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悪役令嬢ですが、死に戻りでハッピーエンドを掴もうと思います  作者: 田中


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第三話

 三人が食卓へ着いてから暫くの後、時計の長い針が一周と半分回った頃、ガツッガツッと床を引っ掻くように叩く音が聞こえてくる。

 ファートは膝へ美しく指先を揃えて座ったまま、軽く頭を傾げてそちらを見つめる。

 そこには、筋肉と脂肪でドレスを膨らませ、まともに立つこともできず膝を曲げガクガクと震えている二人の義姉の姿があった。


 執事が椅子を引き二人を座らせると、ジャンヌとオリーブは二階から大広間までのほんの少しの距離にも関わらず汗に塗れた顔で、腕でその額を拭う。


「お姉様方、見違えましたわ。そちらのドレス、差し上げますわね。わたくし、ずっとお姉様ができるの、夢でしたの。また一緒にドレスを選びましょう」


 微笑むファートの様子に、二人の義姉はテーブルへと肘をついて「勘弁してくれよぉ」と呟く。


「ほら、話はそれくらいにしよう。朝の食事を待ちきれなくて私の体が泣きそうだよ」


「申し訳ありません、お父様。わたくしもお腹が空きましたわ」


「アタシも、もうペッコペコだよ」


「アタシもさ、朝っぱらからここに来ちまったからさぁ」


 アドルフが手を二度叩くと、サービスカートへ乗せられた食前酒と前菜が運ばれてくる。


「こちら、ペリエ・ジュエでございます」


 執事の手でシャンパングラスへ美しい薄琥珀色の液体が注がれる。

 それに、ジャンヌとオリーブは思わずグラスを持ち、自ら受けに行ってしまう。

 それに、ファートは微笑んで「お姉様」と囁く。


「シャンパンは注いで頂けますので、グラスを持ち上げなくてもよろしいですわ」


「で、でもさぁ。せっかくいれてくれてるんだしさぁ」


 オリーブの言葉に、ファートはまるで人形のような姿で僅かに首を傾げて見せる。


「ワインやシャンパーニュは、注いで頂く、わたくしたちが動くことは粗相であると言われておりますの。大丈夫ですわ、お姉様方もすぐに慣れます」


 ファートとオリーブ、ジャンヌの会話を後目に最初のひと皿が出る。

 白い皿の中央にシーフードと僅かなサラダが乗っている。


「こちら、前菜のシーフードと蕪のサラダ仕立てでございます。ライムで作りましたドレッシングを添えております」


 メイドが順に料理をそれぞれの前へと配膳していく。


「こ、これっきりしか無いのかい? お貴族様ってのは、食欲が無いのかい?」


「こんなの、一口じゃあないか」


 ジャンヌとオリーブの反応があまりにも珍しいのか、ファートは口元へ指を添えて小さく笑う。


「これは最初のひと皿ですわ。これから少しずつお料理が出てきますの」


「そ、そうなのかい」


 彼らの前へと白い皿が置かれ、そこへ焼きたてのパンが二つずつ乗せられていく。

 白くてふかふかとした、柔らかなパンだ。それにジャンヌは感嘆の吐息を漏らす。


「姉ちゃん、これ、綿雲みたいだよ」


「ほんとだ、アタシ、こんなパン食べたことないよ」


 二人は前菜を二の次に柔らかい白パンへとかぶりつく。

 不意にジャンヌは視線に気が付き、冷ややかな表情を浮かべるサロメと目が合い、思わず視線を下げ、彼女の細い指がパンを一口大にちぎって赤いルージュが引かれた唇へ運んでいることに気が付く。

