第9話 初仕事
南の農村への道は、半日ほどだった。
街道から外れて畦道に入ると、麦畑が広がっていた。収穫前の時期で、穂が風に揺れていた。遠くに農家が見えた。
依頼主の農家に着いた。
出てきたのは中年の男だった。日焼けした顔に疲れた目をしていた。ナナを見て、グリムを見て、またナナを見た。
「ギルドから来てくれたのか。……その子も一緒に?」
「依頼を受けた黒い翼です。野犬の件ですね」
「ああ、そうだが……」
男はまだナナを見ていた。グリムが口を開いた。
「実力は保証する。続けてくれ」
男は少し迷ってから、話し始めた。
野犬は3頭。1週間前から出始めた。夜に鶏小屋を襲い、昨夜は子牛を1頭やられた。足跡から大型だと分かる。罠を仕掛けたが、賢くて避けている。
「出没する場所は決まっていますか?」
「南の林の方から来るようだ。昼間は林の奥にいる」
(昼間から動いている。行動パターンが一定だ)
「林を見せてもらえますか?」
「今からか?」
「はい。昼のうちに地形を確認しておきたいです」
男は頷いた。
林の入口まで案内してもらった。
足跡があった。大きかった。3頭分の足跡が、同じ方向に向かっていた。
グリムが足跡を見た。
「でかいな」
「野犬というより、山犬に近いかもしれません」
レンが林の奥を見ていた。目が細かった。
「何か見えますか?」
「動いている。奥の方に2つ」
(2頭は確認できた。もう1頭がどこにいるか)
3人で林に入った。グリムが先頭、レンが後方、ナナが中央。足音を殺して歩いた。
足跡を追った。新しいものと古いものが混ざっていた。新しい方を選んだ。
10分ほどで、気配を感じた。
低い唸り声がした。木々の間に影が見えた。
(2頭、正面だ)
グリムに手で合図した。止まれ、の合図。グリムが止まった。レンも止まった。
周囲を確認した。2頭は正面。3頭目の気配が、右手の奥にあった。
(分散している。2頭を先に対処する)
グリムに合図した。右の1頭を指した。自分は左を取る、という意味だった。グリムが頷いた。
2頭が同時に動いた。
グリムが右の1頭と向き合った。野犬が跳んだ。グリムが大剣を横に払った。野犬が横にそれた。グリムが追った。
左の1頭がナナに向かってきた。
炎を出した。小さく、顔に向けて。熱さで怯ませる狙いだった。野犬が止まった。首を振った。怯んだが、倒れなかった。
(根性がある)
もう一度、今度は足元に這わせた。前足に当たった。野犬が転んだ。すぐに立ち上がろうとした。その隙にグリムが来た。左の1頭を一撃で仕留めた。
右の1頭はまだ暴れていた。グリムが戻って正面から向き合った。野犬が吠えた。グリムが大剣を振り上げた。一撃だった。
2頭、片付いた。
(3頭目)
右手の奥の気配を確認した。まだいる。動いていない。
「レン、右手の奥に1頭います。気配が止まっています」
レンが頷いた。弓を構えた。
3人でゆっくり進んだ。
木の陰に3頭目がいた。伏せていた。こちらを見ていた。逃げる気配ではなかった。
レンが矢を番えた。
3頭目が動いた。真横に走り出した。速かった。
レンが放った。
矢が3頭目の後ろ足に刺さった。野犬が転んだ。立ち上がろうとしたが、足が動かなかった。グリムが近づいた。仕留めた。
静かになった。
3頭、全滅。
(終わった)
「怪我はないですか?」
グリムが右肩を回した。
「問題ない」
レンは矢を回収していた。後ろ足に刺さった矢を引き抜いて、布で拭いた。それだけだった。
林から出た。
農家に戻って、依頼主に報告した。3頭仕留めたと言うと、男が深く頭を下げた。
「助かった。本当に助かった」
「足跡を見た限り、他にいる可能性は低いです。ただ、1週間ほどは様子を見てください」
