第七話
ジャンヌの専属メイドであるコゼットがジャンヌと共に衝立の奥へと足を踏み入れる。
そのジャンヌとコゼットを見送り、ファートは紅茶へと口を付ける。
「オリーブお姉様、礼儀作法のお勉強はいかがですか?」
「えっ、あっ、あたし……わ、わたしにはまだ難しいよ。あたしらはさ、一八年くらいずっと平民として生きてきただろ?」
オリーブはフォークを手に持ち、四苦八苦しながらプティフールを食べている。
ミルクをたっぷりいれた紅茶をずるずる音を立てながら飲むオリーブに、彼女の専属メイドであるロゼールがその手を軽く押さえる。
「オリーブお嬢様、音を立てて飲むことははしたないことですわ。熱いのでしたら、ソーサーに紅茶を注ぎ、冷ましながら飲んでくださいませ。丁度良い温度でしたら、そのまま音を立てずにお飲みください」
ロゼールの言葉に、オリーブは「わ、分かったよ」と告げて恐る恐るカップへ尖らせた唇を近付けて音を立てないようそっと飲み始める。
「ほかに紅茶を飲む時のさ、さほう? ってあるのかい」
「オリーブお嬢様、そういった時には『ほかに紅茶を頂く際の作法はございますか』とお聞き頂くのが正しい作法です。また、ティーカップの持ち手には指を入れず、親指と人差し指、中指でお支えください」
ロゼールがそう告げると、オリーブは「そ、そうかい」と言いカップを指で挟み手をぷるぷると震えさせる。
紅茶からは既に湯気も消え、随分と冷めてしまっているだろう。
「ファートお嬢様、新しい紅茶をお注ぎいたしましょうか」
アニエスがそう問い掛けると、ファートは頷いて自身の専属メイドを軽く見つめる。
「ええ、頂けるかしら。そういえば、お父様が貿易船からのお土産で頂いたケーキがあると伺ったわ。せっかくお姉様方もいらっしゃるし、出して頂いてもよろしいかしら」
「かしこまりました、それではお持ちいたします」
アニエスは紅茶の用意をマエリスに任せると、踵を合わせて爪先を開いた美しい礼を行ってから第一応接間の鍵を開けて出て行く。
その開けられた鍵をマエリスはしっかりと掛けて、アニエスとマエリスのやり取りの間に飲み干されたティーカップへ人肌よりも熱い程度の紅茶を注ぐ。
「お嬢様、こちらは温めたミルクでございます」
マエリスが新しいミルクピッチャーをサービスカートから取り出してファートの手元へと置く。
そして、僅かにケーキの屑が落ちた皿を「失礼致します」と断ってから取ると新しい皿を置いて、そこへプティフールを置いていく。
「オリーブお姉様もいかがですか?」
「え、ああ」
頷きそうになったオリーブに、ロゼールが「ファートお嬢様、お言葉を遮ってしまい、申し訳ございません」と告げる。
「オリーブお嬢様とジャンヌお嬢様は現在、お身体を引き締めておりますので、菓子類を絶っております」
「まあ、そうでしたの。オリーブお姉様、勧めてしまって申し訳ございません」
ファートの言葉にオリーブは首を振る。
「い、いや。あたしもここの鳥の餌みたいな量の食事は足りなくてさ」
オリーブのその物言いに、ロゼールがその柳眉を引き上げる。
「まあ、鳥の餌なんて……平民の方は面白い比喩を使いますのね」
ファートが唇を隠してクスクスと笑い、フォークとナイフでプティフールを一口大に切り分けて薄いピンク色のルージュが塗られた唇へと運ぶ。
その時、第一応接間の扉がノックされる。
「お嬢様、アニエス・ビガールでございます、キッチンから戻りました」
「どうぞ、お入りになって」
アニエスが戻ったことを外から告げると、マエリスが「お嬢様、失礼致します」と言い、第一応接間の鍵を開けて樫の木で作られた重厚な扉を開く。
「ファートお嬢様、大変お待たせ致しました。こちら、旦那様がお持ち帰り下さいましたケーキでございます」
「まあ、可愛らしいですわね」
サービスカートの上に乗せられた黄金色のクリームに、上部は美しいカラメル色に染まっている。その可愛らしいケーキはタルト型へ収まっている。
「こちらはシブースト氏が考案されました、最新のケーキとのことでございます」
「お父様は新しいケーキが好きですものね。アニエス、お父様にもお持ち頂いた?」
