第16話 ダリオの答え
朝、焚き火の跡が白い灰になっていた。
紅き牙の拠点は朝が早かった。夜明けとともに動いていた。見張りが交代していた。オズが帳簿を広げていた。ミラが薬草の確認をしていた。
ナナは早く目が覚めた。外に出た。
ダリオが柵の外に立っていた。朝の空気の中で、腕を組んでいた。ナナが近づいても振り返らなかった。
「起きたか」
「はい」
「早いな」
「あなたこそ」
「考えごとがあったんだ」
ダリオが空を見たまま言った。
「昨夜、みんなと話した」
「どうでしたか?」
「意見は割れた」
ナナは黙って続きを待った。
「行きたいという者が半分。様子を見たいという者が数人。断固反対が2人」
「反対の理由は?」
「盗賊をやめる気はないということだ。生き方を変えられない」
「その2人の名前を聞いていいですか?」
ダリオが少し振り返った。
「カイルとサルだ。カイルはお前が昨日名前を当てた奴だ」
「そうですね」
「2人とも古参だ。リーゼが紅き牙を作ったときからいる」
(古参が反対している。それは重い)
「ダリオさんはどう思いますか?」
ダリオがまた空を向いた。
「俺も古参だ」
「はい」
「俺がリーゼについてきたのは、リーゼが俺たちの居場所を作ってくれたからだ。奴隷だった者、逃亡者、行き場のない者——そういう連中を集めて、一緒に生き延びてきた」
ナナは黙って聞いた。
「お前に付いていくということは、その居場所をお前に預けるということだ」
「そうですね」
「お前は10歳だ」
「はい」
「信用する根拠が薄い」
「昨日もそう言いましたね」
「何度も言う」
ダリオが振り返った。真っすぐナナを見た。
「1つだけ聞く。カイルとサルが来ないと言ったら、どうする?」
ナナは少し考えた。
「2人の意思を尊重します」
「置いていくのか?」
「無理に連れてはいきません。いつでも来れる場所を作ります。気が変わったときに来れる場所があった方が良いでしょう」
ダリオが少し目を細めた。
「……居場所を作ると言ったな。全員が最後まで生き残れる場所を」
「はい」
「カイルとサルも含めてか?」
「はい」
ダリオが少し間を置いた。
「お前、昨日から一度もブレていないな?」
「ブレる理由がありません」
「怖くないのか? 14人を束ねることが?」
「怖いかどうかより、必要かどうかの方が先です」
ダリオが短く鼻を鳴らした。
しばらく沈黙があった。
「——分かった」
ダリオが言った。
「俺は行く。リーゼの判断を信じる。それだけだ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
「はい」
「俺はお前の部下になるつもりはない。対等だ。言うべきことは言う。納得できないことには従わない」
「構いません。そういう人間が必要です」
ダリオが少し眉を上げた。
「……そう言う奴は初めて見た」
「肯定するだけの人間だけでは組織が腐ります」
ダリオがまた短く鼻を鳴らした。今度は少し違う音だった。
朝食の後、全員が集まった。
ダリオが中央に立った。
「昨夜の続きだ。俺の返事を言う」
全員が黙った。
「俺は黒い翼に加わる。リーゼの判断を信じるからだ」
誰も何も言わなかった。
ダリオがカイルを見た。カイルが腕を組んだまま立っていた。隣にサルがいた。若い男だった。20代前半。目つきが険しかった。
「カイル、サル。お前たちの気持ちは分かった。無理強いはしない」
カイルが口を開いた。
「ダリオさんが行くなら——」
「俺の話は関係ない。お前が決めろ」
カイルが黙った。
サルが言った。
「俺は行かない。盗賊をやめる気はない」
静かな声だった。感情的ではなかった。決めていた、という声だった。
ナナが前に出た。
「サルさん」
「何だ?」
「1つだけ聞かせてください。盗賊を続けるなら、行き先はどこですか?」
サルが少し間を置いた。
「……決めていない」
「決まったら教えてください。気が変わったときのために、黒い翼の居場所を伝えておきます」
サルがナナを見た。少し意外そうな顔だった。
「追い出すんじゃないのか?」
「追い出しません」
サルが黙った。
カイルが腕を組んだまま言った。
「……俺は行く」
ダリオが振り返った。
「決めたのか?」
「ダリオさんが行くなら、俺も行く。それだけだ」
サルがカイルを見た。カイルはサルを見なかった。
サルが少し間を置いた。
「……俺も、行く」
サルがナナを見た。
「気に入らないことがあったら言う」
「歓迎します」
サルが少し黙った。それ以上は何も言わなかった。
ダリオが全員を見回した。
「以上だ。準備をしろ。グレンフォードに移動する」
ざわめきが起きた。荷物をまとめ始める者、仲間と話し始める者、建物の中に入る者。
リーゼがナナの隣に来た。
「上手くやったな」
「否定しなかっただけです」
「それが上手いと言っているんだ」
ナナは少し間を置いた。
「追い出していたら、後悔していたと思います」
「なぜ?」
「あの2人、古参でしょう。紅き牙の歴史を知っている。そういう人間を失うのは痛い」
リーゼが少し目を細めた。
「……感情じゃないのか。戦力の話か」
「両方です」
リーゼが短く笑った。
「そうか」
出発の準備が進む中、オズがナナのところに来た。帳簿を持っていた。
「昨日の続きです。財務状況を聞かせてもらえますか?」
「はい」
ナナは現在の収支を話した。借りの残額。次の依頼の見通し。ランクの現状。
オズが帳簿に書き込みながら聞いた。うなずきながら聞いた。
「17人体制で最低限の食費・宿代をまかなうには、月に金貨3枚は必要です」
「今は月に金貨1枚ほどです」
「3倍必要ということですね。Dランクに上がれば依頼の報酬が上がります。当面はそこを目標にするのが現実的かと」
「そうです。Dランクまであと2件です」
「では、グレンフォードに戻り次第、依頼を2件こなすことを優先しましょう」
「よろしくお願いします」
オズが帳簿を閉じた。
「1つ申し上げてよいですか?」
「どうぞ」
「私は金勘定しかできません。戦えません。それでも役に立てますか?」
「当然です。戦える人間には戦ってもらいます。ですが、あなたには数字を管理してほしい。私が苦手な分野です」
オズが少し目を細めた。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
オズが頭を下げた。丁寧な動作だった。
昼前に出発した。
17人の列が細い道を歩いた。
グリムがナナの隣に来た。
「増えたな?」
「そうですね」
「まとめられるか?」
「まとめます」
「根拠は?」
(前魔王と同じことを聞く)
「まとめなければ意味がないからです」
グリムが少し黙った。
「……お前、それ前にも言ったな」
「同じ答えしか出ません」
グリムが短く笑った。
前を見た。17人の列が木々の間を進んでいた。
ジャックが列の真ん中で誰かに話しかけていた。ジョンが黙って歩いていた。ミラが荷物を確認しながら歩いていた。サルが列の後ろで1人歩いていた。
前魔王が言った。
『17人か。我には想像もできない数だな』
(慣れると言ったよな)
『慣れようとはしている。ただ——』
(ただ?)
『賑やかというのは、悪くないな』
ナナは少し口の端を動かした。
グレンフォードへの道が続いていた。