 あまりの羞恥に、ジャンヌは俯いてかぶりついていたパンを口から離し、唾液の付いたパンをちぎって口に入れる。


 その様子に、ファートは微笑んで自身のパンを一口大に割り、そこへ薄くバターを塗って口へと含む。


「そ、それなんだい?」


「こちらは、バターですわ。毎日メイドが新鮮な牛乳から作ってくださるの。パンにとても合いますのよ。どうぞ、使ってごらんになって」


 ファートの言葉に、ジャンヌはおっかなびっくり白パンにたっぷりのバターを塗って口の中へと放り込む。

 その味蕾を刺激する初めての旨味に、ジャンヌは涙が出るほどに感動した。

 そんなジャンヌの様子を見て、オリーブも「アタシにも使わしとくれよ!」と言いバターを零れんばかりにたっぷりと塗る。

 そんな二人の浅ましい姿に、サロメは軽く咳払いをして見せる。

 たったそれだけで、空気が一段冷えたような気すらした。

 しかし、二人の義娘は気が付かない。


 前菜のサラダを食べ終えた三人は次の皿を待つものの、二人の義娘がパンばかりを食べているために空腹を抱えて苦笑を漏らしている。


「これだから、わたくしは反対したんです」


 静かなサロメの言葉に、ジャンヌとオリーブはハッと顔を上げる。そこでようやく、サロメの冷ややかな表情と瞳に、自分たちの姿を羞恥する。

 手も口もバターでドロドロに汚れた自らの姿と、淑女らしく一切汚れていないファートとサロメの姿に頬を染める。


「お母様、お姉様方はまだ教育を施されておりませんから仕方ありませんわ。わたくしのマエリスとアニエスを教育係にしますわ」


 ファートの専属メイドであるマエリス・モニエは没落した伯爵家の令嬢であった。彼女の家は叔父であるルネ・ジョリス・ベネトーの負債を受け、没落してしまったのだ。

 それまではデビュタントから先、パーティーの花として中心にいたのがマエリスであった。


 もう一人の専属メイドであるアニエス・ビガールは現在でも続く子爵家の令嬢である。彼女はビガール子爵家の四女であり、許嫁になるような貴族家の男子も見つからなかったために、アニエスはアーミッティウス公爵家のメイドとして働き、後にはシスターとなることを決めているのだった。


「そうなさい、わたくしは関わりませんわ」


 サロメはそう告げると口元をナフキンで拭い、背中を伸ばして座り、次の料理を待つ。その様子にファートは眉を下げて義姉たちを見つめて微笑みを浮かべる。


「わたくしは、お姉様方の味方ですわ」


 そのファートの言葉と瞳に、ジャンヌとオリーブは僅かな羞恥に視線を下げるのだった。


 食事を終えた時、ジャンヌとオリーブは思わず自身の席に置かれていた食器を持ち上げ、キッチンへと向かおうとしてしまった。その様子に、サロメは穢らしいとでも言いたげに眉を寄せ、侮蔑の表情を浮かべ、アドルフは困ったように笑っていた。

 そんな中でファートだけは、一番近くに座っていたオリーブの手をそっと指先で押さえる。


 日焼けをして真っ黒なオリーブの肌と、一切日に焼けていないファートの肌はまるで光と影のようにすら見える。


「お姉様、お皿は置いておいて結構ですわ。そちらは、使用人のお仕事です、彼らのお仕事を取ってしまうことは失礼になります」


 ファートの言葉に、ジャンヌとオリーブはおずおずと手に持っていた皿を置き、使用人たちへ慣れないお辞儀をする。


「お姉様、わたくしと礼儀のお勉強を致しましょう。わたくしも復習になって、丁度良いですわ」


 ファートは二人の姉を連れて一階の奥にあるダンスルームへと足を向ける。

 ファートのしなやかな脚に、贅肉のついていない体に、仕事をしたことのないだろう柔らかな指先に、ジャンヌとオリーブは僅かな嫉妬心すら覚えていた。

 ダンスルームへ到着した三人と、ファートの専属メイドであるアニエスとマエリスはまずジャンヌとオリーブへ基本の礼儀作法を教え始める。


「お姉様、歩く時にはこのように、脚を揃えて……そうですわ、素敵ですわ」


 ファートは両手を合わせてにこやかに微笑み、さしてできてもいない動きを褒めて見せる。

 彼女はさながら、豊かな白人そのものであった。

 二人の義姉は自分とファートとの違いに歯噛みすらしていた。それでも、ファートとアニエスが教える動きを自らのものにしようと必死に脚を揃え、指先にまで神経を張り詰める。

 しかし、脚を揃えれば指先が乱れ、上半身が傾ぐ。上半身を整えれば指先は反り、脚は開く。

 自分の体であるのに、言うことを聞かないということは彼女たちにとって初めての経験であった。

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