「はい、旦那様と奥様にもお食べ頂きました」
「良かったわ。おふたりとも、美味しく頂いていたかしら」
ファートの問いにアニエスは「はい、お嬢様。勿論でございます」と頭を下げる。
「ロゼール、こちらは見識を広げるために重要なケーキですから、オリーブお姉様とジャンヌお姉様にもお食べ頂かないといけませんわ」
「かしこまりました。では、半分ずつお出し致します。いかがでしょうか」
ロゼールの提案に、ファートは微笑む。
「ええ、結構よ。あとはウォルト様にもお出しして、残ったものは使用人で召し上がってくださる?」
「かしこまりました。使用人も喜ぶでしょう」
アニエスの言葉を聞いてからファートはナイフでシブーストを切り分け、たっぷりの固いクリームが乗ったタルトを唇へと含む。
「まあ、素敵な味」
ファートの口内で溶けるような甘さに、彼女は微笑みを浮かべる。
その時、衝立の向こうから金色の髪を乱したジャンヌが足を引きずりながら、疲労しきった様子で出てくる。
「ジャンヌお姉様の採寸が終わりましたのね。オリーブお姉様もして頂いて」
「で、でもさあ……ジャンヌ姉ちゃんがあんなに疲れてんのに……」
文句を言うオリーブに、しかしロゼールはオリーブへと片手を差し出す。それに嫌々ながらもオリーブが手を出す。
オリーブが立ち上がると、ロゼールはオリーブのドレスの裾を持ち上げて衝立の向こうへと消える。
ジャンヌは椅子の背凭れにドサリともたれ掛かり、まるでマグカップでコーヒーでも飲むかのようにティーカップに入った紅茶をぐびぐびと喉を鳴らして飲む。
それに、ジャンヌの専属メイドであるコゼットが「ジャンヌお嬢様、お淑やかになさいませ」と告げる。
「ジャンヌお姉様、こちらお父様が買ってくださったケーキですわ。オリーブお姉様と半分にしておりますので、お食べくださいませ」
「おっ、ありがとうファート。あたし、腹ペッコペコだったんだよ!」
「ジャンヌお嬢様、淑女にふさわしいお言葉をお選びくださいませ。ふさわしいお言葉をお使い頂くまで、シブーストはわたくしどもがお預かり致します」
「そんな! あたし、さっきまで立たされたまんま、散々紐で体のあちこち測られてたんだよ!」
ジャンヌの言葉にも耳を貸さず、コゼットはジャンヌの前からケーキが乗せられた皿を取り上げ、サービスカートの上へと乗せる。
その上へとクローシュを被せてしまうと、ジャンヌは空腹にシクシク泣くお腹を抱える以外無くなってしまう。
「なんて言えばいいんだよぉ」
「ジャンヌお嬢様、この二ヶ月以上、わたくしはジャンヌお嬢様にお言葉遣いを教えてきましたわ」
「それはそうだけどさぁ」
クリノリンで膨らんだドレスでそのまま座っているためにペチコートが見えているジャンヌの言葉に、コゼットは思わず頭へ手をやり小さく息を吐く。
「ジャンヌお嬢様、まずは立ち上がり、ドレスをそっと持ち上げてお座り下さい」
コゼットの言葉に、ジャンヌは慣れない様子でドレスを摘んで座り直す。それに、コゼットは「違いますわ」と告げる。
「ファートお嬢様、メイドがお嬢様と同じテーブルに着くことは無作法ではありますが、失礼してもよろしいでしょうか」
「ええ、よろしくてよ。クリノリンを持って来させた方がよろしくて?」
ファートの言葉にコゼットは深々と頭を下げる。
「有難いお言葉です。ですが、ファート様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
そう告げたコゼットは、ジャンヌの隣の椅子を、床を擦らないように持ち上げて下げると、その椅子へスカートを持ち上げて座ってみせる。
「ジャンヌお嬢様、お嬢様が着ていらっしゃるそちらのドレスはクリノリン式でございます。クリノリン式はスカートを持ち上げなければ、ペチコートが見えてしまいますの」
「こ、こうかい」
慣れない様子ではあるものの、コゼットの様子を見ながら座ったジャンヌに、コゼットは微笑んで見せる。
「そうですわ、ジャンヌお嬢様。あとは言葉使いですわね」
立ち上がったコゼットは、ファートへ「ファートお嬢様、失礼致しました」と再び頭を下げて椅子を戻す。




