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フロレンティーナ・シュニッテン


「ワオン!?(ご主人様、ご主人様! 偉大なる魔女の君よ! 一体この度は、いかな素晴らしい魔法をお考え遊ばせたのですか?)」


「ふふっ。ミチコよ。お前は相変わらずの忠犬よ。お前のツヤツヤの毛皮を撫でるだけで、我が心は満に足るぞ。まったくお前は愛いやつよ。ナデナデ」


「クゥーン!(有難き幸せに御座います!)」


「さて。ミチコよ。我はこの度、大変な魔法を造りあげたのだ」


「ハウハウッ!(ご主人様! それはまさか、伝説と名高いあの魔法でございますかっ! 食べても食べても、肉が決して無くならないという、無限再生型骨付き肉魔法・ホネボーンの事でございますか、ご主人様! ゴクリッ!)」


「そうか。そなたも心得ているようだな。にっくき法都の連中を、余さず地獄に屠り去る、さも甘美な魔法である」


「ハウアッ?(なんですって? 法都の……みなを? ご主人様、一体、何をおっしゃられているのです……!?)」


「ふふ。渦動爆縮型空間破壊魔法・デボネア。法都の全てを瞬間に消し去ってくれようぞ」



「ファウゥ(ご主人様は、明日にでも破壊魔法で法都を消滅させるおつもりだわ……)」


「にゃ(ボクはご主人様がすっかり辛いことを乗り越えられたんだとばかり思っていたよ)」


「クウウ(そうね。でも、違ったの。乗り越えるのではなく、耐えていただけだったのよ。雪の下でじっと春を待つ虫や草木のように。デボネアを完成させたことが、ご主人様の感情を蘇らせてしまったのよ)」


「にゃ(ご主人様は法都を一片たりと残さずに、塵のように消してしまうつもりなんだね。関係の無い人達も含めて。……。ミチコ。ボクと一緒に法都を、ご主人様のもとから離れよう。ボクは君を連れていく)」


「……」


「にゃ(ミチコ?)」


「わん(わたしは、この街が好き。あなたと出会えたこの街が好き。ご主人様と出会えたこの街が、大好き。例えご主人様が望まれるのであっても、わたしは、この街をなくそうとする【魔女】の心は、許さない。許すことはできない)」


「わんっ!(わたしはこの街を守る)」


「にゃ(ミチコ、君は……。できるのかい?)」


「わぅ(大丈夫。心配いらないわ。わたしがご主人様を……止めて見せる。それが、ご主人様に使える犬の使命なのだもの。寄り添うだけではないのよ。ご主人様が、外れた道を行こうとするのならば、元の道に引っ張り戻してあげなければ)」


「フワゥ(だけど、それにはご主人様を……。いえ。わたしはきっと、ご主人様を無事のまま、取り戻してみせる)」


「にゃ(ミチコ。わかったよ。ボクはせめて君のそばに、ずっと居るよ)」


「わん(ありがとう、ハッチ)」



「ふん。この丘から見る法都の景色も、今日で最後か」


「わん(ご主人様、恐れながら申し上げます。法都を消し去ろうなどと、恐ろしいお考えは、どうか、どうか! お取り下げをください!)」


「ミチコ。ハチよ。貴様らの親兄弟も居るだろうに。許しておくれ」


「わん!(おやめください、ご主人様!)」


「……さて。参ろうぞ」


「わんわん!(ご主人様! 何卒、何卒! ご再考を!)」


「デボネアを起動する」


「(フロレンティーナの掌へ魔法のたんぽぽが根を張り、急速に芽吹く。紫色の花が咲き開く。鞠のように満開の頭上花が、茎からぶつりとちぎれる。花は落ちず、空中で球状螺旋形の回転を始める)」


「(ぐるぐるぐるぐる)」


「わんわんわん!(いけません、いけない! ご主人様!)」


「にゃ(このままじゃあ、間に合わなくなってしまう! ミチコ!)」


「グゥ(くっ。……法都を……)」


「バウワッ!(ご主人様! お許しください!)」


「(ミチコの瞳が虹色の光を放つ)」


「どうしたミチコ。今日はいやにさみしそうな声で鳴くじゃないか。犬のお前にも、解るのか。私の意図する所作が。……なに? なんだと?」


「(たんぽぽの花、急速にしおれ、茶色に枯れながらフロレンティーナの掌に落ちる)」


「まさか。ミチコ、おまえの瞳は! 貴様は、犬のお前がまさか!」


「(フロレンティーナの目前、空中から不意に紫色のタンポポが芽吹く。タンポポの紫色の頭上花が茎から離れ、螺旋運動を始める)」


「【虹色の虹彩】! わたしのデボネアを奪ったのか!?」


「(ミチコの瞳が虹色の光を放つ)」


「(ぐるぐるぐるぐる)」


「(フロレンティーナ、両手で頭を抱えながら後ずさる)」


「貴様、なんてことをッ! 私に飼われる、犬畜生のふぜいでッ! 魔女を! この私をッ! こんなことがッ、許されるものかッ! 」


「(フロレンティーナ、左手で顔面を掻きむしる。皮膚が破れ血が滲み出る。指の間から充血した目をのぞかせ、震える右腕をミチコに伸ばす)」


「このフロレンティーナがっあっ、ああっ! ミチコッ! やめろ。やめ、ろ。お、おおおおおおお」


「(ミチコの瞳が虹色の光を放つ)」


「(フロレンティーナ、地面に膝を付き、腰を折り曲げて前のめりに倒れる。瞳孔が開く。真っ赤な鼻血を垂れ、半開きの口元から吐瀉物を地面に撒き散らす)」


「あ。ああああっあっ」


「にゃ(ミチコ……)」


「アオーン!(ご主人様、フロレンティーナ様! お許しください、お許しを!)」



 【虹色の虹彩】は、瞬時に相手の魔法を奪い、相手の魔法の模擬体を造りだすことを叶える反照魔法。

 フロレンティーナのデボネアを奪取したミチコは、フロレンティーナの脳内に小規模な魔法爆縮を引き起こし、フロレンティーナの脳細胞の一部を破壊した。

 フロレンティーナの魔術構築能はミチコの仕業により失われ、また同時に、フロレンティーナの通常生活において必須となる脳機能の大部分も失われた。


 有史上、法都はその存続を脅かせられる事象に幾度か遭遇した。

 法都と法都の市民たちに、いかな危機が降りかかり、いかにしてそれを乗り越えたのかは、法都の歴史書に余さず記録され、残されている。


 偉大な魔女フロレンティーナ・シュニッテンが破壊魔法【デボネア】を駆使して企んだ法都抹消の試みと、それをフロレンティーナの飼犬であるミチコが反照魔法【虹色の虹彩】を駆使して阻止した事実は、法都の有史上に一文字も残ることなく、誰も知らない物語として、この世から消失したのであった。



 法都を見下ろす崖の上。

 地に伏した女。

 女の背に縋り付いて泣き叫ぶ少女。

 少女の傍らに立ち尽くし、うなだれる少年。


「ミチコ……」


「ご主人様……ご主人様。どうかわたしの不忠をお許しください。お許しください……!」


 遠吠える犬の悲鳴。

 地平線から昇りはじめた力強い太陽が、霧にけぶる法都を橙色に染め上げていく。


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