聖女と魔王の問答
別サイトのメンシブ的な場所で掲載していた短編を少し手直したものになります。
黒髪に青にも紫にも見える瞳の偉丈夫と、人工的な栗色の髪に黒目の年若い女性はここ数時間問答を続けていた。
「問う、お主は差別意識を根本的に無くすことは可能かと思うか?」
「それは前提として現状のままでしょうか?それとも仮定の下でもよろしいでしょうか?」
「後者だ」
「であるならば、絶対君主制の下であれば可能性がありますが、それでも完全に無くすのは難しいかと思います。
洗脳にも近い君主以外は奴隷と化すなら可能かもしれません」
「それは我の望むものではないな」
「では、限りなく不可能だと申し上げます」
「何故か?」
私は返答をしながらなんでこんな問答を延々をする羽目になったんだろうかと内心目が遠くなっていた。
私、杉本萌絵は、学校帰りに小説ではお馴染みの聖女召喚とやらで学校帰りに拉致され、帰還には魔王の持つ魔結晶が必要だと説得されて渋々打倒魔王に旅立つことになった。
男共は案の定寝込みを襲おうと油断も隙もないし、聖女の能力に「結界」で防げたから良かったけど。本当に「結界」があって良かった。
この世界は確かに魔物の脅威に晒されていたからこそ、仕方なしに魔王討伐について来たのもあるんだけど、なんか違和感を感じる。
その違和感は、魔王と会った際に全て分かった。
魔物の領域に入る前は何かと襲撃が多かったのに、領域の境界を越えてからは襲撃が一切なくなり、なんなら私たちの進む方向を開けてくれるようになった。まるで凶悪な侵略者にこれ以上被害を出さないでくれ、とでも言うような対応だったが、正直それは間違っていない。
こちらのパーティーにいる、脳筋で残虐な性質のある戦士の方が凶暴で無抵抗の魔物や魔族を殺そうとするから、アイツの方が化け物に見えるくらいだ。何度となく止めて無駄な時間を使わされるし、災難でしかなった。できることならパーティークビにしたい、マジで。
でも、こんな殺人マシーンを野放しにしたら被害甚大になりそうで、仕方なく連行している、けど、声を大にして言いたい! っ不本意だ!!
魔王城に着いてからは魔法使いが女性の魔族を口説こうとするし、何故かついてきた役立たずの王子は城に飾ってある装飾品を盗もうとするし、戦士は血を見てなくてイライラしてるし……。
こいつら本当に正義側なの?おかしくない??
なんで私、こんな奴らの聖女なんてやらされてるんだろって本気で悩みつつ、ようやく着いた大広間には大柄な男性が玉座に待っていた。
「よく、来たな」
その一言だけで圧倒的な存在感、言葉自体に重さがあるような圧に血の気が引く。
ああ、本物の魔王なんだって、本能で分かった。
私のパーティーメンバーは情けない事に全員腰を抜かしたり泡吹いて倒れている。
……こいつら、本当に何のために来たんだろう?
「ほう、さすが聖女殿……という所かな?」
「っ失礼、しました。私はモエ、人間の国に召喚されまして、魔王様がお持ちだと言う魔結晶がないと故郷に帰れないと言われたので、図々しくも伺いました」
隠す事でもないので、素直に話すと魔王は驚いたのか目を丸くしてる。
「そ、それは……難儀だったな。お主は我を滅すると言う気はないのか?」
「あー、それなんですけどね。なんか変だなってずっと思ってまして。なんでだろうなーって考えつつここまで来ちゃったんですけど」
「ふむ」
「まあ、一つは絶対人間側が色々都合の悪い事隠してるだろうなって」
「ほう?何故そう思ったんだ?」
「魔物たちは魔の領域のギリギリまでは襲ってきたんですが、中に入ってからは逆に避けるようになって。
まるでこっちが恐ろしいもののように避けるのに、食用の肉とか果物は差し出すんです」
「それで?」
「正直助かったんですけど……その辺りからあいつら、私と一緒にいた男共は無駄に魔物や魔族を害そうとして。
血に飢えているような言動ばかりで、病気かなって感じだし……」
「言いにくい事か?」
「何度も仲間に襲われそうになるし、でもあいつら居ないとこの世界の事何も分からないし、嫌々一緒に行動していたんです。
今魔王様と対峙して、この人に勝つのなんて無理じゃね?って思い知らされました。
魔王様が本気なら私はとっくに死んでいるし、そんな恐ろしい人と敵対する気は無いです」
「なんとも、まあ、本当に災難だったな。……しかし、お主は素直な質だな!」
「ども。それでですが、故郷に帰りたいんで助けてくれませんか?」
魔王は興味深そうな表情から一変、難しい顔をして私をじっと見ている。
なんだろう、目に力が集まっている……?
