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悪役令嬢ですが、死に戻りでハッピーエンドを掴もうと思います  作者: 田中


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第一二話

 湯浴みを終えたファートはその傷一つ無い白皙の肌をマエリスの手によって拭われ、生まれてから一度も切ったことが無い美しい白金の髪から水気を丁寧に押し拭われる。

 ドレッサーの前へ座ったファートの、その髪と体にはラベンダーの香油が塗られる。

 背筋の美しく伸びた、しなやかな筋肉がついたファートの体へペチコートが着せられる。


「今日は、後ろ髪の後れ毛が決して出ないようにするようにお伝えくださる? 大切な友人であるリリー様の開催される舞踏会ですもの」


「かしこまりました」


 マエリスはゆっくりと頭を下げると、アニエスへと頷くことで指示を出す。


「お嬢様、失礼致します」


「ええ、よろしくてよ」


 アニエスはすぐにファートへ深く頭を下げてから彼女の部屋の扉を僅かに開けて体を外へと出す。

 アニエスは決して急がず、一定の歩幅と速度で玄関へと足を進める。


「ビュリー様、ファートお嬢様がお待ちです、こちらへお願い致します」


 玄関へ運ばれた椅子に座り声がかかる事を待っていたジャン=ヴァンサン・ビュリーの元へ辿り着いたアニエスは美しい四五度の礼を見せる。

 そのアニエスの様子に、ジャンは立ち上がり、アニエスへと握手を求める。


「ご機嫌麗しゅう、アニエス嬢。本日はファートお嬢様からのご依頼とのことで、朝から心を弾ませておりました」


「ありがとうございます、お嬢様のお部屋へご案内致します」


 アニエスは微笑むことでビュリーの言葉を受け止め、ビュリーの先を歩む。

 二階へ向かう階段を歩む間、ビュリーは決して上を見ず、ただまっすぐと階段の次の段を見つめていた。

 階段を上がって左側へ折れた最も奥に、ファートの部屋はあった。美しい庭が望めるバルコニーの存在する部屋である。

 白樺で作られた、ファートの部屋の扉をアニエスがノックする。


「お嬢様、アニエス・ビガールでございます。ジャン=ヴァンサン・ビュリー様をお連れ致しました。失礼してもよろしいでしょうか」


「ええ、よろしくてよ」


 ファートの言葉を確認してから、アニエスは扉を開いてジャンを部屋へ通す。

 未だペチコートのみの着用であるファートの肌を他者へ晒さないために衝立が立てられている。


「ごきげんよう、ビュリー様」


 ジャンの姿を確認し立ち上がったファートは手指を揃えて彼へと差し出す。その様子に、ジャンは片手を背中へと回してその手を取り指先へ口付ける。


「ご機嫌麗しゅう、ファートお嬢様。お会いできて光栄です」


「わたくしもですわ。ビュリー様は舞踏会時期、引く手あまたですから、そのお手をわたくしの元へ伸ばしていただけて幸いでしたわ」


 ジャンの手によりエスコートされ、再度ドレッサーの前へと座る。

 ファートの背筋は、まるで頭上から糸で張られたかのようにピンと伸びている。その両手指は指先までしっかりと揃えられて膝の上に置かれている。


「本日のドレスはどのようなものでしょうか」


 ジャンの問いに、マエリスはシャルルから受け取ったばかりのドレスを箱へ入れたままに見せる。

 シルク・モアレ生地で織られた、ごく淡いシルバーがかったアイボリーのバッスルドレスであり、表に見えるのは腰に縫い付けられた蔦の刺繍のみという、一見公爵令嬢のドレスとしてはシンプルにすぎるものであったが、その背面には小粒の宝石が編み込まれたシルク・サテンで編まれた柔らかなオレンジのリボンが飾られている。


「これは美しい、このバッスルの形はウォルト殿の作品でしょうか」


「ビュリー様は流石の審美眼ですわね、ファートお嬢様のドレスですので、旦那様がウォルト様をお呼びくださいました」


「やはりそうでしたか、これだけの精緻な刺繍と、美しいバッスルの曲線は彼にしか作り上げられないものでしょう。これは私も、彼の作品を穢さないように仕上げなければなりませんね」


 ジャンが自身の顎を擦りながら言うと、マエリスが「よろしくお願いします」と浅く頭を下げる。


「本日はファートお嬢様のご友人であります、リリー・ドゥ・トゥーブロン公爵令嬢からのご招待ですので、後れ毛を決して出さぬようにとのご要望でございます」


「かしこまりました、それではファートお嬢様、失礼致します」


 ファートの美しい髪の毛束へと薄紙を乗せ、棒へ巻き付けてから熱した鉄板で挟み、ごく短い時間で離して冷めてから紙を外し、美しい巻き髪を作る。

 長い時間をかけ、全頭の巻き髪が完成すると、その長い髪を編み込んで後れ毛の一本も無いようにシルク・モアレで織られた縁に細かな宝石が飾られた美しいペールオレンジのリボンで結い上げる。顔の両側へ垂らされた三房ずつの巻き毛の毛束を残し、後頭部をポマードで固め、ファートのヘアスタイルは完成した。


