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プライマリ


 街の有力チーム、エレファントの象徴であり姫の丸田涼子が拉致された事件に端を発する。


 翌日の早朝、散歩中の男性が街外れの公園に、全裸で倒れている丸田を発見した。

 丸田は病院に搬送されたが、死亡が確認された。目立った傷はなかった。


 エレファントはメンバーを総動員し、丸田殺害の犯人捜索を開始した。

 警察よりも先に犯人を捕らえ、丸田殺害の報復を達成するためだ。


 丸田の死亡から丸一日経たないうちに、エレファントは犯人の身元を割出した。

 犯人の名前は大津雄太。街のチームの1つ、ピッグに所属している。

 大津は身元が割れた当日中に、エレファントの捜索網に補足された。

 エレファントは捕らえた大津から記憶を強奪した。

 大津は丸田の拉致実行犯ではあったが、殺害には関与していなかった。

 また大津の他に、男女2人が拉致に関与している事実が判明した。

 大津に拉致を依頼したのは若い女である。

 拉致実行犯の2人と依頼者の女の情報は、街のデータベースに記録のあるどの人物の個性とも適合しない。


 拉致の実行日以前に大津と他3人との面識がないことは、大津から奪った記憶が証拠となった。エレファントの追求は行き詰まった。


 エレファントはこれ以上大津から情報を得ることができないと判断すると、躊躇なく大津を私刑にかけて殺した。大津は全身の皮を剥がされるなど、惨殺された。


 大津の所属するピッグのチームリーダー、三田真砂は大津の義理の兄である。

 ピッグはエレファントに報復宣言をした。



 街の有力チーム、フラミンゴはピッグと同盟を結んでいる。


 エレファントとの抗争に際し、ピッグはフラミンゴに協力を要請した。

 フラミンゴのメンバー間では、ピッグの協力要請の受託の是非で意見が分かれた。


 ピッグがフラミンゴに協力要請を持ちかけた翌日、フラミンゴに所属していた魔女、勾坂美智代がフラミンゴから姿をくらませた。

 勾坂は姿を隠す直前にフラミンゴの主力メンバーを急襲し、彼らの能力を奪取した。

 主力メンバーの無力化を理由に、フラミンゴはピッグの協力要請を拒否した。


★☆


【明原あかり】


 アメドラ見てたらね、奥さんが旦那さんに口紅を塗らせて興奮させるシーンがあったの。

 これはぜひやってみなくちゃって思って、ベッドから飛び起きたわけだ。


 歯を磨く。奥歯の裏はもちろんだし、歯周ポケットから歯垢を全部彫り出すくらい念入りに。歯茎から血が出ちゃ台無しだから加減が難しい。歯間ブラシを初めて使ってみた。なんだか歯の隙間がシーシーして、キモいくらい唾液の通りが良くなるの。舌苔の白いのが目立たないように舌もブラッシング。歯磨きに30分近く時間を掛けたのは、小学校の保健の授業以来だよ。鏡に向かってイーってやったら、きれいに整列した歯が素敵に真っ白でピカピカ。あーんってすると、口内の粘膜は舌も含めて美味しそうなピンク色。素晴らしい。あ、歯磨き粉は使わないんだ。口を開けたときにミントの香りがするのはよくない。ミントには鎮静作用があるし、セックスする前段階で鼻の奥がスッと通る爽やかな香りだなんて、そんなのヤボったい。彼に唇を塗らせる行為の目的と大きく外れている。

 歯磨きのあとは極力食べないようにする。せっかく歯磨きしたのに、口ににおいが付いちゃうからね。果汁のサラサラしたフルーツを少しだけなら大丈夫だ。いけないのはカップ麺とかレトルトパウチとか、インスタント食品。あれは思いのほかにおいが強く残るんだね。

 お風呂に入る。いつもどおりでいい。頭のてっぺんから爪先まで洗っておこう。後でセックスするからね。汗臭いのが好きな人は別に入らなくてもいいんだけどね。

 唇以外は、ほんのり化粧をしておく。彼が口紅を塗ったら完成って構成が希望だ。すっぴんでもいいけどね、眉毛ぐらいは描いておくほうがいいよね。

 彼が来たら、ベッドの上に誘って、一緒に座って、口紅を手渡してあげるんだ。ベッドじゃなくても、ソファでもいいけどね。うちにはないし、ベッドの上ならそのままセックス始められる。最中に肉離れする心配も少ないからね。

