▼【魔術・口頭魔術】(シューとプーの話)
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魔力:我々の住む世界と、全く別の世界とを繋げるエネルギーの一つ。
魔法:魔力を原動力として行う操作全般を指す。
魔術:魔法を使うための手続き。
【口頭魔術】
呪文を声に出して読み上げることで、現実の事象に何らかの変化をもたらす魔法を発動させる方法。古代から現代まで、世界中の人々が利用するポピュラーな魔術の一つ。
最も原始的な口頭魔術は言葉自体に魔法を含ませた呪文である。初期の呪文はその文言を口述するだけで魔法の効果が発生したため、使用者の意志にそぐわない場面やタイミングで魔法が誤発動し、しばしば事故やトラブルの原因になるなど問題視されていた。
呪文の誤発動予防の魔術支援技術は中世の法都で研究され、術者が呪文を口述しても、術者に呪文を使用する意志がない場合、魔法を発動させない【エンゲージ】と呼ばれる技術が開発された。
【エンゲージ】は一種の封印魔法である。呪文の冗長部に施術された封印錠を、術者の意識下で生成した魔法鍵で解錠し、魔法を発動させる。【エンゲージ】は現代の口頭魔術のほぼ全てに施されている。そのため口頭魔術を扱う術者にとって【エンゲージ】は体得必須の技術である。
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「呪文? 口頭魔術? はっ。今時なんでそんなもん、使わなくっちゃなんないわけ?」
「えー? かっこいいじゃん? いかにも魔法使いますって、感じじゃん!」
「あのねぇ、魔術にエンターテイメント性を求めてどうすんのよ。ご立派なスピーチじゃないんだから。呪文みたいな古くっさい魔術、マジありえないし。自意識下でコントロールできる魔術生成エンジンが当たり前のこの時代に、いちいちブツブツ呪文唱えて魔法使うとか、あたまおかしいと思われるっつーの!」
「そっかなー? でもお母さんは使ってるよ? なんか、お肌がスベスベになったり、爪がキレイになったりすんの。あたしも教えてもらったんだぁ、ほらこのペディキュアみてみてぇ、その呪文でやったの。カワイくない? グリッターになってるんだよー」
「いや、別に……。だいたいサンダルとか履かないから興味ないし」
「やだなぁー。先の曲がった魔女のブーツばっかり履いてるから足が臭いんだよー」
「ばっ! んなっ! くっ、臭くないわよっ! なに言ってんのよ!」
「えー? 大丈夫だよー、足が臭わなくなる呪文もあるしさぁ。外反母趾と水虫も治るんだってー。便利じゃない?」
「あんた、マジ殺すわよ」
「あーとはねー、おっぱいがボーンって大きくなる魔法とかー」
「!?」
「おなかがへっこむ魔法とかー、お尻がキュッとする魔法とかー、なんか色々だよー。すごいねぇ。あたしには必要ないけどさぁー。お母さんはよく使ってるんだよねー。お母さんよりお父さんのほうが喜んでるけどねぇ」
「……」
「魔女も女子だから、美容関係の呪文って昔からすごくたくさん研究されて、いろんな種類があるんだぁ。でも魔術生成エンジンで使うには、エンゲージメソッド組むのが難しすぎるの。美容関係は魔女としかエンゲージできない呪文が多いんだけど、魔術生成エンジンって魔女専用じゃないから。今でも口頭魔術しか使わない魔法の分野があるのは、そのせいなんだぁ。って、全部お母さんがゆってたことだけどー」
「……へぇー」
「うん。どうかした?」
「そうよね。温故知新って言うしね。くだらない用途の口頭魔術でも、1つや2つ覚えておいたほうが、無知より遥かにマシだよね。うんそう。絶対そう。そう思ったから、あんたもこの話をわたしに持ってきてくれたんだよね?」
「えっ。う、うん」
「ふうん。やはり持つべきものは従姉妹と魔法よ。違いないわ。さあ、それじゃあ早速その口頭魔術をちょっと教えなさいよ。さあほら。なによ早くしなさいよ、時間がもったいないでしょ。いつもみたいに魔術書持ってきてるんじゃないの。出しなさい。早く。ほら。このテーブルの上に乗せなさい」
「どっどどどうしたの? なっなんか目付きおかしいよ?」
(獲物を狙う冷血動物と同種の瞳の輝きで、大きく広げた両腕を上下にゆらゆらと揺らし、じりじりと従姉妹に迫りながら)
「なに言ってるの一体なにを言っているのかよく分からないんだけど、いいから早くするのよほら。ほうら。のろのろしてないでさっさと出すんだよ出しやがれってんのよ、その魔導書をさっさとこっちによこせって言ってんのよおおぉぉッ!」
(従姉妹にがっしと両肩を掴まれ、骨まで食い込んでくる致命的な握力の恐怖に精神をやられて)
「うわあああん!」
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【喪女】
ごく稀に、エンゲージ技術を体得している術者と一部の口頭魔術との間で【エンゲージ】が正常に動作せず、魔法が発動しない事象が起こる。これを相性と呼ぶ。
また、魔女や魔女見習いに口頭魔術の相性が発生する確率は、他の術者たちと比べて極めて低く、法都数千年の史上に於いても数件の実例しかない。口頭魔術の相性問題に見舞われた魔女や魔女見習いを、世間では「エンゲージ(結婚)できない女→もてない女」の意味で【喪女】と揶揄する。【喪女】は魔女や魔女見習いにとって最も敬遠するべき性質の一つに挙げられている。
法都の魔術支援技術開発機構は法都魔女認定協会と協力体制を敷き、エンゲージ技術の相性回避試験の標本として常に【喪女】の試験体提供を公募している。が、試験体提供者が現れたことは未だかつて無い。
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(瞳孔をグルグルとぐろに巻くほどのショック状態で)
「……ありえない」
(床に座ってソファへ背もたれ、手元にある魔導書のページをパラパラとめくりながら)
「都市伝説と思ってたけど【喪女】ってほんとにあるんだねー。おっぱい大きくしたかったの?」
(呻きながらソファに腰掛けて俯き、両手で顔を覆い隠しながら)
「ありえない……」
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【登場人物紹介】
★シュー(シュアラ・クレメ)★
魔女見習い。
おっぱいがない。(シューのブラジャーを外した元カレが彼女の胸を見るなり首を傾げたことについカッとなり、近くにあったバールのようなもので元カレの側頭部を殴打した経験がある。反省はしていない)
ブーツが好き。
あし が くさい。
☆プー( プロフィトロール・オ・ショコラ)☆
シューの従姉妹。
おっぱいが大きい。(ある探検家の日記:海と見間違うほど広大な河を幾つも渡り、見渡す限りの砂漠を越え、鬱蒼とした森を抜けた先で、私を待っていたものは、嗚呼。なんと堂々たる佇まいであったろう。雲を突き抜ける白い頂までもがそっくりに、天高くそびえる双子の高山が姿を表したのだった。私は麓の岩場に腰を据え、じっくりと双子山に目を見張らせた。ずっとずっと高く盛り上がり、地面が柔らかな曲線を描いて空へと消えていく光景を目前に、私は法都で出会ったある女性を思い出さずにはいられなかった。私は迷わず二子山に『プロフィトロール連山』と命名した)
サンダルが好き。
人の足の臭いを嗅ぐのが好き。
☆ 続く ★