第15話 紅き牙の拠点
3日後の朝、リーゼが宿の前に来た。
1人だった。前回と同じ旅装だった。
「来たか」
「はい。出発できます」
グリムとレンが後ろに立っていた。リーゼが2人を見た。それから前を向いた。
「ついてこい」
グレンフォードを出て、南西に向かう。
街道から外れた。獣道のような細い道が続く。木々が密になった。
1時間ほど歩いた頃、開けた場所に出た。
廃屋を改築したような建物が3棟あった。周囲に柵が張ってあった。見張りが2人いた。リーゼを見て、それからナナたちを見た。
柵の中に入った。
人がいた。
数えた。13人。リーゼを含めると14人。全員がこちらを見ていた。様々な目だった。値踏みするもの、警戒するもの、純粋に興味があるもの。
その中で、1人が前に出てきた。
大柄な男だった。30代前半。槍を持っていた。顔に古い傷があった。目が鋭かった。
「ダリオだ」
リーゼより低い声だった。ナナを見ていた。
「黒い翼の団長か?」
「はい。ナナと言います」
「子供だな」
「そうです」
ダリオが腕を組んだ。
「リーゼから話は聞いた。俺たちに黒い翼に入れと言っているそうだな?」
「お願いしています」
「お願い、か」
ダリオが少し目を細めた。
「断る理由を話してもいいか?」
「聞かせてください」
「俺たちは盗賊だ。長年そうやって生きてきた。傭兵団に入るということは、その生き方を変えるということだ。簡単に決めれることじゃない」
「そうですね」
「それに——」
ダリオがナナを真っすぐ見た。
「お前を信用する理由がない」
ナナは少し間を置いた。
「その通りです」
「反論しないのか?」
「はい。私たちは今会ったばかりです。信用は実績で作るものですから、今の段階でダリオさんが信用しないのは当然です」
ダリオが少し黙った。
「じゃあ、なぜ来た?」
「全員の顔を見ておきたかったからです」
「顔を見てどうする?」
「名前と顔と役割を覚えます。一緒に動くなら、全員のことを知っておく必要があります」
ダリオが少し眉を上げた。
「……今日、覚えるつもりか?」
「はい。よければ1人ずつ紹介してもらえますか?」
ダリオが黙った。
リーゼが言った。
「ダリオ」
「……分かった」
ダリオが振り返った。
「オズ」
細身の男が前に出た。40代くらい。眼鏡をかけていた。帳簿を脇に抱えていた。
「オズです。補給と経理を担当しています。よろしくお願いします」
「ナナです。よろしくお願いします」
「ジャック、ジョン」
2人が並んで出てきた。どちらも20代。ジャックの方が少し背が高かった。
「ジャックだ。斥候やってる。よろしくな、団長さん」
軽い口調だった。
「ジョンだ」
それだけだった。
「ミラ」
女が前に出た。20代半ば。落ち着いた目をしていた。腰に薬入れを下げていた。
「ミラと申します。衛生を担当しています」
丁寧な言葉遣いだった。
「ナナです。よろしくお願いします」
残りの8人も順に名前を言った。ナナは全員の顔と名前を繰り返した。声に出さずに確認した。
全員の紹介が終わった。
ダリオが言った。
「覚えたか?」
「はい」
「全員か?」
「はい」
ダリオが少し黙った。それからジャックを指した。
「こいつ、こいつの名前は?」
ナナはジャックを見た。
「ジャック。斥候。背の高い方」
「……こいつは?」
ダリオが別の男を指した。中肉中背の男だった。
「カイル。剣。3番目に並んでいた方」
ダリオが今度は小柄な女を指した。
「あいつは?」
「ティナ。左端に立っていた。武器は見えなかったので確認が必要です」
ティナが少し笑った。
「ナイフです」
「分かりました」
ダリオが腕を組んだ。しばらく黙っていた。
「……全員だな」
「はい」
「1回見ただけで覚えたのか?」
「覚えることは基本です。部下の顔と名前を覚えていない指揮官は信用されません」
ダリオが少し目を細めた。