 口紅は赤にしよう。昔のアメリカ映画に出てくるコールガールみたくシャープな赤がいい。鮮やかな赤色が似合うとか合わないとか、問題じゃないよ。わたしに口紅を塗っている行動の印象を、より強く彼に感じてもらうためだ。ローズ系じゃあ年増臭くて野暮ったいし、イェローとかピンクが混じったペールトーンはカワイイって土俵にとどまっちゃう。ビッチなくらいでいい。彼に口紅を塗らせるシチュエーションそのものが、わたしにビッチ属性を付加させる。口紅の色はその設定に合うように、派手じゃないと雰囲気が薄らぐ。

 彼に口紅を持たせて、それから向かい合う。ちょっと顎を上げて唇を突き出してアヒル口を作ろう。どっちもあまりやり過ぎると、ビンタのプロレスラーみたいだし、福岡の有名なお土産みたいになるから気を付けること。事前に鏡の前で練習しておくといいよ。我に返るとバカみたいだなって、手鏡放り出して落ち込んじゃうからテンション上げとかないとダメだよ。

 彼が塗りやすいように口を開ける。自分で塗る時よりもちょっと大きくね。この時に歯磨きの効果が表れるんだ。開けたときに、食べかすが挟まってたり歯垢がくっついてたり、口臭がしたら台無しだよ。視覚も嗅覚も、男を興奮させるのに必要なポイントだから抑えておかないとね。歯磨き粉を使わない理由は、不意に香るミントで彼の心の沈静促進をさせないためと、この遊びのわざとらしさを少しでも感じさせないため。口紅を塗らせるって行為がだいたいわざとらしいんだけどさ、わざわざ歯磨きまでして準備万端で待ってただなんて、彼に連想させちゃうと萎えるからね。仕込みの必死さを悟らせちゃ向こうもこっちも面白くないよ。水面を滑走するように優雅に泳ぐ白鳥が、水中で足をバタバタしてるのが見えちゃうみたいなもんだね。

 塗らせるのは上唇から。下からでもいいけど、下唇のほうがプリプリして美味しそうでしょ。おいしいものは後から与えてあげるのよ。お寿司屋さんが淡い味のネタから握って食べさせてくれるのと一緒。

 目は閉じないんだよ。ちょっと開けておくの。鶴田一郎の美人画くらい。睫の隙間からウルウルの瞳で彼を見つめる。ちゃんと塗れるかな? 大丈夫なの? じっと見ているから、上手く塗ってねっ。てな感じの視線で、彼にほんのり緊張感を与えるんだ。

 なるたけ赤いルージュを選ぶのは、セクシービッチを演出する以外にもう一つ理由がある。人間って、発情期のおさるのお尻が赤くなる代わりに、口紅を赤く塗るって話があるでしょ。唇を赤く色付けることで、色彩学的に彼の動物的本能の性欲部分を攻撃するんだ。それに、彼が自分の手でわたしの口紅を真っ赤にしているって所がミソなんだよね。彼の深層意識に、彼自身がわたしを発情させているんだって思い込ませるの。前戯とおんなじなんだよ。彼の手で、目の前のわたしをどんどん気持よく、興奮させていると盲信させるのね。男は主導権を取りたがるから。舵につながっていない舵輪を渡してあげて、満足させちゃおうね。

 あとは普通にセックスするといいよ。首筋や胸元に、彼が塗ってくれたルージュのキスマークをたっぷり付けてあげようね。


 でもね、口紅塗るときに彼が、わざとグリグリして唇からはみ出させて遊んだり、嫌々やったりする雰囲気があったらダメだよね。失敗。あくまでもこういうバカを一緒に楽しんでやってくれる彼じゃなくちゃ、意味がないんだよね。フランス男みたいな、遊び心のある男の子じゃなくっちゃ。


 わたしの場合も失敗だったんだ。

 口紅を渡したら、あいつは自分に塗り始めたからね。

 あいつは言うことを聞かないからなぁ。


★★


 瀬戸さん。ピッグの幹部だ。

 細マッチョで顔形もいいけど、最近前髪が細くなって、ちょっと薄くなってきたかもって感じ。まぁナカイ君ほどじゃないから、気にならないけどね。こういう繊細なことって、本人は案外気にしてるんだよ。指摘したりなんかしちゃダメなんだよ。


