【魔剣 インディアン・サマー】
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法都衛生局 IM@Sの事務所にて。
「隊長、ロッカーの中にぽつんと剣が置いてあるんですけど、これは?」
「あ? それは緊急用のやつ。やばい魔女が出たときに使うんだよ」
「やばい魔女?」
「そう。やっべー魔女。その剣は一撃でどんな魔女も絶命させる能力を持ってるんだ」
「そんなにすごい剣を、こんな雑に管理してて良いんですか?」
「大丈夫。錆びないように、ちゃんと油は塗ってるよ。暇な時に」
「そうじゃなくて、誰かに持ち出されたり、噂を聞きつけた魔女とか使い魔が奪いに来るんじゃ……」
「それも平気だ。魔女はその剣に近づいたりしないし、魔女の使い魔とか、魔女に魔術を掛けられて操られてるやつとか、魔女が殺されるのを防ごうとする過激な人権団体に所属する一般人が奪いに来たとしても、ココロの中に魔女に対する想いを持っているものを、この剣は完全に破砕するからな。そういう呪物だ。お前、恋人が魔女だったりしないか? 別れたくないなら、触らないほうがいいぞ」
「……本当ですか?」
「本当さ。実際に魔女を何人か斬ってるよ。髪の毛や爪を切るだけで殺れるんだ。薙いだ剣圧に触れるだけでも身動きを止められるしな。剣を奪いに来た使い魔が、鞘に触れた瞬間爆発四散したのを見たし、魔術で操られてた奴は正気を取り戻したし、過激な人権団体は解散したよ。恋人が魔女だったやつは、別れて、農家の嫁をもらった。全部俺が実際に見た、本当のことなんだぜ」
「へー(嘘くさいな、本当かよ……)」
「そうか、お前それを知らないのか。じゃあちょっと由来を話してやるよ」
「あ、はい。忙しいんで、短くお願いします」
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【魔剣 インディアン・サマー】
森都・干支を訪れた法都の使節団は、法都のものとは根本から異なる森都の魔術技術を目の当たりにして、たいそう興奮した。
なかでも森都の神剣に指定されている【神剣・小春日和】の性能には誰もが驚いた。
【神剣・小春日和】は通常の術者をはるかに超越する術力をもつ女性に対して、たった一振りで絶命させる性能を持っていた。
しかもその一振りは致命傷を与える必要なく、薄皮一枚でも髪一本でも、切っ先で対象をなぞるだけで死に至らしめるのだ。小春日和は、対象の魂そのものに傷を負わせる。
特別な許可のもと、小春日和を用いた処刑の場面に立ち会うことのできた使節団のひとりに、魔女・アプフェルアウフラウフの姿があった。
死刑囚の女性の長い髪を、小春日和を手にした処刑人が一閃に両断する。と、女性は断末魔の隙もなく、たちまち絶命した。
その光景を目にしたアプフェルアウフラウフの脳裏に、ある企みがよぎる。
「小春日和の技術を流用すれば、独自に魔女殺しの呪物を作れるかも知らんな……」
アプフェルアウフラウフには一人の妹がいる。彼女も魔女で、しかも美人で有能なので、法都では特に有名である。そのうえ恋愛と性生活に奔放な性格は、気に入った男が視界に入るなり、誰彼構わず露骨に口説き、遠慮なくアバンチュールを楽しむ女版ドンファンの異名を、彼女に冠するのだった。アプフェルアウフラウフも、何度か恋人を寝取られた経験がある。家名と自尊心を傷付けられたアプフェルアウフラウフは、いつか妹をぶちころがしてやろうという執念を、心の内で密かに燃やしていた。
小春日和の性能について、より詳細を知るために、使節団身辺の世話役を務めるアンコ・モチヅキにダメ元で申し入れてみた。
「うーん、いいっすよ」
あっさりと許諾されたことに拍子抜けした。
かくしてアプフェルアウフラウフは小春日和の製造過程や製作者が鍛造に至った背景、その薄緑色の刀身に宿る術式の詳細を得ることができたのだった。
しかし、小春日和に直接触れることはできなかった。呪物の特製を知るには触診が最も効果的なのだが、
「死ぬ」
「えっ」
「いや、死ぬよ触れたら」
小春日和を手にしたいという申し出に対するアンコの返答を聞き、断念した。
さて、小春日和の製造方法を知ったアプフェルアウフラウフは驚愕する。
材料の一つに、「処女の術者」が必要だという記述があったからだ。
しかも、その処女の術者を溶鉱炉に落とし、彼女を元にした鋼で鍛造しなければならない。
確かに、望む望まずに関らず、自らの命をなげうって施す魔術は、一定の術強度を担保し得る。法都の呪物にも実例が無いわけではないが。
「こんなん、獣の槍と一緒やないか……。こいつは難儀やな」
小春日和に使われた処女の術者は、自ら溶鉱炉に飛び込んだ……らしい。彼女はこの世の中から全ての魔女を駆逐することを望んでいたのだとか。アンコがアプフェルアウフラウフを小春日和に触れさせなかった理由の一つはそれだ。魔女は小春日和を扱えない。
☆
法都に戻ったアプフェルアウフラウフは、生贄になりそうな魔女を物色した。
夜のハッテン場でガネーシャ・カシューという魔女を誘惑して虜にし、数ヶ月の調教ののち、買収した製鉄工場へ彼女を連れて赴いた。
「わー、すっごくあっつーい。これが私たちの都市を形作る鉄製品になるんですね―」
「ああそうさ。そして私が妹の命を刈り取る剣の元にもなるのだ。ガネーシャよ、すまない」
「え? あっ、あああああぁぁぁっ」
