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悪役令嬢ですが、死に戻りでハッピーエンドを掴もうと思います  作者: 田中


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第八話

 シャルルによるふたりの姉の採寸が終わった頃、その場ではどうにか言葉遣いに及第点の貰えたジャンヌがシブーストを貰い、手掴みで食べようとする。

 その手をコゼットはピシャリと叩く。


「何をするんだい!?」


 思わずそう声を上げたジャンヌに、オリーブが「姉ちゃん、また怒られてんのかい」と笑う。


「ジャンヌお嬢様、ケーキは必ずフォークとナイフで、一口大に切り取って頂きます」


「そんなの、腹いっぱいにならないじゃないか!」


「お嬢様、貴族は量よりも質でございます。何より、お腹が満ちるほどに食べることは無作法でございます」


 ジャンヌは小さく溜息を吐き出すと、フォークとナイフを取りいかり肩で体は僅かに前屈みになり、シブーストへナイフを入れる。

 その背中へ、コゼットが手を置く。


「お嬢様、姿勢が崩れてらっしゃいます」


「お姉様、肩が上がってますわ。ゆっくり息を吐いて肩をストンと落としてくださいませ」


 ファートの言葉に、ジャンヌは言われた通りに肩を落としてみせる。

 これまでの仕事の関係で彼女は右肩が下がり、左肩が上がっていたが、それをコゼットが整える。


「ジャンヌお嬢様、決して背凭れに背中をお付けにならないでくださいませ」


 正しい姿勢はジャンヌにはまだ苦しく、呼吸が浅くなる。


「明日からは、コルセットを一段強く引き絞りますので、姿勢はマシになるかと思います」


 コゼットの言葉に、ジャンヌとオリーブは信じられないとばかりに目を剥く。


「いまでも苦しいのにかい!?」


「あた、わたし、これ以上絞られたら食べたものが口から出ちまうよ!」


 そんな反応に、コゼットとロゼールは顔を見合せてくすくすと声を漏らして笑う。


「大丈夫ですわ、お嬢様。コルセットを締めて亡くなった方はおりませんから」


「そうですわ、ファートお嬢様はしっかりと締めておりますが問題無く過ごしていらっしゃるでしょう」


 苦しそうな呼吸で姿勢を正し、ジャンヌはひと口ずつケーキを切り取り口に入れていく。


「あたし、お貴族様ってもっと気楽で、しんどいことも無くて、好きなものをいくらでも食べられるんだとばかり思ってたよ」


 静かな言葉に、ファートはひと口の紅茶を含んで嚥下する。


「大変なのはお父様ですわ。わたくしたちは領地の運営くらいしかしておりませんもの」


「えっ、ファートお嬢様はそんなことしてるのかい!?」


 オリーブの言葉に、ファートはごく当然かのような表情で「ええ」と告げる。


「わたくしたちは領地の運営をすることが幼い頃からのお仕事ですから。もちろん、すぐに一人で運営することはありませんわ。お父様やメイドたちの手をお借りしますの」


「へえ……で、でもさあ、お金なんてお嬢様の宝石を売ったらすぐ手に入るんじゃないのかい」


 ジャンヌの言葉に、ファートは信じられないとばかりに彼女の顔を見つめる。


「宝石は、家の資産ですわ。わたくしが嫁入りをする時、わたくしが亡くなった時には家へ返すことになりますの。ただ、わたくしに貸与されているだけですのよ」


「お貴族様って、自由になるもん何も無いんだね。平民って、楽なんだねぇ」


 ジャンヌの言葉に、ファートは「どうかしら」と呟く。


「いつか、あたしらの生活をファートにも見せてやりたいね」


 ジャンヌがそう言うと、ファートは困ったような表情を浮かべて紅茶を飲み下す。

 その表情には、僅かな市井への嘲りが映っているように、メイドたちには見ることができた。


「それでは、ファートお嬢様。私は失礼致します」


 採寸用の巻尺やメモを片付け終えたシャルルがそう言うと、ファートはマエリスに視線を向ける。その意図を汲み取ったマエリスがシャルルの方へと向かう。


「ウォルト様、お父様がお土産にお持ちくださったシブーストがございますの。どうぞお食べになって」