【瀬戸義樹】


「あかりちゃん。今日もかわいいね」


「うん。知ってる」


「ですよねー。はい。イケてる女の反応ありがとうございます」


「で? なにしたらいいの、今回は?」


「あかりちゃん、【フラミンゴ】って知ってる?」


「うん。ピンク色の鳥。足が長いやつ」


「あー」


「あれね、すごいの。膝が反対に曲がるんだよ」


「え。ウッソ、マジで?」


「うん。最初ビックリしちゃった。折れたのかなって、大丈夫かなって心配しちゃった」


「あらー。あかりちゃんってば、優しいんだよねぇ」


「うん。知ってる」


「へぇー。反対に曲がるんだぁ。知らなかったねぇ。でもそっちじゃないんだね」


「そっちって? 膝が後ろ向きに曲がるってことだよ」


「あー、膝の話じゃないんだね。チームの名前なんだね」


「なにが?」


「フラミンゴ」


「なんだ、そうなんだ」


「そうなんですね。ヘンでしょ」


「ピッグよりはマシだけどね」


「言うよねぇ。ブタかわいいんだからね」


「知ってる。で、それで?」


「勾坂美智代って魔女が、フラミンゴにいたんだけど」


「逃げたのね」


「ビンゴだね。よく分かったねぇ。さすがあかりちゃん」


「なんとなく」


「勾坂はフラミンゴの連中の能力を盗んで、消えちゃったんだね」


「ルパンみたいに?」


「え。うん、そうだね。ルパンみたいだよね」


「ルパンのモノマネ、はい3、2、1、キュッ」


「えっ。『やっ、奴は……奴は、とんでもないものを盗んでいきました……あ、あなたの、心、です』」


「なにそれ違うんですけど」


「ごめんね。ルパンのモノマネとか今まで1度もしたことないんですね」


「できない時はできないって言っていいんだよ」


「うーん。ネタ振りは極力期待に応えたいですよね。自分のステージ外であってもね」


「こらえ性がないよね。瀬戸さんって、早漏だし」


「あっ、あっ、あれは違うんです。お酒のせいだと信じていたいんですね」


「目がすごい泳いでるよ」


「で、でぇぇぇぇい!」


「あは。んで、わたしどうしたらいいの?」


「こ、勾坂美智代を見つけて、ぶっとばして」


「うぃうぃ」


★☆☆


 沢原さん。魔女のオバサンだ。

 オバサンって呼べって言ったり、やっぱやめろって言ったり忙しいから名前で読んでる。だけどそろそろ50歳なんだってさ。オバサンっていうかおばあちゃんに近いよね。そんなこと言ったらまた怒られちゃうから、口が裂けても言わないよ。殺されるかもしんないしね。

 沢原さんはすごく強いんだ。昔、マジ殺されそうになったよ。


【沢原圭】


「ずっと昔、魔女は誰の前にも姿を見せなかったのさ。魔女は塔の最上階か、大きな屋敷の奥の間か、洞窟の最深層で暮らしていて、外には出なかったからね」


「引きこもりじゃん」


「そうだ。引き籠って侵入者たちから宝を守るのが魔女の役割だった」


「た。か。ら。宝って、金銀財宝、ザックザク系?」


「あかり、お前にとって宝とは、なんだ?」


「えーっ? なんだろ、友達? ……うっ。ブハハッ! うっ、ひひひひっひっ!」


「お前の宝が友達であるように、宝の構成は魔女によって違う。物質、魔法、植物の苗木や種、装置、生物、哲学、ダーマ。色々だ」


「アーッハッ! アハアハ、アハ。ハゥッ!」


「宝物が友達だなんて魔女は、さすがに聞いたことがない」


「うんうんうん」


「勾坂美智代は魔女に『成った』女だ。病気のような能力収集癖の持ち主で、なりふり構わずなんでも盗っちまうスティールだったのさ。ひょんな出来事から本人も気付かずに『魔女』を盗んじまって、後戻りできなくなったってわけだ。魔女になっても手癖の悪さは治らなかったが。以前、勾坂の能力を計量するためにわざわざ能力を盗ませてやった。奴は精神系からではなく物理経路から接触し奪取するタッチアンドスポイル型だ。相手の身体を指先で引っ掻くくらい撫でるだけで、寸分の狂いなく能力を盗ってのける。いい腕だよ。だが劫略した能力の自己最適化は不得手なようだ。あたしが盗ませてやった能力を、たった半日で返しにきたよ。あたしの能力はどれもピーキーだからね、そのまま使おうとしたのが間違いなんだ」