「ファートお嬢様、いかがでしょうか」


「美しいヘアスタイルですわね。わたくし、ビュリー様の作品を信用しておりますわ」


 立ち上がったファートが微笑み、ジャンへ軽く頭を傾ぐことで礼を伝える。


「アニエス、ビュリー様を第二応接間へお連れしてお飲み物をお出ししてくださる?」


「かしこまりました」


 そのファートとアニエスの会話に、ジャンは首を振る。


「いいえ、先程玄関でも紅茶を一杯いただきましたので、これ以上はいただけません」


 そのジャンの言葉に、ファートはまだ紅を引いていない唇に笑みを浮かべる。


「いけませんわ、アーミッティウス公爵家が来客を無碍にしてしまえば、家格が落ちてしまいますから」


 冗談めかすようなファートの言葉にジャンは「敵いませんね」と笑う。


「それでは、一杯だけいただきます」


 ジャンが言うと、アニエスは「ご案内致します」と告げて再び彼の前をゆっくりと歩き出す。


 ジャンとアニエスが部屋から出ると、ファートは再びドレッサーの前へと座る。その白絹のような肌の上へと青白くすら見えるほどの、しかし柔らかなメイクを施していく。

 最後にヴェネチアン・セルースがブラシで乗せられてメイクは全て完成する。


 マエリスのエスコートでファートは立ち上がり、クローゼットの前へと足を向ける。

 ファートが着用したペチコートの上にマエリスがコルセットを巻く。そのコルセットを、肺が軋むほどに強く締め上げてそのリボンを結ぶ。

 そのコルセットの上へ、バッスルを乗せてファートの腰と膝で紐を結び、腰紐をきつく締める。


「ファートお嬢様、失礼致します」


 ファートの体へとドレスが纏わされる。きつく締め上げられたファートの体に寸分違わず合わせられたドレスが彼女の身に纏う。

 ドレープが床へと流れ、クローゼットの内扉へと備え付けられた姿見で自身の確認をするため、僅かに動くだけで背面に縫い付けられた宝石が、まるで小魚の大群がたなびく鱗のように美しく輝く。


「ウォルト様のドレスは美しいわね」


「はい、お嬢様。お嬢様は普段からお美しいですが、その魅力をより一層染め上げるかのようです」


「マエリス、第二応接間へ行きましょう」


 マエリスはファートの言葉に頭を下げる。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 マエリスはファートへそう告げると一度部屋を出て、表働きのメイドであるクレール・エベールを連れて戻る。

 クレールは栗色の巻き毛をコットンで作られた帽子にしっかりと入れ込んでいる。

 クレールはエベール伯爵家の第五息女であり、メイド働きをすることで社交界へ出る機会を上げて婚姻の機会を狙う少女であった。


「ファートお嬢様、本日はわたくしがエスコートをさせていただきます」


「ええ、よろしくてよ」


 クレールの言葉に、ファートは微笑み、その指先を揃えて彼女へと差し出す。

 その白魚のような手指を、クレールは取りそっと歩き始める。

 マエリスはファートのドレスの裾を持ち上げ、ファートが進む速度に合わせてゆっくりと歩き始める。

 クレールは一度ファートの手を離し、ファートの部屋の扉を開ける。それに、ファートは微笑み頭を傾ぐことで扉を通る。


 ファートは階段の前でエスコート役であるクレールを待ち、彼女へと再び手を差し出す。クレールは深く頭を下げてからその手を取り、緩やかに階段を降りていく。


 第二応接間の前には執事が立っており、美しく飾ったファートの姿に深く頭を下げてから扉をノックする。


「ファートお嬢様がいらしました」


 その言葉が終わり、数秒の後に執事の手で扉が開かれる。

 主賓の席を開け、左側の椅子へと座していたジャンが立ち上がり、ファートへ頭を下げる。


「美しく飾ってくださったお陰で、本日の舞踏会は素晴らしいものになりそうですわ」


「ファートお嬢様のお言葉、感激の極みでございます」


 再び、先程より浅く頭を下げたジャンに、ファートは紅の引かれた唇を柔らかく笑みへと変化させる。


「次の舞踏会の時にも、ぜひお願いいたしますわ」


「はい、勿論でございます。アーミッティウス公爵令嬢からの連絡とあれば、必ず直参致します」


 ファートは笑むことで返すと、クレールへと視線を移す。


「クレール、ビュリー様をお見送りになって。その後は自分の仕事へ戻って構いませんわ」


「かしこまりました」


 ファートからの言葉にクレールは頭を下げてジャンの元へと向かう。


「ビュリー様、玄関までご案内致します」


「ええ、感謝します」


 クレールが扉をノックすると、外に立っていた執事が扉を開き、ジャンとクレールが応接間から姿を消す。

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