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悪役令嬢ですが、死に戻りでハッピーエンドを掴もうと思います  作者: 田中


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第一〇話

「それではいきますよ、まずは壁にお体を付けて、姿勢の練習を致しましょう」


 ジャンヌとオリーブの前にそれぞれ立ち、正しい姿勢を見せる。コゼットとロゼールの頭の上に乗せられた本は一切落ちず、ズレる様子も見られない。

 その姿勢のまま、二人は座り、再度立ち上がり、木箱を取ってから美しい姿勢で礼をする。

 二人の動きは寸分違わず美しい姿勢を保持していた。


 それをやって見せたコゼットとロゼールは、ジャンヌとオリーブをエスコートし、壁際へと向かう。


「あ、あたし……わたくしらには無理だよ、あんなの」


 オリーブが思わずそう呟くと、ロゼールは美しく微笑む。


「無理ではありませんわ、オリーブお嬢様。するのです」


 壁際へと立たされた二人は、まず後頭部を壁へ付け、二人のメイドに胸上を押されて肩甲骨を壁へと押し付けられ、腹を押されて反り腰になっていた腰を矯正され、股関節を押されて尻を壁に押し付けられ、更に踵を壁へと付ける。

 たったそれだけでオリーブとジャンヌの体はミシミシギシギシと音が鳴るほどに呼吸が浅くなっていた。


「ジャンヌお嬢様、オリーブお嬢様、この姿勢が正しい令嬢の立ち方ですわ」


「背筋が伸びて心地の良い立ち方でしょう」


 二人のメイドの言葉にも、ジャンヌとオリーブは答える余裕すら無かった。


「ジャンヌお嬢様、顎が上を向いておりますわ、きちんと顎をお引きになって。顎を引いたら後頭部が壁から離れてらっしゃるわ、きちんとお付けになって」


 ロゼールが微笑み、姿勢を崩す二人の体をそっと正す。


「まずはこの姿勢を日常生活で問題無くできるようになるまで続けますわ」


 コゼットの言葉に、二人の平民上がりの令嬢は早くこの姿勢に慣れることを心に決めたのだった。



────


 ファートがデスクへ座りエングリア語の教本と向かい合っていた最中、彼女の部屋の扉がノックされる。


「お嬢様、アニエス・ビガールでございます。失礼してもよろしいでしょうか」


「ええ、よろしくてよ」


 アニエスは静かに扉を開き、音を立てないように閉めると、ファートの方を向き直って四五度に頭を下げる。


「お勉強の最中、大変失礼致します。昨日お伝えしておりました通り、シャルル・フレデリック・ウォルト様がご来訪致しました」


「そう、では……本日お父様が第一応接間をお使いですから、第二応接間へ向かいましょう。マエリスはどこ?」


 アニエスは「かしこまりました」と告げてから、ファートの問いに口を開く。


「マエリスはウォルト様にお待ちいただくよう告げてからこちらへ赴くと言っておりました」


「そう、ではマエリスが戻ったら、アニエスはキッチンへ向かって昨日伝えていた通りシャンパーニュと紅茶、ケーキを用意するように伝えてちょうだい」


「かしこまりました」


 その時、ファートの部屋の扉がノックされる。


「ファートお嬢様、マエリス・モニエでございます。失礼してもよろしいでしょうか」


「ええ、よろしくてよ」


 ファートからの許可に、マエリスが静かに扉を開けてその身を滑り込ませる。


「お嬢様、遅れてしまい、大変申し訳ございません」


「いいえ、ウォルト様をご案内頂いていたと聞いたわ。今日は第二応接間へ行きますから、そちらへ」


「かしこまりました」


 マエリスがファートの差し出した手を取り立ち上がるためのエスコートを行うと、アニエスが扉を開ける。

 その姿に、彼女が別の仕事を仰せつかっていることに思い至ったマエリスが「お嬢様、失礼致します」と告げて、その床を引きずる長いスカートをそっと持ち上げる。


 ファートは美しい淡いセージグリーンのバッスル・ドレスを着用していた。白を基調とした生地に淡く差すセージグリーンは、ひと目で視線を引きつけながらも、決して華美ではなかった。

 その美しい色合いはファートの清廉な印象に似合い、彼女の美しさを引き立てている。ウエストには細かい金の刺繍が施され、彼女の均整の取れた体躯を静かに引き立てていた。


 エメラルドのブローチは控えめな大きさで、ブローチよりも彼女のドレスの美しさを主張させるようで、それはさながら、あくまで身分を示すためだけに在るかのようであった。


 鎖骨すら見せないジュエルネックでありながら、白いうなじだけが、静かに露出するような柔らかなシニヨンには淡いブルーのリボンが飾られ、顔の両側には美しく巻かれた髪が三房垂らされていた。