「それは、有難いです。どうぞお父上に感謝をお伝えください」


「ええ、勿論ですわ」


 シャルルは仕事道具の入った鞄を執事へと預け、再度テーブルへと着く。

 皿の上に乗せられたシブーストに「これは美しいですな」と微笑んでフォークとナイフでそのケーキを切り取る。


「さすが、お貴族様はあたしらとは違うね」


 オリーブが思わずと告げた言葉に、困惑したような表情を浮かべたシャルルと同時にファートは「違いますわよ」と言う。


「お姉様、わたくしの屋敷にいらっしゃる方がすべて貴族だと思ってらっしゃる? デザイナーであるウォルト様は元々平民でしたわ」


 シャルルがその僅かに髪が後退を始めた頭を軽くハンカチで拭い、ジャンヌとオリーブに微笑んでみせる。


「このお屋敷にも、平民のメイドはいらっしゃいます。そのメイドたちは下級メイドですので、ランドリーメイドやキッチンメイドとして人の目に触れない仕事をしております」


 ファートは美しい所作で紅茶を飲み干す。それに合わせて、丁度良い温度でいれられた紅茶を注ぐ。


「お姉様方は、平民だからできないと考えていらっしゃるかと思いますが、そんなことはありませんわ。ただ、頑張っていらっしゃらないだけです」


 ジャンヌとオリーブは、ファートの言葉に何も返すことはできなかった。

 互いに視線を交わし、そしてシャルルへと視線を向けると彼は軽く頷いている。


「ウォルト様は、もちろん才能もございましたけれど、その腕でクチュリエという地位をお作りになって、こうして貴族の屋敷へ招かれるようになりましたの」


「はい、最初に私の腕を買ってくださったアドルフ様には言葉もありません」


「よろしいのよ。母がウォルト様のデザインがお好きでしたから」


 微笑むファートに、オリーブは思わず口を開く。


「うぉ、ウォルト様はどうやって貴族様みたいな作法ができるようになったんだい」


「私の所作は、もちろん教えていただいたものもありますが、独学です貴族の方にお仕事を頂くには恥ずかしい所作をしてはいただけるものもいただけませんから」


 シャルルの言葉に、オリーブは返す言葉も無く口を噤む。そして、視線を逸らして「そうか」と呟くのだった。


「アンタが、そこまできちんとしたお貴族様みたいな所作ができるようになるまで、どれくらい時間がかかったんだい」


 ジャンヌの問いに、シャルルは迷ったような表情を浮かべる。


「二年半が掛かりました。私は既に成人をしてから随分かかってから勉強を始めて、そしてアドルフ様に見初めて頂けましたから」


「お嬢様方は成人前ですから、3ヶ月ほどあればきちんと身に付くはずですわ。既に二ヶ月半のお勉強をしてらしているのですから」


 ジャンヌとオリーブは言葉を失い、そしてその唇を引き結ぶ。視線を惑わせたジャンヌは「分かったよ」と小さな声で言う。


「ありがとう、シャルル……えーっと、ウォルト様」


「いえ、お嬢様方の助けになることができたのならば、喜びでございます」


 シャルルは「それでは」と告げて席を立つ。それにファートは立ち上がり浅く頭を下げ、微笑むことで見送る。


「ええ、ドレス楽しみにしておりますわ」


 優しいファートの言葉に、シャルルは美しいボウ・アンド・アロウで応え、執事から鞄を受け取り第一応接間から出て行く。


「それでは、お姉様方。わたくしも部屋へ戻りますわね」


 まだシャンパンと紅茶の残ったグラスとティーカップをそのままに、アニエスとマエリスを連れて応接間から出て行く。

 ジャンヌとオリーブは何も言えず、コゼットとロゼールが声を掛けるまで立ち上がることすらできなかった。



 部屋へ戻ったオリーブは、ジャンヌへ小さな声で言う。


「姉ちゃん、あたしさ、頑張るよ。いままで、姉ちゃんの前でお貴族様みたいな物言いとか、作法するの恥ずかしかったけど、やるよ」


「あたしもだよ、オリーブ。一緒にさ、貴族として生きていけるように頑張ろうな」


 囁くような二人の言葉を聞いているのは、お互い以外誰もいなかった。

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