第10話 紅き牙
マルコは黄金亭の食堂で朝食を食べていた。
40代くらいの男だった。中肉中背で、よく日焼けしていた。テーブルに地図と帳簿を広げながら、片手でパンをちぎっていた。3人が入ってきたのを見て、顔を上げた。
ナナを見た。グリムを見た。レンを見た。
それからまたナナを見た。
「……ギルドから来てくれたのか」
「はい。黒い翼です。よろしくお願いします」
「そ、そうか。よろしく」
マルコがグリムを見た。安心したような顔だった。
「あなたが護衛の中心ですかな」
「団長はそっちだ」
グリムがナナを指した。マルコがまたナナを見た。
「……おいくつですか?」
「10です」
「……10歳ですか」
「はい」
「魔法使いですか?」
「はい」
マルコが少し考えた。それから笑った。愛想の良い笑い方だった。
「まあ、ギルドが寄越したなら信用しましょう。よろしく頼みます、団長さん」
荷馬車の積み荷と馬の状態を確認した。積み荷は布と香辛料。馬は1頭、健康そうだった。出発は翌朝に決めた。
翌朝、夜明けとともに出発した。
隊列はナナが事前に決めていた。グリムが前、レンが荷台の上、ナナが右横、マルコが御者台。
街道は晴れていた。行き交う馬車が何台かあった。最初の半日は何もなかった。
マルコが御者台から話しかけてきた。話好きな男だった。どこそこの街の市場が活況だとか、ある香辛料の値段が上がっているとか、道中の宿場の飯が旨いとか。ナナは相槌を打ちながら、周囲の確認を続けた。
(悪い人間ではない)
昼を過ぎた頃、街道が細くなってきた。
両側から木々が迫ってきた。林の区間に入った。
レンが荷台の上から言った。
「前方に人がいる。多い」
ナナは前を見た。
街道の真ん中に、人が並んでいた。数えた。12人。全員武装していた。剣、槍、手斧。街道を塞ぐように横一列に立っていた。
先頭に女がいた。短い黒髪。細身だが、立ち方に隙がなかった。腰に剣を下げていた。
「止まれ」
女が言った。よく通る声だった。
「荷物を置いていけ。そうすれば命は取らない」
マルコが御者台で固まった。手綱を握ったまま動かなかった。
(12人。全員正面。林の左右に伏せている可能性がある)
「レン、左右の林を確認してください」
「……たぶん、いない。全員前だ」
「マルコさん、荷台の中に入って伏せていてください。出てこないでください」
「え、あの——」
「伏せていてください」
マルコが荷台に転がり込んだ。
ナナは前の女を見た。
「通してもらえますか」
「断る。荷物を置いていけと言った」
「お断りします」
女が少し眉を上げた。
「こちらは12人いる。お前たちは3人だ。無駄に命を散らすな」
グリムがすでに大剣の柄に手をかけていた。前を向いたまま、静かに言った。
「ナナ」
「はい」
「行っていいか?」
「どうぞ」
グリムが大剣を抜いた。
グリムが走った。
12人のうち前列の3人が身構えた。グリムが最初の男に大剣を振り下ろした。男が剣で受けた。受けた瞬間、男の足が地面にめり込んだ。そのままグリムが大剣を横に薙いだ。隣の男が吹き飛んだ。
次の男が槍を突いてきた。グリムが半歩ずれた。槍が脇を通り過ぎた。グリムが柄で男の顎を打った。男が後ろに倒れた。
後列の男たちが動いた。
レンが矢を放った。前に出ようとした男の肩に当たった。男が止まった。もう1本。別の男の足に当たった。男が転んだ。
ナナは全体を見た。
グリムが前列3人を抑えている。レンが2人を止めた。他の6人が動き始めた。
(固まっている)
右から回り込もうとした2人が集まったところに、風を叩きつけた。2人がまとめて横に吹き飛んだ。木の幹に激突した。うめき声がした。
グリムが他の4人に向かった。4人が囲もうとした。グリムは囲まれる前に中心に飛び込んだ。大剣を振り回した。狭い間合いだった。それでも構わず振った。1人、2人と吹き飛んだ。力技だった。
レンが矢を放ち続けた。足、肩、手首——動きを止める場所を選んで射ていた。
ナナは女を見た。
女は動いていなかった。仲間が次々と倒れていく中、腕を組んで立ったまま見ていた。グリムを見ていた。レンを見ていた。ナナを見ていた。
