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魔女も明日の天気は分からない


 法都郊外の農村。

 例年になく雨が降らず、日照りに悩まされている。


 上半身裸の男二人、

 セプタとコールティアが木陰に座り込み、力なくうなだれている。


「貯水池も底が見えてきた……もうダメだ……」


「雨乞いでもしてみるか?」


「……やりかたしらねぇよ」


「そうだな……」


「……そうだ。ルンの奴なら、なにか知っているかもしれん」


「はっ。あんな奴が役に立つのか? せっかく法都で魔女になったってのに、こんな田舎に帰ってくるような負け犬野郎に」


「腐っても魔女だった奴だからな、知恵はあるだろ。

 それに、田舎にこもり切りの俺たちに比べりゃ、ずいぶんマシだろうさ」


「……チッ。しゃーねーな」


 二人、同時に立ち上がる。



 セプタとコールティア、村の外れにある一軒家にたどり着く。古い建物だが、手入れが行き届き小綺麗な印象。

 セプタとコールティア、他人の家とは思えない不躾さで玄関扉を勢いよく開けると、ドカドカと中へ押し入る。

 リビングの中央に丸テーブルと椅子。椅子の一つに腰掛け、スプーンを咥えたまま、間の抜けた顔で二人の闖入者に呆然としている魔女、ルーン。


「ふ。ふえぇ。

 び、びっくりした……。

 な、なんなのよう、突然」


「おいルン。

 水も滴るいい女って……言うよな?

 ちょっと滴らせてくれや。

 この村中をよぉ」


「ふえっ!?

 ええ……?

 それって、どういう意味……?」


「お前がいい女ってことだよ……。

 この村に水を滴らせることができればの話だがな!」


「ええぇ……。

 そんな……。

 そんなの……。

 心の準備が……」


「おい、お前なにか勘違いしてるんじゃァねぇか?」


「ふえっ?」


「あっ。こいつシリアルを牛乳にひたして食べてやがる」


「ぎくり」


「そういや、今日、俺の牛が一頭だけ、乳の出が悪かったんだ。

 ルンよ、その牛乳はどこから調達したんだ。ちょっと味をみせろよ。俺の牛ンじゃァ、ないだろうな」


「ぎくぎくっ。

 やだ、ちょ、やめてよー。

 いいじゃない、どこの牛乳だって。

 わたしのよ、わたしの牛乳なんだから」


「お前の? お前の牛乳なの?

 乳なんて出そうにない大きさなのに?」


「大きさ関係ないでしょ!

 ぶっ殺すわよ!」


「おお、怖い」


「こわいこわい」


「てゆーか、一体なにしに、来たのよ。

 二人して。急に」


「さっき言ったじゃねぇか。

 この村を滴らせろって、よお」


「だ、だから……それって、どういう意味なのよ。

 嫌よ、そんなの、わたし」


「お前……村のためなんだよ」


「そうだよ……ルン。

 君がやってくれなかったら、他にこの村を誰が救うっていうんだい?」


「だ、誰って……。

 私の次に若いっていったら……。

 マカローネおばさん、じゃないかな……」



(セプタ、拳を握ると机に叩きつける)

「あんなババアにこの村を滴らせられるわけがないだろッ!」


「ヒエッ!?」


「ルン……。マカローネおばさんには無理だよ。

 第一、彼女はもう、あがっているしね……」


「まったくだぜ……」


「えっ?

 ……ちょっと待ってよ。

 あんたたち、なんで知ってるのよ?」


「……」


「……。

 そんなのは些細な問題だよ」


「ああ、まったくだぜ……」


「え、えぇ……?

 あ、あんたたち……。

 マジで?」


「そんなことはどうでもいい。今は村の問題のほうが重要なんだ!

 いいかい、これは僕たちの故郷の存亡がかかっているんだぞ!

 マカローネさんがどうだとか、個人的なことを言っている場合じゃあないんだ!」


「おう、コールの言う通りだぜ」


「え、あ。うん。

 わかった、わかった。

 じゃあ、いったん置いとこっか、おばさんの話は。ね。

 それから、牛乳の話も、一旦おいとこ?

