表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

第13話 帰路

 リーベンスを出たのは昼前だった。


 3人で歩いた。来たときと同じ街道を戻る。荷馬車はない。マルコはリーベンスでしばらく商売をしてから戻ると言っていた。


「またグレンフォードに来たときはよろしく頼みます、団長さん」


 別れ際にそう言っていた。愛想のいい男だった。


 街道は晴れていた。


 ナナは歩きながら魔王概論を読んだ。荷物から出して、歩きながら読んだ。グリムが前を歩いていた。レンが後ろを歩いていた。2人とも何も言わなかった。


 本の文字は古い書き方だったが、読めた。


 最初の章は魔王という存在の説明だった。魔王は生まれるものではなく、選ばれるものだという書き方だった。何によって選ばれるのかは明確に書いていなかった。ただ、「器」という言葉が何度も出てきた。


(器、か)


『そうだ。魔王の力は人を選ぶ。力だけではなく、意志の形を見る』


(意志の形?)


『何を守るか。何のために動くか。それが定まっている者に宿る。定まっていない者には宿らない』


(私の意志の形は定まっているのか)


『さあな。お前が決めることだ』


 ナナは本のページをめくった。


 2章は歴代の魔王についての記述だった。名前と、簡単な記録。勝ったこと、負けたこと、何を目指していたか。


 どの魔王も、長くは続かなかった。記録によれば、最も長く生きた魔王でも30年だった。


(短い)


『魔王は孤立する。力があるから孤立するのではない。理解されないから孤立する』


(理解されなかったのか、過去の魔王たちは)


『ほとんどはそうだ。力だけを見られて、その力を恐れられて、最後は討たれた』


(前魔王も?)


 少し間があった。


『……我もそうだった。力で押し通そうとした時期があった。それでは続かないと分かったのは、滅ぶ直前だった』


 ナナは本を少し閉じた。歩きながら、街道の先を見た。


(だから魔王概論を書いた。次の者に伝えるために)


『遅すぎた知恵だが、ないよりはましだと思った』


 グリムが振り返った。


「本を読みながら歩いて、足元は大丈夫か?」


「問題ありません」


「……そうか」


 グリムが前を向いた。


 レンが後ろから言った。


「その指輪、魔力が変わった」


 ナナは少し間を置いた。


「分かりますか?」


「少し。落ち着いた感じがする」


(レンは魔力に敏感なのか)


「そうですね。落ち着きます」


 レンはそれ以上何も言わなかった。


 林の区間を通った。昨日、紅き牙と戦った場所だった。痕跡がいくつか残っていた。地面に大剣が当たった跡。折れた枝。


 グリムがその場所を通るとき、少し速度を上げた。何も言わなかった。


 林を抜けた。



 日が傾いた頃、宿場に着いた。


 来るときに泊まった宿だった。主人がナナを見て、一瞬だけ顔が止まった。覚えていたのだろう。何も言わなかった。


 食堂で夕食を取った。グリムが黙って食べていた。レンも黙っていた。ナナは本を読みながら食べた。


 グリムが言った。


「行儀が悪い」


「すみません」


 本を閉じた。


 食事が終わった。部屋に戻った。3人で1部屋だった。


 グリムがすぐに横になった。レンが窓の外を少し見てから、目を閉じた。


 ナナは灯りの下で本を読み続けた。


 3章は魔王と仲間についての記述だった。過去の魔王の多くは単独で動いた。仲間を作らなかった。作れなかった、と書いてある魔王もいた。


(なぜ仲間を作れなかったのか?)


『力の差がありすぎた。仲間と思っていても、相手は恐れていた。あるいは利用しようとしていた。対等に扱われることがなかった』


(前魔王は?)


『……我も、最後まで1人だった。それを後悔している、と書いたはずだ』


 ナナはページを戻した。確かに書いてあった。短い一文だった。


「仲間を作れなかったことを、今も悔いている」


(今も、と書いてある)


『書いた時点では、まだ生きていた。今も、という言葉を使った』


(今はどうなのか?)