「なんかよく分かんにゃー。ニャー。沢原さんの能力自体が誰にも扱えないくらい病的すぎんでしょ? 単純に」


「あたしの能力は正しい用法用量さえ守れば誰だって普通に扱えるものばかりさ」


「その普通ってのが、普通じゃないんだよね。異常な人の普通は異常。沢原さんの場合はそうなんだよ、きっと。知らないけど」


「さてね、どうかな」


「まぁいいやそんなこと、どうでもいいんだ。結局、勾坂どこにいんの?」


「そのへんのスターバックスでも覗けば見つかるだろう」


「ウッハー。スッゲー適当。あたしがスタバでコーヒー頼むときに、ちょっと緊張するの知ってて言ってるでしょ? 注文、呪文みたいに言わないといけないの」


「何を飲みたいんだ?」


「フツーのでいいのよ。コーヒー」


「本日のコーヒー。熱いのか冷たいのか。カップサイズは4つだが、わざわざ暗記詠唱してやる必要はない。4つあることだけを記憶しておけば問題ない。『一番小さいヤツ』とか『上から二番目に大きいヤツ』。この言い回しで伝わる。店員に伝わればいい。伝わらない場合は店員の脳味噌不足だ。カウンター乗り越えざまのドロップキックを顔面に叩きつけてやれ。許される。よく訓練された店員は逆にお前の脳味噌不足を瞬時に察知し、カップサイズをプリントしたポップを提示してくるだろう。あかり、お前も視覚認識力は人並なんだろう? ポップに指を差して自分の意思を伝えろ」


「なんか味付けとかフレーバー? とかあるじゃん」


「こう言え。『そのままでいいです』。受け取りカウンターの横にアレンジバーがある。ミルクや砂糖が置いてあるだろう。受け取った後に、自分で好きにしろ」


「あー、そっか! 『そのままでいいです!』 なぁんだ、そんな簡単なことだったんだ! よっしゃ、あとで行ってくるよ!」


「ああ。勾坂を探すのなら巻島家に協力を仰ぐといい。この街で魔女といえば、300年前から同時に名の挙がる連中だ。末っ子のマサタケは知っているんだろう?」


「うん。沢原さん、マー君のこと知ってたっけ?」


「噂だけはな。面識はない」


「戦ったことあるの?」


「現世代とはないね」


「強いん?」


「弱体化したとはいえ、魔女殺しの一族だ。魔女相手ならそれなりにできる連中さ」


「へぇ。ねぇー、さっき魔女は宝を持ってるって言ってたけど。沢原さんの宝ってなに?」


「あたしに限らず今の魔女は持っちゃいないよ、そんなもんはね」


「あっそう」


「魔女は基本的にアタマが悪いからね。遅まきながら数十年前、魔女全員が気が付いたのさ。守るよりも他人から奪ってやるほうが簡単だってね」


★☆★


 マー君。高校生の男の子だ。昔から魔女討伐で有名な巻島家の末っ子。

 体格が良くて背が高くて、ハイヒール履いてもわたしより頭半分背が高い。

 童貞だ。

 いつでも筆おろししてあげるって言ってるんだけど、中々うんって言わないんだよ。

 おちゃまなプライドが邪魔しているんだ、きっとね。


【巻島正武】


「ちょりーっす」


「おっ、あかりちゃんじゃないっスか。おひさっス」


「うん」


「な、なんスか。そのカーディガン、透け透けじゃないっスか! ブラ丸見えっスよ!」


「うん。フツーに見せブラだし、大丈夫」


「はい、来ました! 見せブラッ! 日常生活の約7割の時間を女体の妄想に浪費させる全国8千万人の男子高校生の血気盛んな性欲を制抑できないほどたぎらせ決起させる、全く隠秘の意思を見せない淫靡な見せブラッ! 爆発全開溢れんばかりのエロティシズムで青少年の性犯罪率グラフを右肩上がりに急上昇させんと策謀する実存の彼女の名前は、明原あかりッ! お前は性犯罪者予備軍の悪魔的開拓者かッ! カーディガンの白と、見せブラの黒が、ファッションとか全然興味のない俺にもなんかちょっと癪だけどエロさよりも素敵さを感じさせる! ベストコーディネイト的な! 街かどドレッサー大賞にノミネートされてもまぁ許せる的な! それほどのかぁいらしさ! あかりちゃん! 相変わらずかぁいいよっ!」


「【小春日和】貸して」


「なんなんスか! せっかくの口上シカトっスか! 全無視っすか! ふざけないでくださいよ、この糞ビッチが! 貸さないッスよ! ちょっとおっぱいが大きいからって調子に乗ってんじゃないよっ!」


