青く、澄んだ君。
俺の名前は宇津見怠惰だ。
名前の通り鬱みたいな顔をしていると昔からよく言われる。自己肯定感なんてものはとうの昔にドブに捨てた。怠惰、なんて名前を授かった時点で運命は決まっていたのかもしれない。
そんな俺の唯一の生きがいは世間一般からはキモいと罵られるキャラクターたちを愛でることだった。
特に俺が愛してやまないのは「内臓むき出しウサギ」というマイナーすぎるキャラクターだ。当然ながらそんな狂ったデザインのキャラクターのグッズなんて市販されていない。未来ある子供の教育に悪い影響を与えるに違いないから、正しいといえば正しいのだが。
だからこそ俺は、紙粘土やレジンを駆使して自給自足でグッズを作り続ける孤独な日々を送っていた。俺の部屋には血走った目をしたウサギの手作りフィギュアやキーホルダーが大量に並んでいる。客観的に見れば完全に異常者の部屋だ。
だが俺にとってはここが唯一の楽園だった。
しかし一人で作品を作り続けるのにも限界が来る。誰かに見てもらいたいという承認欲求が俺の中にも僅かに残っていたらしい。
そこで俺はある行動に出た。俺が毎日欠かさず配信を見ている大好きなVTuber「猫宮ちゅん」に自作のグッズを送ってみることにしたのだ。
彼女は登録者数十万人を誇る超人気配信者だ。声は甘くリスナーに対して常に優しくデレデレな態度で接してくれる。まさに天使のような存在だった。
事務所が期間限定でプレゼントを受け付けていると知り俺は衝動的に自作のキーホルダーを箱に詰めた。
送った直後は激しく後悔した。あんな可愛い声の女の子にこんな猟奇的な手作りグッズを送るなんて完全にテロ行為だ。絶対に捨てられるか気味悪がられるに決まっている。そう思って数週間が過ぎた。
だがある日俺の家に一通の封筒が届いた。差出人は猫宮ちゅんの所属事務所だった。
震える手で封筒を開けると中には便箋が何枚も入っていた。そこに書かれていた内容を見て俺は絶句した。
『プレゼント本当に本当に本当にありがとう!箱を開けた瞬間にあまりの可愛さで息が止まりそうになりました!こういうテイストのキャラクターがずっと大好きだったの!しかも手作りなんて信じられないくらいクオリティが高くて毎日持ち歩きたいくらい愛おしいです!』
異常な熱量だった。
可愛らしい丸文字ではなくどこか狂気を孕んだような力強い筆跡で便箋の端から端までぎっしりと俺のグッズへの愛が綴られていたのだ。「可愛い」という単語だけで数十回は使われている。画面の向こうのふんわりとしたイメージからは到底結びつかない凄まじい執念のようなものを感じた。
しかし俺は純粋に嬉しかった。俺の趣味をこんなにも熱烈に肯定してくれた人間は彼女が初めてだったからだ。
そして今日。俺はいつものように教室の隅の席で息を潜めていた。
俺の隣の席には雨宮澪という女子が座っている。彼女は誰もが振り返るほどの美少女だが他人を一切寄せ付けない冷たいオーラを放っている。
ついたあだ名が「氷の絶対零度」だ。男子が告白しても虫けらを見るような目で一瞥して無視するという噂が絶えない。
俺のような底辺の人間が関わっていい相手ではない。そう思って俺は常に彼女から視線を逸らして生きてきた。
しかしふと視線を落とした先で俺は信じられないものを目撃してしまった。
雨宮の椅子の背もたれに掛かっている黒いスクールバッグ。その金具の部分に見覚えのある物体が揺れていたのだ。
それは血走った目をして内臓をこぼしているウサギのキーホルダーだった。
間違いない。俺が徹夜でレジンを流し込んで作った世界に一つしかない俺の最高傑作だ。
どうして雨宮澪が俺の作ったグッズを持っているんだ。
脳内がパニックに陥る。最悪の可能性が頭をよぎった。推しである猫宮ちゅんが俺のプレゼントを気味悪がってフリマアプリか何かで転売したのではないか。そしてそれをたまたま雨宮が買った。
いやそんなはずはない。あの便箋にびっしりと書かれた狂気的なまでの感謝の手紙を思い出す。あれが嘘だとはどうしても思えなかった。
だとしたらなぜ雨宮が持っているのか。
もしかして雨宮澪が猫宮ちゅん本人なのか。
いやあり得ない。猫宮ちゅんはリスナーに甘えまくる愛嬌の塊のような性格だ。対する雨宮澪は俺に親殺しの仇のような冷たい視線を向けてくる女だ。同一人物であるはずがない。
だがこの謎を放置したまま生きていくことは俺にはできなかった。
俺はどうしても真実を確かめなければならなかった。あの手紙の筆跡と雨宮の筆跡を照らし合わせれば全てがはっきりする。
俺は震える手でルーズリーフの切れ端をちぎりシャープペンシルと一緒に雨宮の机の端にそっと置いた。
「あの雨宮さん」
俺の声は自分でも驚くほど掠れていた。雨宮がゆっくりとこちらを向く。その目は文字通り氷のように冷たかった。
俺は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えて言葉を紡いだ。
「これに適当に何か文字を書いてくれないかな」
自分でも意味不明な要求をしている自覚はあった。案の定、雨宮の眉間には深いシワが寄りゴミを見るような視線が俺を射抜いた。
「は?なんで私があんたなんかに文字を書かないといけないのよ。意味わかんないんだけど。気持ち悪い」
予想通りの痛烈な罵倒だった。普通の神経ならここで泣いて逃げ出しているところだ。だが俺にはどうしても退けない理由があった。
「お願いだ。一文字でもいいから。俺の人生が懸かってるんだ」
必死すぎる俺の態度に雨宮は少しだけ怯んだようだった。大きなため息をつくと彼女は乱暴にシャープペンシルを奪い取った。
「本当に意味わかんない。これでいいんでしょ」
彼女はルーズリーフの切れ端に殴り書きをして俺に叩きつけた。俺は急いでその紙きれを拾い上げる。
そこに書かれていたのは「死ね」というたった二文字だった。
しかし俺の目は、その意味よりも文字の形に釘付けになった。
あの狂気的な熱量の手紙に書かれていた力強くて特徴的なハネとトメ。俺を罵倒するために書かれたその二文字は猫宮ちゅんから送られてきた手紙の筆跡と完全に一致していたのだ。
俺の隣の席の氷の美少女は俺の愛するVTuberだった。




