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Cendrillon  作者: しし
6/7

王子と姫

紗雪さんとの同伴の日。

私が、母の手術のめどが立ったことを話すと、紗雪さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

「よかったじゃない」

その言葉が、胸に沁みた。


ふと、紗雪さんが小さな声で呟いた。

「……桜が、見たいな」

私はその顔を見て、思わず口にした。

「一緒に行きませんか」


紗雪さんは少しだけ目を伏せて、固まったように黙った。

でも、やがて、かすれる声で返事をくれた。

「……うん」



---


昌也が置いていった50万と、自分の貯金の50万。

合計100万を小さな封筒に入れて、旅行鞄の奥にしまった。

全部は返せないけれど、先に100万だけでも渡したかった。

お店はしばらく休むけど、残りは必ず返すと伝えるつもりだった。



---


着いたのは、紗雪さんの所有する別荘だった。

広い庭、少し古びた調度、風の音だけが響く廊下。

どこか静謐で、けれど不安を煽る空気があった。



---


夕食のあと、紗雪さんにお金を差し出した。

「これ……100万です。残りは、少しだけ待ってください」

紗雪さんは封筒を受け取ったが、少し見つめてから机の上に置いた。

「返さなくってもよかったのに」

「そんな……借りたものは、ちゃんと返します」

「お金なんて、大したことじゃないの」

視線を上げた紗雪さんの瞳は、どこか冷たく澄んでいた。

「私にとって大切なのは、もっと別のことよ」



---


夜、庭に誘われた。

外は満月で、桜の木が照らされていた。

風が吹き、花びらが少しだけ散る。


「どうして、旅行に誘ったの?」

背中越しに、紗雪さんが歌うみたいに問いかけた。

「私と、どうなりたいの?」


「……借りたお金のこと、ずっと申し訳なく思ってたから」

「前みたいに……借りる前の関係に、戻りたかった」

正直に言ったつもりだった。


紗雪さんは井戸の前で立ち止まり、ゆっくり振り返った。

月明かりに照らされたその横顔が、影を落とす。


「――嘘つき」


凍りつく声だった。

「知ってるわ。

ほんとはもっとお金が欲しかったんでしょう?

私に体を買って欲しかったんでしょう?」


「違う、そんなこと……!」

「やめて。近寄らないで」

それでも手を伸ばした。


次の瞬間、強い力で押されて、視界が歪んだ。



---


石の壁が流れるように迫る。

空気が押し潰される。

息が詰まり、落ちた先に泥水が跳ねた。



---


「……なんで、こんなこと……!」

かすれた声を絞り出す。

どこかを強く打ち、痛みで視界が滲む。


井戸の上から、紗雪さんが涙を零しながら覗き込んでいた。

「どうしてなの……どうして、王子様でいてくれないの……!」

涙のせいか、声が震えていた。

「ずっと、王子様でいてくれるって思ってたのに……!」


水音がした。

思わず横を見た。


朽ちた布を纏った骸が沈んでいた。

彩葉さんだった。


喉が詰まり、声が出なかった。

這い寄る水の冷たさが、全身を蝕んだ。



「昌也…

お母さん…


助けて……」

井戸の壁に跳ね返り、私の掠れた声が届くことはなかった。





【エピローグ】


一王子



「Cendrillon」の営業時間が終わり、ロッカールームは静かだった。

侍従長と遊は、今月の売り上げ表を見つめていた。


遊がため息をつく。

「ショウも休業に入っちゃいましたし……。

やっぱり、彩葉が抜けた穴は大きいですね。どこ行っちゃったんだか。」


少しの沈黙のあと、侍従長が抑えた声で返した。

「……あいつ、金がなくなってたんだよ。」


「え?」遊が顔を上げる。


「借金もあった。

だから枕だの、個引きだの、目に余るレベルだった。」


遊は言葉を失った。


「見逃せる範囲なら黙認するけどね。あれはもうダメだって店で決める直前だった。

飛ばなくても、もう店からは居なくなる予定だったさ。

どうせ悪いところから金を借りたんだろ。馬鹿だよ。

ちょっと有名になったくらいで本業捨ててさ。キャストなんて副業ぐらいが一番いいんだ。」


遊は唇を噛んだ。

「でも……信じられないですよ。

彩葉は、周りを全部食い尽くしてやるくらいの気概のある子だったのに。」


侍従長が深く息を吐いた。

「余計なことだよ。

消えたやつのことなんか忘れろ、遊。

飲み込まれるだけだ。」


遊は天井を見上げて、小さく笑った。

「新しいキャスト、募集するんですかね。

今度は……俺様でも、子犬でもないやつにします?」


侍従長は肩をすくめた。

「結局さ、姫にとっちゃ誰でもいいんだろう。

自分を特別扱いしてくれて、ちょっと顔が良けりゃさ。

承認欲求を満たすための、喋るおもちゃだ。」


遊は目を伏せた。

「……そうかもしれないですね。」





一雪姫


会食帰り、ふとCendrillonのことを思い出した。

あの子たちが、もしかしたら戻ってきているかもしれない。

そんな期待を抱いて、駅を降りた。


階段を登りながら、ふと思う。

王子様は今日、私のために仮面をつけてくれるだろうか。


私は独り占めしたいなんて思っていない。

夢を買ってるって、ちゃんとわかってる。

それでも――

お願い。


私の前では、嘘をついていて。

ずっと、王子様のふりをしていて。




紗雪さんのイメージは

雪の姫、雪女です



勝手に、惚れて

勝手に、尽くして

勝手に、殺します

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