「いいーじゃあん。別におっぱいそんなに大きくないし。たゆたゆ」


「立派なモンぶら下げてよく言ってくれますよね? そんなことばっか言ってると取り上げますよッ!」


「あげるあげるー。【小春日和】貸してくれるなら、触っていいんだよ」


「なに言ってんスかなにを言ってるんですかッ!」


「生で揉んでいいよ」


「ナマとか! なんで男子高校生が泣きながらむしゃぶりつきたくなるような単語を恥ずかし気もなく出すんスかッ! ナマパイ、あざーっす!」


「うっははっ」


「なんつって先週までの俺なら、そう言ってたッスね」


「お?」


「フッフフ。俺はもう、あかりちゃんのおっぱい程度で誘惑される男じゃないんスよっ!」


「おおっ?」


「遂に童貞学園を卒業したっス! ピース」


「おおっ! 脱チェリーボーイおめでとぉ。パチパチ」


「あざーッス!」


「つーことは」


「ん? なんスか?」


「彼女、できたんだ? どんな娘?」


「……ん?」


「ん?」


「んん?」


「ん?」


「んっ?」


「彼女は?」


「……」


「ええっ!? プ、プロ相手に!?」


「い、いやいやいやっ! 違う違う違う!」


「なにっ?! どーいうこと? 誰だよ、だれとヤッたんだよ!」


「い、いや。その。す、好きな子と」


「え。なんだ。普通じゃん! よかったじゃん!」


「お、おおう」


「ん?」


「う、うん」


「んん?」


「よ、よかったよ」


「もしかして、嘘付いてる?」


「い、いやいやいやっ! マジでマジで! ホントだっつーの!」


「なんだよ、わけ分かんない! なんなんだよっ! なにが言いたいの?! なんか言いたいんなら、我慢しないで言ってみろよ!」


「えーっ。いやぁ、これは、ねぇ。どーしよっかなぁ」


「言えよ! なんかこう、気持ち悪い! 胸がザワザワする!」


「でもねぇ」


「なに心配してんのさ? 誰にも言わないよっ! っていうかマー君と共通の友達なんていないじゃん、1人も! 全部言っちゃってだいじょぶ、だいじょぶ!」


「あー、まぁ確かに……。じゃあ、ちょっと聞いてもらっていいスか?」


「おうよ! とりあえず言ってみ! 言ってみれ!」


「その。その子と、や、ヤッてる途中に、泣かれた……」


「……ぇ」


「うん……なんでだろう。ねぇ? なんでっスかね?」


「ごっ、強姦魔……」


「ちっ! がーぁうっ! 違う! 違います! ゼッテー言われると思った! 違うから! 和姦! 合意のセックスッ!」


「すいませーん! おまわりさーん、こっち来てぇー!」


「ちょっ! 誤解を生む大声とか止めて、マジで!」


「おまわりさーん、早く早くぅー! レイプ魔を捕まえたからッ!」


「どういうことっ!? あっ、手首掴まないで!? ていうか警察やめてくださいマジでっ!」


「マー君、若い血潮がほとばしっちゃったんだな?」


「だから合意だっつってんだろっ! 合意の! 上で! 彼女の上に乗った!」


「うはっ、まだ余裕あんじゃん。でも、なんで泣かれたのよ。全然意味分かんないんだけど。好き同士なんでしょ?」


「んー、あー……」


「え。違うわけ?」


「いやぁー、両想いじゃないよね。俺が一方的に好き、かなぁ。向こうは彼氏がいるんだよ」


「おおっ。すごいじゃんマー君! 寝取ったんじゃん、リアルNTRさんキタコレ! でかしたっ!」


「だったら泣いたりされないっしょ。違うんスよ。その、頼み込んで、一回でいいから頼むって。どっ土下座した」


「おっ。お、おぅ……。チッス! ゲザーさん、チーッス!」


「チ、チーッス!」


「やったねマー君! プライドという分厚い鎧を、っていうか包茎を脱ぎ捨てて! 一皮ズル剥けた大人の男になったね!」


「いや包茎じゃねぇけど!」


「土下座はヤバいって。負け犬の臭いがプンプンするよ。あれっ? なんかマー君から濡れた犬の臭いみたいのがするわ。クセッ!」


「いや臭くないし! 犬は飼ってるけど! ていうか徐々に心を傷つける言葉攻め、やめて! お願いだから優しくして!」


「甘えんな! うーん、でも土下座はねぇ。人によりけりんぐだよ! まぁ。わたしは断然オッケーだし、熟女相手だったらイケてるかもだけどさぁ、その娘は同い年くらいなんでしょ?」