(測っている。戦力を測っている)
グリムが最後の1人を吹き飛ばした。
そこで女が動いた。
今まで静止していた分、動き出した瞬間の速さが際立った。半分の距離を一瞬で詰めた。グリムが振り返る前に剣が来た。
グリムが辛うじて大剣で受けた。火花が散った。
押し返そうとした。女が流れるように躱した。剣が連続で来た。上、横、下。グリムが全部大剣で受けたが、後退した。2歩、3歩。
(押されている)
「グリム、左に下がってください」
グリムが左に動いた。女が追った。ナナは女の右側に風を叩きつけた。体勢を崩させる狙いだった。
女が右足を踏ん張った。崩れなかった。風を読んでいた。
(反応が速い)
ただ、一瞬だけ意識が右に向いた。
グリムがその一瞬に踏み込んだ。大剣を振り上げた。女が上を見た。グリムが峰で打った。真上から、重さだけで叩き落とした。
女が膝をついた。
周囲を見た。12人、全員動けない状態だった。倒れているか、レンの矢で止まっているか、風で叩きつけられているか。
静かになった。
グリムが荒い息をついた。大剣を構えたまま、女を見下ろしていた。
女が顔を上げた。
膝をついたまま、グリムではなくナナを見た。
「……指示を出していたのはお前か?」
「はい」
「子供が?」
「そうです」
女が周囲を見た。仲間たち全員が動けない状態だった。それを確認してから、ナナに視線を戻した。
「参った。荷物はそっちのものだ」
「仲間の怪我の確認をしてください。死者は出ていません」
女が少し目を細めた。
「……殺さなかったのか?」
「必要がなかったので」
女は少し黙った。それから自力で立ち上がった。仲間たちを見回した。
「動ける者は怪我人を頼む」
後方から2名走ってきて、倒れた仲間のところへ向かった。
数人が立ち上がった。
(2名後方で待機していたのか、非戦闘員か?)
女がナナを見た。
「お前たちは何者だ?」
「黒い翼。グレンフォードを拠点にしています」
「そのでかい男は」
「グリム。副団長です」
女がグリムを見た。グリムは何も言わなかった。大剣をしまった。それだけだった。
「……盗賊稼業で12人まとめてやられたのは初めてだ」
「正面から固まって来たのが間違いでした」
女が少し目を細めた。
「戦術を指摘するのか、子供が」
「事実です」
女はしばらくナナを見ていた。
「名前を聞いていいか?」
「ナナです」
「リーゼ。紅き牙の団長だ」
「1つ聞いていいか?」
「はい」
「殺さなかった理由を聞かせてくれ」
「死人が出ると面倒です」
「それだけか?」
「それだけです」
リーゼはしばらくナナを見ていた。それから短く頷いた。
「そうか……」
「はい」
リーゼが仲間の方へ向かった。
荷台の幌が内側から開いた。マルコが顔を出した。青い顔をしていた。
「終わりましたか?」
「はい。怪我はありませんか?」
「な、ない。……あなたたち、本当にすごいですな」
「仕事です。出発しましょう」
マルコが御者台に戻った。手綱を取った。手が少し震えていた。
出発した。
林を抜けた。街道が広くなった。空が開けた。
グリムがナナの隣を歩きながら、声を低くして言った。
「あの女、強かった」
「そうですね」
「俺と互角だった」
「互角以上かもしれません」
グリムが少し黙った。
「……同意する」
レンが荷台から降りて歩きながら言った。
「また来るかもしれない」
「来ないと思います」
「なぜ?」
「負けを認めた人間は、同じ手を使いません」
レンは少し間を置いた。それ以上は言わなかった。
前魔王が言った。
『あのリーゼという女、気になるか?』
(少しだけ)
『どこが?』
(12人の中で1人だけ最後まで動かなかった。仲間が全滅してから前に出た。それで仲間の死者が出なかった)
『……どういう意味だと思う?』
(勝てると判断するまで自分が前に出なかった。負けが確定してから戦った。仲間を守るための判断だったと思う)
『なるほどな』
前魔王はそれきり黙った。
リーベンスまで、あと半日だった。