『……今はお前がいる。それで十分だ』


 灯りが揺れた。風が窓の隙間から入ってきた。


 グリムの寝息が聞こえた。


 ナナは本を閉じた。目を閉じた。



 翌日、昼過ぎにグレンフォードに着いた。


 まず宿に荷物を置いた。それからギルドに向かった。


 ベラがカウンターにいた。ナナを見て、短く頷いた。


「戻ったか。護衛依頼は?」


「完了しました。依頼主のマルコさんを無事にリーベンスへ届けました」


「道中、問題は?」


「盗賊に遭いました。全員、戦闘不能にして立ち去らせました」


 ベラが少し手を止めた。


「何人だ」


「14人です」


 ベラの手が完全に止まった。


「14人」


「はい」


「お前たち3人で」


「はい」


 ベラがナナを見た。グリムを見た。レンを見た。また書類に目を落とした。


「……報告書を書け。詳細を」


「はい」


 報告書を書いた。状況、対処方法、結果。事実だけを書いた。ベラが受け取った。読んだ。


「紅き牙か」


「そう名乗っていました」


「有名な盗賊団だ。14人全員を3人で無力化した、か」


 ベラが報告書をしまった。


「依頼達成の記録をつける。それと」


 ベラが少し間を置いた。


「Eランクの規定達成数まで、あと3件だ。次の依頼を選ぶときの参考にしろ」


(あと3件でDランクへの昇格試練が受けられる)


「分かりました」


 掲示板を見た。Eランクの依頼が5件あった。確認した。


 そのとき、グリムが1枚の依頼書を取った。ナナに渡さずに、しばらく自分で読んでいた。


 ナナはグリムの顔を見た。


 表情が少し固かった。


「グリム」


「……北の山麓の調査依頼だ」


 グリムが依頼書を渡した。


 グレンフォードの北、山の麓近くに出没する怪物の生態調査。討伐ではなく調査のみ。報酬は銀貨8枚。期間は3日以内。


(北の山の麓)


 グリムの仇がいる場所だ。


「受けますか?」


 グリムが少し間を置いた。


「……調査だけだ。討伐じゃない」


「はい」


「今の俺たちには、サイクロプスは無理だ。それは分かってる」


「はい」


「ただ、情報を集めておくことは——」


「無駄じゃないと思います」


 グリムが短く息を吐いた。


「……受けよう」


「はい」


 ベラに依頼書を持っていった。ベラが依頼書を見た。グリムを見た。それから何も言わずに登録した。


「気をつけろ」


 それだけだった。



 宿に戻る前に、報酬の計算をした。


 今回の収入。金貨1枚と銀貨2枚。合計銀貨12枚。


 3人で割ると1人あたり銀貨4枚。


 グリムへの借り。宿代銀貨6枚。弓と矢銀貨10枚。ナナとレンの服銀貨6枚。合計銀貨22枚。


(4枚返せる。残りは18枚)


「グリム」


「何だ?」


「今回の取り分から、借りの返済として銀貨4枚を渡します」


 グリムが少し目を開いた。


「今払うのか?」


「払えるときに払います。記録をつけておきたいので」


 銀貨4枚を渡した。グリムが受け取った。少し間があった。


「……ありがとう」


「いいえ。残りは18枚です。次の依頼で返します」


 グリムは何か言いかけて、やめた。


 レンが黙って自分の取り分を受け取った。



 宿に戻った。


 部屋に入った。


 ナナは魔王概論を取り出した。続きを読む。まだ半分以上残っていた。


 前魔王が言った。


『今夜中に読めるか?』


(読む)


『急がなくていい』


(急いでいる。明後日には北の山麓に出発だ。その前に読んでおきたい)


 前魔王は少し黙った。


『……分かった。分からないところがあれば聞け』


(ああ)


 ナナはページを開いた。


 窓の外に夕暮れが始まっていた。


 読み続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