第一一話
シャルルのデザインしたドレスを着用したファートの姿を確認したシャルルが、その裾と腰を確認する。
「ファートお嬢様、こちらの裾にアーミッティウス公爵家を示す錨のモチーフを入れ、腰に蔓の刺繍を入れるのはいかがでしょうか」
その提案に、ファートは美しい唇へと指を触れる。シルクの白手袋にルージュが付かない、ギリギリの場所へ彼女の指が触れている。
その状態で自身のドレスを確認し、ファートは軽く頷いた。
「ええ、ウォルト様にお任せ致しますわ。ウォルト様のデザインを、わたくしは信頼しておりますから」
ファートからの言葉に、シャルルは胸へ手を触れ頭を下げる。
「すぐに刺繍を致します」
「ええ、ドレープの流れは問題無いかしら」
「はい、もちろんでございます。トゥーブロン公爵家での舞踏会と伺いましたから、普段よりも抑えておりますが、ファートお嬢様の体の線を邪魔しないようデザインしております」
「良かったですわ。リリー様とは仲が良いので、このようなことで諍いを起こしたくありませんの」
「はい、もちろんでございます」
マエリスが背中の留め具を外し、ファートは一度ドレスを脱いで先程のドレスを着用して衝立の外へと出る。
「アニエス、紅茶が冷めてしまったから入れ直していただける?」
「かしこまりました」
アニエスが頭を下げ、ティーカップを下げて新しいティーカップへ人肌程度の紅茶を注ぎファートの前へと差し出す。
柔らかな湯気が立つティーカップを親指と人差し指で支え、軽く一口を含む。
淡い花のような香りがファートの鼻腔へと広がり、僅かに心を解す。
僅かな時間の後、シャルルから声が掛かる。
「ファートお嬢様、刺繍が終わりましたので、再度ご着用をお願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、よろしくてよ」
ファートはすぐにティーカップをソーサーへと置き、マエリスの手を借りて立ち上がる。
マエリスがスカートの裾を持ち上げて再び衝立の向こうへと向かう。
シャルルが先程抱えていたドレスとは違い、裾には錨の刺繍がされており、腰には精緻な蔓の刺繍がなされている。
マエリスがファートのドレスを脱がせ、新たなドレスへと袖を通させる。
舞踏会用にデコルテと肩の出た、けれど清楚な色合いのドレスへと袖を通す。
新たに刺繍された蔓により、ファートの細い腰がより一層細く見える。
「ウォルト様のデザインは、やっぱり素敵ですわね。これで本日の舞踏会へ赴くのがとても楽しみですわ」
柔らかなファートの微笑みに、シャルルは安堵したような吐息を漏らす。
「では、マエリス様。こちらのドレスのお手入れと保管の方法なのですが、舞踏会が終わりましたらすぐに脱ぎ、日陰で数時間湿気を飛ばします」
「はい、普段のドレスと同様ですね」
ファートのドレスを脱がし、来客用のドレスを着せたマエリスが頷く。
ドレスを畳んだシャルルとマエリスがファートと共にテーブルへと向かい、ファートが腰掛けたテーブルでドレスの手入れ方法についてを話す。
「刺繍部分を避け、表地のみブラッシングをします。そして、胸元と袖に薄紙を入れて、決して折り目が付かないようゆったりと畳みます」
「はい、薄紙ですね」
シャルルが実演をするように、空中で腕を動かす。それを、ファートは紅茶を口にしながら見つめる。
「スカートですが、決してバッスル部分は畳まないでください。ふんわりと纏めるようにしないと、二度と着れなくなってしまいますので」
「かしこまりました」
「そして、一着ごとにリネンか無染色のコットンが貼られた一箱の衣装箱を用意していただき、それに入れ、虫除けに香油を付けてください」
「そこは普段のドレスと同じですわね」
マエリスの言葉に、ファートが微笑む。