アプフェルアウフラウフが体当りすると、ガネーシャの体はいとも簡単に熱せられた鉄の海に堕ちていった。
ターミネーター2では溶鉱炉に溶けながら親指を立てたりしていたが、そんなに悠長にはいかない。
ガネーシャは溶けた鉄に全身を焦がされる苦痛に絶叫するでもなく、
「ひゃっ」
と一言発すると、あとは浮かんでこなかった。
ガネーシャが沈む直前、鉄のこびりついた彼女の顔を見たアプフェルアウフラウフは、一瞬ぞっとした。
しかし、懺悔はしない。自分の魂はすでに地獄に堕ちているも同然と考えていた。
「人を呪わば穴二つ、とは言ったものだが、まさか三つ必要になるとはね」
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法都は昔から魔術の盛んな土地だが、それと同じくらいにものづくりの職人も多い。職人の技能や伝統に留まらず、精神性の伝承も同じように大切にしており、古くからの徒弟制が残っている。
ガネーシャと引き換えの鋼をつかい、剣を鍛えたのは、新進気鋭の鍛冶職人である。彼は高額の謝礼が貰えると知ると、半分を前金に受取り、完璧に仕事をこなして、残りを受け取った。
彼は立ち去り際に小さな声でつぶやいた。
「金がいるとはいえ、こんな仕事に手を染めてしまった。俺はとんでもない間違いを犯したのかもしれない」
「いや、そんなことはない。大変素晴らしい仕事だ。あなたに依頼してよかった」
「それの製作を聞かれても、俺の名前を出さないでもらえるか。俺はこの仕事を忘れることにする」
そういう事情でインディアン・サマーの製作者は不明である。
数年後に法都のある教会へ、インディアン・サマーと外見のそっくりな剣が奉納されたが、これも製作者は不明である。
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アプフェルアウフラウフは完成した剣を佩いて妹のもとへ早速赴いた。
ところが妹はすでにこの世を去っていた。事故死だった。妹の死はアプフェルアウフラウフに伝わらず、埋葬もすでに終わっていた。長年の疎遠が災いした。
「貴様を殺すために造ったこの剣と、私の決意が、目的も果たせぬまま不要になるとは……因果なものだな」
妹の墓に剣を立てかけ、アプフェルアウフラウフは空を見上げた。
雨や曇の天気が多い冬の法都にあって、この日は穏やかに晴れて暖かかった。
彼女は妹のために造った剣にインディアン・サマーと名付けた。
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「とまぁ、これで物語が終われば良いんだが、そこはちょっと問屋が卸さないわけだ。
なぜって、これじゃあ、剣を造るために命を奪われたガネーシャの立つ瀬がないわけで、くたばり損になる。
しかし神様はいつだって粋な計らいをするのさ。ガネーシャの無念を汲んでくれたんだろう。
墓に立てかけられたインディアン・サマーを倒す勢いに、突風が吹いた。
そして剣はアプフェルアウフラウフの右足の甲に倒れ込んだ。
もちろん剣は鞘に収まっていた。だが、魔女殺しの魔剣は鞘越しにも十分な能力を発揮したわけだ。
インディアン・サマーに打たれたアプフェルアウフラウフは、その一撃で自律神経を完全に破壊されたのさ。
彼女は寝たきりになった。自力で歩くこともできず、魔術も使えず、15年間苦しんで、そして死んだ。
唯一残っているのが1冊の日記帳。15年間でたった1冊分だ。それも、数ページだけ。なめくじののたくるような汚い文字で書いてある。
これは、その日記帳に書いてあった物語さ。これがインディアン・サマーの由来だ」
「ちょっと待って下さい。なぜアプフェルアウフラウフは、鞘に収められたままでも十分に力を発揮するインディアン・サマーを、平気で佩くことができたんですか。彼女も魔女でしょう?」
「そこは日記帳に書いてないから分からん」
「……。なぜそんな剣が、我々のオフィスのロッカーに?」
「なぜって、そりゃお前、俺たちの仕事を思い出せよ? 魔女退治をなりわいにしてる部署だからさ。ちょっと考えたら分かることだろ」
「……(嘘くさいな)」
「信じてねぇ顔だな。これが必要になった時が来たら、一目瞭然だよ。その時は俺が使うけどな! うははっ」
「どうぞ、ご随意に」
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登場人物など紹介
☆隊長☆
前任の隊長が引退したことから、年功序列で望まずに隊長になってしまったため、責任感が希薄。
数年に一度の頻度で起こる魔女討伐任務と、部下の査定を低めに付けることが楽しみの、どうしようもない中年。
☆隊員☆
長期出張から最近帰ってきた。
ある魔女に好意を寄せているため、隊長の話の信憑性を疑いつつも、インディアン・サマーに触れられずにいる。
☆IM@S☆
【Independent Magical Assault Squad】の略称。法都衛生局 独立魔術攻撃小隊の通称。
主な仕事は法都の市民生活に著しい害悪を及ぼす魔女の排除。
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おしまい。
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