表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

第5話 仇の影

 グレンフォードまでの街道は、思っていたより人通りがあった。


 荷馬車が行き交い、行商人らしき男が追い抜いていった。村と村をつなぐ道として機能しているようだった。前魔王の記憶から流れ込んでくる地理の知識と、実際の景色が少しずつ一致していった。


 グリムの足取りは昨日より安定していた。右肩をかばう動きはまだあるが、歩くぶんには問題なさそうだった。


 昼過ぎに、小さな宿場町に差し掛かった。街道沿いに宿が1軒、食堂が1軒、雑貨屋が1軒。こじんまりした場所だった。


「少し休もう」


 グリムが言った。肩のことを考えれば妥当な判断だった。


 食堂に入った。木のテーブルが4つ。先客が2人いた。どちらも旅人らしい格好だった。


 料理を頼んだ。スープと黒パンだった。味は普通だったが、温かかった。森を出てから初めてまともな食事だと思った。


 食べながら、周囲の会話を聞いた。


 隣のテーブルの男2人が、声をひそめて話していた。完全に聞き取れるわけではなかったが、断片が拾えた。


 山の方で、また被害が出たらしい。


 あの化け物だろう。もう3つ目の村だ。


 冒険者が討伐に行ったが、全員帰ってこなかったと聞いた。


(化け物)


 スープを置いた。


「すみません」


 隣のテーブルの男に声をかけた。男が振り返った。子供が話しかけてきたことに少し驚いた顔をした。


「今の話、もう少し聞かせてもらえますか?山の化け物というのは?」


 男は連れと顔を見合わせた。それからナナを見た。


「嬢ちゃん、怖い話だぞ?」


「構いません」


 男は少し迷ってから、椅子を向けた。



 話はこうだった。


 この街道から北に入った山沿いの地域で、ここ半年ほど、集落への被害が続いている。家が壊される。家畜が消える。ひどいときは人が行方不明になる。


 目撃した者の証言によれば、一つ目の巨人だという。身の丈は3人分ほど。一撃で木を薙倒し、地面を陥没させる。夜に動き、昼は山の奥に引っ込む。


 冒険者ギルドが討伐依頼を出したが、Bランク複数人でも手が出なかった。討伐に向かった者のほとんどが戻らなかった。


「ギルドはもうBランク案件じゃ済まないと言っているが、Aランクの冒険者なんてこの辺りにはいない。だから誰も動かない」


 男は肩をすくめた。


「山沿いの村はもう逃げ始めているところもある。街道から外れれば危ない。気をつけな」


「ありがとうございます」



 食堂を出た。


 グリムが無言だった。


 歩きながら、横を見た。グリムの顔が変わっていた。食堂に入ったときとは別の顔だった。どこか遠くを見ているような、それでいて何かを噛みしめているような。


(心当たりがある顔だ)


 しばらく黙って歩いた。レンも何も言わなかった。


 少し行ったところで、グリムが口を開いた。


「その話、俺も知っている」


 声が低かった。


「倒れていたのは、そいつにやられたからだ」


 ナナは足を止めなかった。歩きながら聞いた。


「仲間がいたんだ。5人のパーティで、その化け物の討伐依頼を受けた。Bランク案件だった。俺たちには相応の依頼だと思っていた」


 グリムは右肩に触れた。無意識の動作だった。


「結果は、見ての通りだ。俺だけ生きて帰ってきた。それも、逃げることしかできなかった」


 レンが一度だけグリムを見た。それから前を向いた。


「仇を取りに行くつもりですか?」


 ナナが聞いた。


「いつかは、と思っている。だが今の俺では話にならない」


「そうですね」


 素直に言うと、グリムが少し苦い顔をした。


「慰めの一つも言えんのか?」


「事実を言いました。今の状態では無理です。治ってからの話です」


 グリムは少し黙ってから、短く笑った。苦い笑いだった。


「違いない」



 その夜、宿を取った。


 部屋に入って、グリムとレンが眠ったあと、ナナは起きていた。


 食堂の男から聞いた話を頭の中で整理した。


 一つ目の巨人。サイクロプスと呼ばれる種の怪物だ——前魔王の知識がそう教えてくれた。身体能力は高い。視力は単眼ゆえに遠近感が弱い。聴覚と嗅覚で補っている。昼は動かず夜に行動する習性がある。


(弱点は、その視覚特性だ)


 遠近感が弱いなら、距離を使った戦術が有効になる。単眼の死角は正面ではなく斜め、左右の端。そこから攻めれば、距離の把握が狂う。


 荷物の中から、村でもらった紙の端切れを取り出した。炭の欠片で、聞いた情報を地図に落としていった。


 街道の位置。山の方向。被害が出た村の大まかな位置。男が言っていた「山の奥に引っ込む」という習性から、昼の潜伏場所の候補。


 地図を見ながら、考えた。


(今すぐ戦う話ではない。だが、知っておく必要がある)


 グリムの仇だ。いつか向き合う日が来る。そのときに何も準備がなければ、同じ結果になる。


『珍しいな』


 前魔王の声がした。


(何が?)


『今すぐ必要でもないことを考えている。お前は合理的な奴だと思っていたが』


(合理的に考えた結果だ。いずれ必要になる情報は今のうちに整理しておいた方がいい)


『ふむ。……それだけか?』


 少し間があった。


(グリムの仲間が死んだ。それも関係している、かもしれない)


『かもしれない、か』


 前魔王は笑ったのかもしれなかった。声に笑いはなかったが、どこかそういう気配があった。


『サイクロプスについては我も知っている。教えてやろうか?』


(聞かせてくれ)


『単眼ゆえに遠近感が弱い。それはお前も気づいていたな?加えて、奴らは音に敏感だ。大きな音で混乱する。それから、足が速くない。追いかけてくる前に距離を取れれば、時間を稼げる』


(足が遅いのか。それは使える)


『力は本物だ。直撃を受ければ人間など吹き飛ぶ。近づいてはいけない』


(分かった。ありがとう)


『……お前、我に礼を言うのか?』


(情報をもらったので)


 前魔王はしばらく黙っていた。何か言いたそうな間があった。


『100年待っていたが、礼を言われたのは初めてだ』


(そうなのか?)


『そうなのだ』


 それきり、声は消えた。


 地図に情報を書き足した。単眼の死角。音への反応。移動速度の遅さ。


 書き終えて、紙を折って荷物にしまった。


 部屋が暗かった。窓から月が見えた。


(いつか、か)


 グリムが眠っている。右肩をかばうように横向きになっていた。


 仲間を全員失って、1人で生き残って、それでもいつかと思っている。


 どんな気持ちだったのだろう。


 答えは出なかった。出す必要もなかった。


 ただ、地図はできた。


 目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