一時期飼っていた鳥
一時期飼っていた鳥を放すまでの話。
週に数度は掃除を欠かさなかった。
埃一つない、金細工の施された小さな鳥籠。
それを、ぱかりと開けた。
チュン、チチチ。
ひと声鳴いて、その鳥は、周囲を確かめるように、首を一つめぐらせたあと——
まるで始めから決められていたかのように。羽根に風を掴み、空へ舞い上がった。
一度も振り返らなかった。
まっすぐに、かつての故郷を目指して。
__まるで、ここには一瞬たりとも寄ったことなんてなかったみたいに。
……っあは、ははは、ははははは。
それが少し寂しくて、でも同時に、何だかそれが可笑しくもあった。
――そうだ。もっと、もっと。もっともっと遠く、もう戻ってこれないくらいまで飛んでしまえ。
少なくとも私には、そこまで一途な欲望に忠実でいられるほどの潔さはなかったから。
だから、鳥でさえ自分の欲求に素直でいられるという事実に、
どうしようもなく可笑しさがこみ上げてきてしまったのだ。
それくらいがいい。
それくらいがちょうどいいのだ。
それくらい欲望に一途であるほうが、君という小鳥にきっとそれだけの強さを与える。
それくらい、ずっと欲望に一途で忠実な方が、きっとなんだってできる。
私は欲望に忠実じゃないから。
本当は、私も一緒に空に連れて行ってほしい。
私も、あんなふうに空を飛んで、全部忘れてしまいたい。
もう戻らない幸せほど、痛むものはない。
もう居ない人の軌跡をなぞるほど、苦しいことはない。
もう、思い出すほどに辛くなる記憶しか残っていないから、全て忘れて消えてしまいたい。
でもそれは叶わない。
これは私だけの記憶だし、これはあの小鳥だけの逃避行だから。
ようやくもう小鳥が見えなくなる頃。
しばらく小鳥の進んだ方向を放心しながら見つめて。
「もしも、この世界も、私も、あなたくらい自由だったら」
そう、筋違いなことを、ふと。
ああ、良くない。
自分の至らなさを他人に重ねるなんて、見苦しいにもほどがある。
ちょっとまだ自分には早かった。