「ッスよねー。ま、フツーの土下座じゃないんスけどね。土下座からの三点倒立で、最後にブリッジを決めたわけっスよ。そしたら、あいつも笑いながらオッケーしてくれたんで。だから、なんかこう、彼氏いるって知ってたけど、もしかして俺にも脈あるんじゃないかって、いい気分になっちまって! んで、ヤッてる最中に」


「おいっ」


「いてぇ!? ちょっ、その靴! すごくイタイ、イタイッ! なんか仕込んであるでしょ絶対!」


「フツーのパラシュートブーツだよ! つーか、話の筋がなんかおかしいぞ!」


「ぁっ、ヤバいなんか、マジで脇腹やばい。肋骨系の骨がなんか異常っぽいっス」


「あとでナデナデしてあげるから! それよりおかしかったぞおかしかったでしょ、今の!」


「え……。土下座からの三点倒立の話ッスか。誰でもできるっしょ」


「ちげーよ! 前戯は!? ペッティングは!? まさかソッコー突っ込んだんじゃないよね?! ペッティングの話が、『ぺー』も出てなかったじゃん!」


「そこ!? そこ聞きたいの!? いやいやいや! ちゃんとヤッたけど、そこは、察しろよッ! 恥ずかしいだろ!」


「違うでしょ! そここそ上手くいかなかったらダメダメでしょ! 『最初からクライマックスだぜセックス』は、限定されたシーン以外じゃ下の下の戦法なんだよ? セックスは前戯に始まり、ティッシュとピロートークで完結するんだよ。それに全然相手にならないって思ってた男が、実はすんごい上手かった時のギャップって、たまんないんだからね?」


「そうなの? いやそんな事を言ってるんじゃないんスよ! 相手にはされてたし!」


「マー君……キミ、ヘタなんだよ。初戦だからって甘えないでよね」


「あっ……。なんか。今の言葉、すっごいミゾオチのへんがズキッとした。なんか脇腹よりイタイ、イタイ……」


「心当たりがなけりゃズキッとこないよね。それに身体目当てぽいしさぁ」


「いや、誰だって好きな子とセックスしたいって、普通でしょ?! だから頼み込んで一発。……って、こりゃ身体目当てに見えるか……」


「まぁいいじゃん。逆によかったじゃん」


「なに言ってんスかなにを言ってるんですか! いいわけ無いでしょ!」


「だって今、底辺なんだよ? これからの君には上昇しかないってことだよ。やったねマー君!」


「あー……。まぁ、そういう見方も、アリなのかなっていう。いや、やっぱ無理……」


「見ろ、マー君! 白い雲! そして大きく広がる青い空! 君はこの大空をゆくあの鳥のように、これから何人もの女を踏み台にして、1日ごとにいい男への階段を駆け上がり、イケメンへのクラスチェンジを目指して羽ばたいていくのだっ!」


「ちょっと。上手くまとめたみたいな顔しないでよ」


「てへぺろっ☆」


「うんまぁ、でも。なんか不本意なんスけど、あかりちゃんと話してたら、少しだけ気が楽になった気がするっス。ほんの少しだけ。マジ不本意だし、気のせいだろうし、ゲザーの烙印を押されちゃたッスけど。……よし。まぁ、これから見ててくださいよ。あかりちゃんの言うとおり、ジャンジャンいい女とランデブーしまくって、あいつに見直させるくらいの、この街一番のイケメンになるっス! なってみせるッス!」


「おうおうっ! その意気、その意気だっ! なんなら、いい女1号としてランデブーしてあげてもいいよ。身体目当て、オッケー! 是非メチャクチャにして!」


「えっ、いい女ってどこッス?」


「んーっ! んーっ!」


「なんスか突然アゴを突き出して先っぽを指さしたりして。そうかジェスチャーゲームっスね? 『わたしの、アゴの、先からは、ホイップクリームが出ます』って?」


「どんだけ甘いモン好きなんだよっ! でもそれってプリンとかコーヒーゼリーとか、色々捗りそうだね!」


「プリンにホイップクリームとか邪道っスね。玄人はプッチンプリン口に当てて逆さからのプッチン一気っスよ」


「でっ。でっ。でっ、【小春日和】貸してくれる?」


「ダメっス」


「あー、もーっ!」

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