 ファートが部屋を出ると、彼女の部屋の扉をそっと閉めたアニエスが「それではお嬢様、行ってまいります」と頭を下げる。


「ええ、キッチンへ伝えたら、そのままウォルト様をお連れ頂ける?」


「かしこまりました、そのように致します」


 ファートの微笑みに、アニエスは礼で返してキッチンの方へとその足を向ける。

 マエリスに裾を託したファートは、ゆっくりとした足取りで第二応接間へと向かう。精巧な彫りが施されたマートゥ・オークで作られた両開きの扉が、その前に立っていた執事の手によって開かれ、マエリスがその中へと歩を進める。


「おはようございます、ファートお嬢様」


「ええ、ごきげんよう」


 執事からの挨拶に言葉を返したファートは、扉から最も遠い席へと腰を下ろす。マエリスは、そのファートの後方の壁際へと立つ。

 応接間の中はワインレッドのベロア生地で作られた美しいカーテンが締め切られ、各所に据え付けられた蜜蝋の蝋燭がチラチラとその火を揺らしていた。


 ファートが部屋へ到着してからほんの五分程度の後に、第二応接間の扉がノックされる。


「お嬢様、アニエスとウォルト様が到着致しました」


 執事の言葉に、ファートは「ええ、お入りになって」と告げる。

 執事の手で応接間の扉が開かれ、アニエスとシャルルがその姿を現す。


「おはようございます、ファートお嬢様」


「ええ、ごきげんよう」


 シャルルの言葉に、常通りファートは右手の手袋を外し、指先を差し出して応える。それにシャルルも、彼女の指先へと唇を触れるのだ。


「ファートお嬢様、お話中、失礼致します。わたくしは一度キッチンへ行ってまいります」


 礼をし、言葉を告げたアニエスにファートは「ええ」とだけを告げる。

 アニエスが扉のノブを捻ると、外に立っている執事がゆっくりとその扉を開き、外へ出るアニエスへと浅く頭を下げる。

 アニエスはしずしずとした足取りでキッチンへと向かい、ファートから告げられた通りのシャンパンと紅茶、そして新しいものを好む公爵家らしく、アドルフが出かけた際に購入し持ち帰ったエクレアを乗せたサービス・カートを押して第二応接間へと戻る。


 キッチンから応接間へ戻ったアニエスを確認した執事が扉をノックする。


「ファートお嬢様、アニエス・ビガールが戻りました。お入れしてもよろしいでしょうか」


 執事からの言葉に、ファートは「よろしくてよ、開けてちょうだい」と返す。

 その返答に執事は両開きの扉をどちらも開きサービスカートを通すと、自身も共に応接間の中へと足を踏み入れる。

 アニエスがテーブルへ腰を下ろしたファートとシャルルの前へシャンパングラスを置き、その間に執事がシャンパンの栓を抜いて美しい薄緑色の液体をグラスへと注ぐ。


 サービス・カートの上で紅茶を注いだアニエスは、そのティーカップをソーサーごとファートとシャルルの前へと置く。

 そして、エクレアを乗せた皿を二人の前へと置いた。


 細長いシュー生地の中にはたっぷりのクリームが詰められ、上には白く美しいグラサージュがかかり、可愛らしく飾られている。


「まあ、こんなケーキ、初めて見ましたわ」


「ええ、私もです」


 シャルルとファートの会話に、マエリスとアニエスはファートの後ろへとその身を引き、執事は深く頭を下げて応接間を出て行く。


「シャルル様、本日の舞踏会用のドレスができましたの?」


「はい、本日はリリー・ドゥ・トゥーブロン公爵令嬢からの招待だとお伺いしておりましたから」


「良かった、それでは早速見せて頂けるかしら?」


「もちろんでございます」


 ファートがシャルルのエスコートで立ち上がると、マエリスがそのスカートの裾を持ち上げる。

 衝立の向こうへとファートとマエリスがシャルルと共に入り、ファートがそのドレスをマエリスの手で脱がされる。


 シャルルの鞄から取り出されたドレスは美しい、ごく淡いシルバーがかったアイボリーであり、シルク・モアレで作られている。

 その背面には小粒の宝石が編み込まれた柔らかなオレンジがかった、シルク・サテンで編まれたリボンが飾られている。

 刺繍は裾に施された銀糸のもののみである。

 正面から見れば慎ましく、しかし背に回れば、無駄のない線がその身分を雄弁に語っていた。

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