「ふむ。お主の言葉に偽りはないようだし、配下の者からもお主だけは無駄な殺生や女性魔族への手出しを止めていたと聞いている。
まず、お主以外の者は拘束させてもらう。
別に痛めつけたりなどは興味ないが、むやみに配下の者を傷付けられるのは困るからな」
「ごもっともです」
「次に、お主の帰還だが……変な期待をさせても悪いのでハッキリ言おう。
正直できるか分からん。
人間の国にある召喚の魔法陣を見てみれば分かるかもしれないが、少なくとも人間共にお主を故郷に帰せるとは思えない」
あーやっぱり、と思いつつも藁にも縋る思いでここまで来たのに、帰れない可能性が高いのか……。
空しさと悲しさ、そしてやっぱり騙されていたと言う怒りで涙が溢れてくる。
「そう、ですか……魔結晶は?」
「恐らく、だが。この王冠にはまっている宝石の事を指しているのだろうが、これにはそんな力はない。
これは魔王に就任する際に引継ぐもので、初代の奥方の瞳の色に似て美しいからと付けられた、ただの宝石だ」
がっくりとする。
もしかしたらあの欲深そうだったオッサン共は綺麗だからとか、高そうだから欲しかっただけなのかもしれないな。うん、この予測はあまり外れていない気がする。
ほんと、何でアイツらあんなに強欲で自分勝手で自己中なんだろう、同じ人間だと思いたくないな。
「まあ、お主の予測はあっているだろうな」
ん?魔王様、心が読める系?
「いや、お主声に出ているぞ……」
「これは失礼しました。思わず……あいつらと同じ人間なのが嫌になりまして」
魔王様の憐れむ目が心に痛い。ほんと、なんでこんな奴らに巻き込まれているんだろ。
「あいつらは、種族として欲する事、そして飽くことを知らぬのだ。だからその欲は果てしなく、治まる事もない」
「この世界の神様何を考えてそんな種族作ったのよ!
何が魔物が襲ってくるだよ、魔族とか魔物の方が100倍マトモじゃんか……」
「この世界の創世神の女神は狂っていてな、自分に似せた存在が全てを得て頂点に立つように作ったと言われている。
なので人間共は全てを寄こせ、とあらゆるものを他の種族、地域から奪おうとするんだ」
「そこまで行くと呪いでは?」
「その通りだ。……ふむ、お主は中々知恵者なようだな」
今まで言われた事のない評価に吃驚して魔王様を見上げると、何やらわるーい笑顔だ。ヤな予感しかしないけど、正直私に選択肢もない。この際なんでもくればいいさ!と半ばやけくそで開き直って待っていると、うんうん頷いていらっしゃる。
「よし、決めた」
「はあ」
「我と問答をせよ。我が満足したら人間の国へ討って出て、お主を召喚したと言う魔法陣を調べてやろう」
「えっ?」
「ただし、帰せると保証はできぬから、そこは理解せよ」
「はい!それでも、少しでも可能性があるなら嬉しい!」
こうして私と魔王との不思議な問答は始まった。
読んでいただきありがとうございます!
オチはないです!!
強いて言えば、こんな世界に転生したくないな!女神様大丈夫かよ!?でしょうか……




