴女の言葉に取り乱したりして。このことでミコが萎縮して、正直さをなくしてしまうかもしれない、それだけが心配。ミコの正直なところ、私は好きだもの」
「おねーちゃんを泣かさないような、正直でいるよー」
「他の人たちのこともね」
「うん」
「よし。じゃあ涙を拭いて。料理の続きをしましょう」
★
(コーメット邸宅 玄関前)
「そういえば、治癒の術士を探してくれたのはミコなんでしょう? フーバーから聞いたわ。ありがとう」
「えっ、フーバーが言ったの? 自分の手柄にすれば、おねーちゃんの心象も良くなるのにー」
「あの人は、普段から冗談ばっかりだけど、根は真面目なのよ」
「ねー、おねーちゃん。フーバーと真剣に付き合ったら?」
「えっ、だって」
「フーバーは、おねーちゃんのこと結構まじめに考えてるよ」
「でも……私たち同性同士で……」
「あー、それは多分大丈夫だよ。たぶんフーバーは……」
「た、助けてくれ!」
玄関の扉が開き、外から転がり込んでくるフーバー。尻餅をつく。
続いてサニーが飛び込んでくる。手に握った木枝を振り上げてキャッキャと笑ってる。
「フーバー! まいったかー!」
サニーがフーバーの頭を目がけて枝を振り下ろす。
慌てて、フーバーがサニーのよりも細い枝で受け返す。
「参った! 参ったよ! いたい! 参ったってば!」
「わー、サニー強いね。フーバーをやっつけるなんて」
「あっ、ミコ! コーミィ! もう限界だ! か、代わって」
「ダメダメ。まだ料理の途中なんだー」
「そうね。たっぷり1時間はかかりそうよ。しっかりね、フーバー!」
「そんなー。あっ」
フーバーの枝がサニーの猛攻に堪えられず、折れる。
勝利の雄叫びを上げるサニー。
「やったー! フーバー、討ち取ったりー! わはー」
「参った……参りました。げうっ」
フーバーの腹に飛び乗るサニー。
「ねえフーバー! 今度はなにして遊ぶの!?」
「げぇぇ、勘弁してくれ……」
「わはー。フーバーがんばれー!」
「わはは」
★
【おしまい】
★