 ね?」


「……ルン。

 君は昔からそういうところがあるよね」


「……は?」


「牛乳の話は、全てが片付いてから改めて話し合おうじゃないか。

 どこの牛から盗ったのかということを、明確にね」


「と、盗ってないわよ!」


「ルン。そういうの、いいから。

 もう分かってるから、俺たち」


「ああ……。素直に罪を認めたらどうだい。」


「だから盗ってないってば!」


「はぁ……。これだから貧乳は」


「だから胸の大きさ関係ねぇだろがッ!

 ぶっ殺すぞ、この野郎!」


「おお、怖い」


「こわいこわい」


「くっ。

 ……分かったわよ。

 で、なんなの?

 半裸で突然ひとん家に入り込んでくるなんて……。知り合いでも追い出されるわよ。

 まぁ、私はあんたたちの頭がおかしいこと知ってるから、驚きゃしないけどさ……」


「いや、驚いてただろ」


「ルン、君のそういう小さな嘘は好きになれないね」


「どうだっていいでしょ……。

 てゆーか勝手に椅子に座るんじゃないわよ。長居するつもりでしょ」


「すぐ出てくさ!

 お前が、この村を滴らせることができれば……な!」


「それ!

 さっきからの、それ!

 なんなの? 一体……わけわかんない。

 !

 あー。そういうことね」


「さすがルン。

 説明はいらないようだな。

 まぁ、正直なところ、文字に起こすのも面倒だしさ」


「おお、大したもんだ。

 伊達に元魔女やってねえな」


「今も魔女だよ!

 肩書きは没収されないのよ!」


「おお、魔女」


「魔女魔女」


「まじょまじょゆわれたって嬉しくないよ!

 だけど、無理よ。できない。

 雨を降らせるなんて」


「……は?」


「天候を操る魔術は法都の禁忌。ご法度なの。

 『魔女も明日の天気はわからない』。

 知らなかった?」


「……」


「……チッ」


「な、なによぅ。

 だって、仕方ないじゃない。急に怖い顔しないでよ。

 ……しょうがないじゃん!」


「あのさぁルン。

 俺たちはこうしてわざわざ頭を下げに来てるわけじゃないか」


「えっ……?

 ちょっと待って……?

 いつ、あんたたちの頭が私よりも地面に近い位置に下がったっけ?」


「忙しいところを、わざわさ出向いてやったってのによう……。

 それをお前……。

 てめぇこの野郎……。

 雨を降らせられないだと、この野郎……」


「やっ、怖い怖い。

 やめて、やめてよ!

 トミオみたいな顔で、近づかないでよ!

 ぎゃああ!?」


(セプタ、ルーンの胸ぐらを掴みながら)

「てめぇふざけんじゃねぇこの野郎!

 魔女のくせに雨も降らせられねぇのかよ!

 てめぇ何年魔女やってんだこの野郎!

 小ぶりのおっぱいしやがって! ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!

(セプタ、膝から崩れ落ちる)

 ひでぶ!?」


(ルーン、セプタにレバーブローをぶち込み)

「だから、おっぱい関係ねえって言ってんじゃねぇか!

(ルーン、セプタの前髪を鷲掴みながら)

 殺すぞ、この野郎!」


(コールティア、ルーンを羽交い締めにしながら)

「や、やめろ! この暴漢貧乳野郎!

(コールティア、膝から崩れ落ちる)

 あべし!?」


(ルーン、後ろ蹴りでコールティアに金的をぶち込みながら)

「おっぱい関係ないだろっ! いいかげんにしろ!

 ってゆーか……

(ルーン、膝をついて倒れた二人の男それぞれの顔面を、サッカーボールキックで蹴り抜いて)

 貧乳で、なにが悪いかッ!」


(男二人、吹っ飛びながら)

「ぐへぇぇぇ……!」


(画面が突然静止画になると同時に、昭和レトロじみた劇画調の描写に変化しながら)


(ナレーション)

『第一部・完!』



(セプタとコールティア、正座して並ぶ)


(ルーン、椅子に座り脚を組んだ姿勢で、男二人を見下ろしている)

「まったく……あんま調子乗ってんじゃないわよ?