「分かった。ありがとう」
報酬の銀貨5枚を受け取った。
グレンフォードへの帰り道に、宿場町があった。
食堂の明かりがついていた。3人で入った。温かい食事を頼んだ。
料理が来るまで、ナナはレンを見た。
「さっきの3頭目。狙って後ろ足に当てましたか?」
レンは少し間を置いた。
「狙った」
「なぜ後ろ足を?」
「殺すより止める方が、あとが楽だと思った」
(自分で判断して、狙い通りに当てた)
ナナは頷いた。
グリムが短く笑った。何がおかしいのか、説明はなかった。
料理が来た。3人で黙って食べた。
グレンフォードに着いたのは夕方だった。
まずギルドに向かった。
ベラがカウンターにいた。ナナを見て、短く頷いた。
「戻ったか。依頼は?」
「完了しました。3頭全て仕留めました」
ベラが書類を出した。確認しながら書き込んだ。
ベラがペンを置いた。
「次の依頼はどうする」
「探します」
「掲示板を見ていけ」
掲示板の前に立った。Eランクの依頼が6件あった。1件ずつ確認した。
薬草採取。井戸の修繕監視。害獣の調査。それから——
護衛依頼があった。
グレンフォードからリーベンスまで。商人1人の荷物と身の安全を守る。期間は4日。報酬は金貨1枚。
(高い)
Eランクの依頼としては破格だった。依頼書の備考欄に小さな字で書いてあった。「街道に盗賊の出没情報あり」。
(だから誰も受けていない)
ベラのところに持っていった。
「これを受けます」
ベラが依頼書を見た。少し間があった。
「盗賊の件は把握しているか?」
「はい」
「登録した。出発はいつだ」
「明後日にします。明日、準備を整えます」
「依頼主はマルコという行商人だ。明朝、宿に挨拶に行け。東通りの黄金亭に泊まっている」
「分かりました」
ギルドを出てから、武器屋に寄った。
レンが矢の棚の前に立った。指で1本取って、羽根の状態を確認した。それから別の1本を取って、重さを比べた。
「この束をください」
20本入りの束だった。店主が値段を言った。レンが少し黙った。
「銅貨2枚負けてくれますか。昨日も買いに来ています」
店主が少し考えた。
「……いいだろう」
グリムが剣の手入れ用の油を棚から取った。ナナを見た。
「何か要らないか?」
「今のところ、魔法だけで戦えます」
「そうか」
グリムが油の代金を払った。それからレンの矢の代金も払おうとした。レンが手を出して止めた。
「自分で払う」
「……そうか」
2人とも特に何も言わなかった。
道具屋で縄と布を買った。ナナが選んだ。縄は長さと太さを確認して、布は清潔かどうかを確かめた。
(これで最低限は揃った)
夕食は宿の食堂で取った。
グリムが言った。
「盗賊相手に3人は少ないな」
「そうですね」
「どう動く?」
「荷馬車があります。レンが高い場所から周囲を見る。私が後ろで周りを見ます。グリムさんが前衛です」
「俺が前を塞いで、お前が全体を見るのか?」
「はい」
グリムはしばらく黙った。それから頷いた。
「分かった」
レンは食事をしながら言った。
「荷馬車の依頼主はどんな奴だ?」
「明日の朝、挨拶に行きます。そのとき確認します」
「一緒に行く」
「もちろん、お願いします」
グリムも短く言った。
「俺も行く」
3人で行くことになった。
食事が終わった。
前魔王が言った。
『次は護衛か』
(そうだ)
『盗賊相手に3人、か』
(今はこれしかない)
『まあいい』
それきり黙った。
ナナは宿の窓から夜のグレンフォードを見た。
銀貨5枚。今日の報酬だった。グリムへの借りは銀貨22枚。まだ遠い。
それでも今日、確認できたことがあった。3人で動いた。連携が機能した。レンの弓の判断を知った。




