前夜
ナンバー発表後の帰りの電車の中。
紗雪さんに順位を伝えて、新しい名刺を渡したいから来店してほしいとDMを送った。
すぐに既読がついて、
『おめでとう、シャンパン開けてあげるね』
という返信が返ってきた。
それが本当に嬉しくて、飛び跳ねるみたいに帰宅した。
「ナンバーだよ、初めてのシャンパンだよ」って、紗雪さんからのDMを昌也に見せた。
でも、昌也は一緒に喜んでくれなかった。
「俺より先に紗雪さんに伝えるのは萎える」
そう言って、寝室に入ってしまった。
閉じられた扉をぼんやり眺めながら、
“昌也とお客さんは違うのに”
って心の中でつぶやいた。
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紗雪さんは「第4王子就任祝い」として、フラワースタンドとシャンパンを予約してくれた。
店では「1位になったらタワーかな」なんて冗談を言われつつ、
4位なのに1位の遊さんの隣に立つフラワースタンドがちょっと気恥ずかしかった。
来店してくれた紗雪さんと、フラワースタンドの前で記念写真を撮った。
ソファ席に案内して、そっと両手で新しい名刺を差し出した。
「第4王子のショウです。どうぞ、これからもおそばに置いてください」
紗雪さんは嬉しそうに名刺を受け取り、裏返して目を丸くした。
不思議そうに眺める私に、いたずらっぽく笑う。
「裏にコメントを書いて欲しいな」
そう言って、カバンから名刺ホルダーを取り出した。
そこには、紗雪さんがかつて彩葉さんからもらった名刺がたくさん並んでいて、
私の第10王子時代の名刺も1枚だけ入っていた。
紗雪さんはその中から彩葉さんの名刺を一枚抜き取り、裏面を私に見せてくれる。
『俺だけの紗雪、ずっとそばにいて』
達筆な文字でそう書かれていた。
「こんな感じよ、
名刺の裏にコメントを書いて渡すのよ」
そう言って、私に名刺とボールペンを手渡す。
冷や汗が滲んだ。何を書いたらいいのか分からない。
心の中で遊さんや侍従長にヘルプを飛ばしたけれど、誰も助けてくれなかった。
震える手でなんとか書いたコメントを渡す。
『教えてくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします』
紗雪さんは私の名刺を見て、
満足げに微笑みながら名刺ホルダーの一番上にしまった。
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三ヶ月に一度の母との面会日。
いつもなら昌也も一緒に来てくれるけど、あのときのすれ違いが尾を引いて、今日は一人だった。
今日は、先日受けた検査結果を聞く日でもあった。
寝たきりの母に窓越しに手を振ると、看護師さんがこちらを指してくれて、母も私を見て頷いてくれた。
短い面会時間を終え、扉の外に出ても、母はずっと私を目で追っていた。
主治医から伝えられた言葉は残酷だった。
「このまま治療を続けても半年後の生存は難しい。
まだ体力が残っているうちに手術をするか、諦めるか、どちらかを選んでください」
手術には、さまざまな経費を含めて300万ほど必要だと言われた。
母と私、二人きりの家族だった。
「お金はなんとかします。母をお願いします」
そう伝えて、病院を出た。
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なんとかする方法は、分からなかった。
店への前借りや、他のキャストに頼るのは難しい。
昌也には迷惑をかけたくない。
金融機関に借りるか、バイトを増やすか、さらに深い夜職に踏み込むか。
どれも抵抗があった。
それでも――
ふと、思ってしまった。
紗雪さんなら、貸してくれるかもしれない。