 さっきも言ったけど、魔女にもできないことがあるわけよ。

 天気の話もそう。そんなに都合よく、雨なんて降らせられるわけがないじゃない」


(セプタ、青タンの左頬をさすりながら)

「そう……ですよね。

 ナマイキ言ってすいませんでした」


(コールティア、歯で切れた唇を指先でやさしくさすりながら)

「ほんと調子乗ってました、ボクたち。

 心から謝ります」


「まぁ、分かってくれたらそれでいいのよ。

 ……で? なに?

 ほかになんか文句あんの?」


「な、ないです」


「ないです、ないです。

 ルンさんのお手を煩わせるようなことなんて、全然」


「そうよね。そうだと思った。

 じゃあ、この話はこれでおしまいね。

 用が済んだら、帰ってね。さっさと」


「はい……」

「すんませんでした……」



(男二人の後ろ姿を見送りながら)

「ふう。

 なんとか牛乳の件はうやむやにできたわね」


(立ち上がり、本棚の前に向かう。一冊の本を手に取る)

「実は、雨乞いの方法は1つだけ知ってるんだけど。

 でも魔術じゃなくて『願い』だから、うまくいくかわからない……」


(ルーン、本を胸に抱えながら、男二人の顔を思い浮かべる)



(当日の夜、村外れの小高い丘)


「うーん。

 のこのこと、こんなところに来てしまった。

 『願い』……。

 魔術よりも原始的な、魔法を使った操作。

 だけども精神負荷は数倍高いんよねぇ。

 成功するとも限らんし」


「でも、あの二人を見ていて、なんとかしてあげたい気持ちになった。

 ……幼なじみだもんねぇ。

 困ってるなら、助けてあげたくなっちゃうよね」



 願いに魔術のような形式はない。

 ただ心のなかで強く思うのだ。

 ルーン・チャンベラルヴィーノは地面に跪くと、セプタ・プレザネッラとコールティア・ポーの暮らしに、今よりも僅かな幸せが訪れることを願った。

 他者に報いたいという気持ちは『願い』の確実化に寄与する。


「二人に幸せが訪れますように」


 一時間、二時間、ルーンは跪いたままの姿勢で、天に向かって願った。

 脚は痺れ、膝頭に砂利が食い込み苦痛を伴った。それでも彼女が願いを止めることはなかった。


 三時間、四時間たった頃に、快晴だった夜の空の端から、薄っすらと雲が流れてくる。インクの水を濁すがごとく、雲はもくもくと空を覆い始める。願いが現実に届き始めたのだ。ルーンはじっと目をつむっていたが、空の様相の変化とともに、時たま吹き抜ける風の、しっとりと湿り気を帯び始めた雰囲気を肌に感じ取っていた。


 五時間が過ぎると、月は隠れ、空は半分以上の雨雲に隠された雲天である。


 目を開くいたルーンは空を覆いつつある雲を認めて、ほう、と息をついた。

 遠くの雲間から、ゴロゴロと雷鳴が鳴ったのが聞こえる。

 『願い』が、成功したのだと確信する。


「これは成功したのよ、ね?

 はあ、よかった」


 カチコチに固まっている脚に力を入れて、やっとこさ立ち上がる。

 膝頭にくい込んだ砂利を、残された痕と痛みに、やれやれと手で払う。


「我ながら……大したものよ。

 うん、わたしってば、まだできるじゃない。

 これなら、そうね……。もう一度法都でも、やっていけるんじゃないかしら。

 ……うん。そんな気がするわ」


 ううん、と背筋を伸ばすと、全身からボキボキと骨のなる音が響いた。

 再び夜空に顔を上げると、ルーンの頬に、ぽたりと一粒の雨水が降り落ちてきた。



 雲の合間に見える、晴れ間。

 今は夜明けの小一時間ほど前であるが、その仄暗い夜空が、一瞬ふと、薄紅の、夜明けとも夕間のものとも、見分けの付けられない色に瞬いた。

 あれ。と思ったルーンの次の瞬間に、視界に入ってきたのは、空に開いた大きな一つの目だった。


「――え?」


 ルーンの背筋がゾクリとする。


 空に開いた大きな1つ目。

 目の輪郭は空とを隔てる黒い線。瞳は綿密な幾何学文様をぎっしりと詰め込んだ魔法陣で覆われている。

 魔法陣の中心は、徐々に赤みを増していくと、やがてルビーのような赤に染まった。


「……え?