「部下、か。俺たちがそうなると決まったわけじゃない」
「そうですね。今日はそれを決めに来たわけでもありません」
「じゃあ何しに来た?」
「顔を見に来ました。それだけです」
ダリオが黙った。
リーゼが言った。
「飯にしよう。せっかく来たんだ」
誰かが笑った。空気が少し緩んだ。
食事は外でとった。
火を焚いて、鍋を囲んだ。14人と3人が混ざって座った。
ジャックがグリムの隣に座ってすぐに話しかけた。
「あんたが副団長のグリムか? すごい強かったよな。リーゼさんを倒したって聞いたけど、本当か?俺は気を失ってたから信じられなくてな」
「倒したとは言えない。峰で打っただけだ」
「それで倒れたんだろ? 十分すごいじゃないか」
グリムは何も言わなかった。
ジョンがレンの隣に座っていた。2人とも無言で食べていた。しばらくして、ジョンが言った。
「あの時の弓使いか?」
「そうだ」
「俺も弓を使う」
「そうか」
それだけだった。2人とも黙って食い続けた。
ミラがナナの隣に来た。
「失礼ですが、ナナさんは魔族ですか?」
「はい」
「魔法が使えるのですか?」
「少し」
「4属性と聞きました」
「誰から?」
「リーゼさんから。……すごいですね。治癒魔法は?」
ナナは少し間を置いた。
「使えますが、消耗が大きいです」
ミラが少し目を輝かせた。
「私、薬草と処置の知識はあるのですが、魔法はからきしで——あなたのような方と一緒に動けたら、助かる命が増えると思っています」
(真剣だ)
「治癒魔法は多用できません。ミラさんの処置と組み合わせて使うことになります」
「それで十分です。よろしくお願いします」
ミラが頭を下げた。
オズが向かいに座っていた。帳簿を見ながら食べていた。顔を上げた。
「ナナさん、黒い翼の現在の財務状況を聞いてもよいですか?」
「聞いてどうするんですか?」
「17人体制になった場合の試算をしたいです。収支が合うかどうか確認したいのです」
(すでに17人体制を想定している)
「構いません。後で話しましょう」
「ありがとうございます」
オズが帳簿に何か書き込んだ。
食事が終わった頃、ダリオがナナの前に来た。座った。
「1つだけ聞かせてくれ」
「はい」
「お前は黒い翼をどこまで大きくするつもりだ? リーゼに聞いたら、まだ言葉にできないと答えたそうだな」
「はい」
「今も同じか?」
ナナは少し考えた。
「今も同じです。ただ——」
「ただ?」
「今ここにいる全員が、最後まで生き残れる場所を作ります。それだけは言えます」
ダリオが少し黙った。
「……なかなか言うな」
「言うだけなら誰でもできます。だから今日、顔を見に来ました」
「どういう意味だ?」
「約束は言葉ではなく、相手の顔を見て交わすものです」
ダリオがナナを見た。長い間、見ていた。
それから立ち上がった。
「返事は明日出す。今夜、仲間と話す」
「分かりました」
「泊まっていくか?」
「お言葉に甘えます」
ダリオが少し目を細めた。
「……度胸だけはあるな」
「盗賊団の拠点に来るくらいの度胸はあります」
ダリオが短く鼻を鳴らした。笑ったのかもしれなかった。
踵を返して仲間のところへ戻った。
リーゼがナナの隣に来た。
「どう思った?」
「いい人たちです」
「盗賊団にしては、か?」
「盗賊団かどうか関係ありません」
リーゼが少し間を置いた。
「ダリオは首を縦に振ると思うか?」
「分かりません。ただ——」
「ただ?」
「あなたが首を縦に振っている。それで十分です」
リーゼが黙った。
夜のとばりが降りていた。焚き火が揺れていた。
グリムがレンと並んで火のそばに座っていた。ジャックがまだグリムに話しかけていた。グリムが短く返していた。
(悪くない)
前魔王が言った。
『14人、か。賑やかになるな』
(そうだ)
『我の時代は1人だったからな。想像もできない』
(慣れろ)
『……努力する』
ナナは焚き火を見た。