「ファートお嬢様はラベンダーの香油を普段からお使いですから、今回のドレスもラベンダーが良いですね」
「ええ、そうですわね。わたくしは招待状にもラベンダーを使っていますから」
ドレスの刺繍や細部を詰めていく中で時間が経ち、玄関ホールに掛けられた柱時計が音を鳴らす。
「アニエス、もう昼を過ぎましたから、キッチンへ行って昼食を第二応接間へ持ってくるように伝えていただける? ウォルト様がいらっしゃるから二人分よ」
「ああ、ファートお嬢様、私はお先に失礼します」
「まあ、是非ご一緒くださらない? アーミッティウス家のコックは良い腕をしていますのよ」
ファートの言葉に、シャルルは座ったまま胸に手を当て頭を下げる。
「ありがとうございます、ファートお嬢様。それでは、ご相伴にあずからせていただきます」
シャルルの返事に、ファートは微笑むことで返す。
すぐにアニエスが第二応接間を出て行き、そしてサービスカートを押して戻ってくる。アニエスと共に、執事が入ってくる。
「こちら、ヴーヴ・クリコでございます」
執事が栓を抜き、シャンパングラスへ薄い黄金色のシャンパンを注ぐ。細かな泡が浮き、それがファートのドレスと重なる。
「素晴らしい昼食と、ウォルト様のドレスに」
ファートがシャンパングラスを持ち上げてそう告げると、シャルルが口元へ笑みを浮かべてシャンパングラスを持ち上げる。
「素晴らしい昼食と、ファートお嬢様の美しさに」
軽く一口を含んだところでアニエスが先にファートの前へ皿を置く。
白く大きな皿の上に、白身魚のごく薄い切り身と薄切りの胡瓜と人参が添えられた前菜が乗せられている。
淡いオリーブオイルの香りが鼻を擽る。フォークに乗せられた前菜を唇へ運ぶと、味蕾を塩の旨味が刺激する。
決してドレスに匂いを付けず、肉を出さずとも満足させられるという強い自信のもとに構成されたコース料理にシャルルが舌鼓を打つ。
「ファートお嬢様がお誘いくださって良かったです、このような素晴らしい食事を知らずに生きるだなんて、人生のほとんどをモノクロの世界で生きるようなものですね」
「そうでしょう。アーミッティウス公爵家のコックはこの大陸一ですから」
微笑んだファートが唇を軽く叩くように拭き、シャンパンを喉へと流す。
「素晴らしい経験でした」
「良かったですわ」
「それでは、また三ヶ月後の舞踏会でのドレスは、次回お持ちいたします」
シャルルの言葉に、ファートは再びマエリスの手を借りて立ち上がる。
「ええ、楽しみにしておりますわ。本日は素晴らしいドレスをお持ち頂いて……本日の舞踏会も、素晴らしいことになりますわ」
ファートは微笑み、浅いカーテシーで彼の仕事を尊重する。それにシャルルは深いボウ・アンド・アロウで返し、執事に案内され第二応接間から出て行く。
「それでは、マエリス。舞踏会の準備を致しましょう」
「かしこまりました。それでは、浴室へ湯を運ばせます」
「ええ、よろしくね。今日のアクセサリーを選びましょう、ネックレスはいらないわ、華美になりすぎてしまいますから」
ファートの言葉に、マエリスが「かしこまりました」と告げる。
アニエスは一足先に「失礼致します」と頭を下げ、メイドへ湯を運ぶよう指示を出しに行っていた。
マエリスにエスコートされ立ち上がったファートは、マエリスと共に足を進める。
ファートのスカートの裾を持ち歩んでいたマエリスが扉をノックすると、外に立っていた執事が扉を開き、ファートとマエリスへ頭を下げる。
「ファートお嬢様のお部屋に、ドレスが入った衣装箱を運ぶようにメイドへ言い付けてくださる?」
「かしこまりました、そのように致します」
応えて頭を下げた執事に、ファートとマエリスは微笑む。
しずしずとファートが階段を上がり、二階の彼女の部屋へと向かう。
舞踏会に至るまでの、長い準備の時間が始まろうとしていた。