 え? なに? あれ……」


 ポツリとひとりごちたルーンの声を拾ったように、空の瞳は突然にグリグリと動くと、地上のルーンを見つけて、焦点を彼女へ合わせるかのように、瞳孔をギュッと縮めた。

 ひっ?!

 ルーンは思わず息を呑み、後ずさる。

 地面の石に足を取られて尻もちをついてしまう。

 倒れ込んだ衝撃に、つぶってしまった目をおそるおそる開いて、再び空に視線をやる。

 ところが、さっきまでそこにあった大きな瞳は、すでに消えていた。なにもない。

 煙が風に吹かれて……といったふうでもなく、最初からそのようなものは存在していなかったというように、なにもない。


「い……今の……って?」


 大きな目の現れた晴れ間は、ルーンの願いが呼び出した雲により覆われて消えていく。

 ルーンの体に雨粒が一滴二滴と落ちてきて、衣の色を変えていく。

 ルーンは立ち上がる。目をこすって、さらに空を見上げてみる。応えてくるのは雨粒だけで、ルーンはやむなく目を細め、額に手をあて庇にする。


「今のは一体、なん」



 ルーンの背後から、彼女の肩を掴むものが現れる。


「っ!?」


 思わず、電気が走ったように体中が跳ねて、喉から声が漏れる。動揺に視界が揺れる。

 背後の気配を探る。何も感じない。

 だが確かに肩に手が掛かっている。左肩を掴まれている。

 ルーンは恐怖で動けない。

 後ろの、気配のない何者かは、ルーンに声を掛けることもなくじっと黙っている。


 ルーンは、つばを飲み込もうとした。

 からからの喉に、つばは一滴も通らなかった。その動作に息づかいが乱れる。

 肩を掴む指に、動きはない。ルーンの体を、押しも引き寄せもしない。


 一体これは誰なんだろうか。セプタやコールではない。彼らとは違う。さっき見えた晴れ間の目となにか関係があるのだろうか。なぜわたしの肩を掴んでいるのか、そしてなぜ一言も発しないのだろう。気配を感じないのもおかしい。肩を掴んでいるのは確かに人間の手だと感じることはできる。でも、だったらどうして、気配を感じないのだろうか? セプタやコールとは本質的に違うものだと感じ取れる。だとするとこれは、この肩の『手』は、本当に人間のものなのだろうか?


 ルーンは、首を後ろに向けていく。本能が後ろを振り向くなと言っている。だが確かめなければならない。振り向いてはいけないという気持ちを押し殺して、首をゆっくりと動かす。ルーンの魔術は認識しない何者かを対象にできる性質を持たない。だから彼女は後ろを振り返り、自分の肩に手を置くものが何者なのか確かめなければならない。だが、果たして本当にそれでいいのだろうか。ルーンの首の動きに反して、彼女の視線は反対の方向に逃れようとする。

 だめだ。振り向いて、正体を確かめなければ。

 でも、本当にそれでいいのだろうか。『正体を確かめても』いいのだろうか。

 わからなかった。答えは出なかった。



 ルーンは後ろを振り返った。



(数日後)


 しとしとと雨が振り続ける。

 貯水池の水位は、池の淵まで増えている。


 木陰で雨宿りをする男が2人いる。


「しかし、まあ……よく降る雨だこと」


「ああ……加減ってものを考えて欲しいもんだ」


「まったくな……。

 なあセプタ」


「あん?」


「やっぱり、ルーンのやつがやってくれたのかな?」


「さあ……。

 けどまぁ、あいつは昔から、そーいうやつさ」


「だな。

 魔術書だけ持って、急にいなくなっちまうんだもんな」


「きっと雨を降らせることができたせいで、変に自信をつけちまったのさ。

 今頃、また法都で魔女やってるに違ぇねぇよ」


「だな。

 あーああ、それにしても、だ。

 これじゃあ今度はイモが腐っちまうよ」


「まったくだ。

 魔女ってのは畑を知らねぇ。

 今度会ったら、土のいじり方を鍛えてやろうぜ」


「そうだな。

 まぁ、あいつのことだ。

 遠からず帰ってくるだろうさ」


「違いねぇ」



おしまい


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