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Cendrillon  作者: しし
5/7

崩壊

紗雪さんは、案外あっさりと貸してくれた。

「いいわよ」

その一言だけで、念書も何も求めず、その場で私の口座に300万を振り込んでくれた。


「まあ、飼い主として病院代くらいは出してあげるわ」


私はただ、ただ頭を下げた。

どんな言葉を返しても足りない気がして、声にならなかった。

感謝も、屈辱も、怖さも全部入り混じって、喉がつかえたままだった。





---


店には絶対に言えない「個引き」をしてしまった。

でも昌也にだけは、全部打ち明けた。

きっと、共犯者になって欲しかったのだと思う。

理解してくれるなんて甘い期待をしていた。


でも、昌也は激しく拒絶した。


「信じられない。お前は変わった。

300万円だぞ。分かってんのか?

そんな女じゃなかっただろ?」


「頭冷やすわ」

そう言って、上着と財布だけ掴んで家を出て行った。

このままじゃ、私を殴ってしまいそうだからって。





---


私は殴られたってよかった。

殴ってでも、そばにいて欲しかった。

どうして、どうして昌也に相談せずに、紗雪さんにお金を借りてしまったんだろう。


昌也のいない冷たいベッドに潜り込んで、泣き疲れて眠った。

真夜中に目が覚めても、昌也は帰ってこなかった。





---


次の日、バイトも店も休んで、母の病院へ向かった。

母の病状が悪化したのでと職場に連絡して、今月末まで働いたら、その後しばらくお休みをもらうことにした。


結局、朝まで昌也は帰らなかった。

でも、今夜こそちゃんと話し合おうと思っていた。

一度全部話して、謝って、しばらくは二人で過ごすって決めていた。

時給がいいだけで昌也が嫌がる仕事はもうしないって、そう約束するつもりだった。


もっと深い夜職に踏み込むのはやめようと思った。

病院の治験でも、長距離トラックでも、何だってやるつもりだった。

最初からそうすればよかったのに。


病院の会計で支払いの手続きをして、

「お願いします、母を助けてください」

と頭を下げた。

仕事で来られないことも考えて、前払いにさせてもらった。





---


家に帰ると、部屋の空気がどこか違った。

静かすぎて、胸がざわついた。

クローゼットを開けると、昌也の服だけが消えていた。


パニックみたいに部屋中を探し回った。

キッチンカウンターの上に、封筒と手紙が置かれていた。


『好きな女は自分が守りたかった

でも300万は無理だったから、50万だけ置いていく

さよなら』


封筒の中には、綺麗に数えられた50万円が入っていた。


慌てて昌也に電話をかけた。

LINEを送った。

全部ブロックされていた。


共通の友達にも連絡を取ったけれど、

「300万はないわ、人格疑うわ」

「昌也はもう連絡取りたくないって」

誰も繋いではくれなかった。





---


部屋で泣き崩れた。

どこで間違ったんだろう。

第四王子になった時?

ビールを運んで、初めて指名をもらった時?

それとも、コンカフェで働こうと思ったあの日?


一番そばにいて欲しかった人の温もりを、自分で手放してしまった。

それが、何より悲しくて、苦しくて、たまらなかった。





---


それでも生きていかなければならない。

思い描いた私になれなくても、

まだ母がいるのだから。


紗雪さんからのDMが届いた。

同伴のお誘いだった。


紗雪さんにも、今月末でバイトを休むことを伝えなくてはいけない。

お金もきちんと返すと伝えなくては。


私は紗雪さんに返信するためにスマホを手に取った。





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