贈り物
初めての同伴の約束を取り付けた、バイトフル稼働の日。
私は昌也に、紗雪さんとの同伴があるから午前中に家を出ることを伝えた。
「そんなんあるの?今までなかったよな、キャバクラに店替えでもしたのか?」
「違う、半年間指名も同伴も1本もなかったからだよ。ずっと第10王子だったの。」
驚く昌也にそう説明すると、そっと抱きしめられた。
「俺の一番はいつだって翔菜だよ。」
謎の慰めをもらって家を出た。
傷ついてはいないけど、同情されるのは少し痛かった。
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昌也が嫌がるかもと思って伝えなかったが、
紗雪さんとはホテルのロビーで待ち合わせをしていた。
重厚なソファに座る彼女を見つけて、内心少し怖かったが、近寄っていった。
「お待たせしました。」
紗雪さんは微笑んで、「レストランを予約してあるの」と言い、
ホテル併設の高級そうなレストランに私を連れて行った。
圧巻だった。
インテリア、食器、食材、提供スタイル。
すべてが計算されて、さりげなく配置されていた。
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「何でも聞いていいわ。そのために個室を取ったんだもの。」
そう言ってくれた紗雪さんに甘えて、私は思ったことをそのまま口にした。
「このお皿、すごいですね……盛り付けも、どうやったらこんなに……」
「香りがすごい。スパイス、いくつくらい使ってるんだろう」
「盛り付けの高さって、どうやって安定させてるんですか?」
紗雪さんは楽しそうに、少し誇らしげに一つひとつ答えてくれた。
私が身を乗り出すたびに、クスクス笑いながら補足してくれる。
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レストランを出て『Cendrillon』のソファ席に座っても、
私は料理の話ばかりをしていた。
「やっぱりあなた、食いしん坊なのね。」
そう言われて、少し恥ずかしくなって俯いてしまった。
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紗雪さんをお見送りする時、エントランスで深く頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。……すごく勉強になりました。」
紗雪さんは何も言わずに、少しだけ笑って私の腕を軽く叩いた。
まるで「よしよし」と子犬をなだめるみたいに。
その仕草が、紗雪さんらしい優しさなんだと思った。
でも、子犬のままでいたくなかった。
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「……ちゃんと役に立ちたいです。」
思わず口に出た言葉に、紗雪さんは一瞬目を丸くして、それからまた穏やかに笑った。
そして何も言わずに、私をじっと見つめた。
その瞳は何かを試すようで、でも優しくて、少しだけ怖かった。
しばらくして、紗雪さんが小さな声で言った。
「……じゃあね、ショウくんの作ったお弁当が食べたいな。」
私は思わず顔を上げた。
それは自分でも少しは得意だと思えることだったから。
嬉しくて、恥ずかしくて、気づいたら大きな声で、
「お任せください!」
と言っていた。
紗雪さんは小さく吹き出して、それから本当に嬉しそうに笑った。
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次の週の土曜日は、紗雪さんからの同伴を断った。
『貴女のためにお弁当を作るから』とDMを送ると、
『いつの間にそんな返しができるようになったの?
侍従長に教わったの?
私の子犬はそのままでも可愛いのに』
と返事がきた。
私は絶対に「美味しい」と言わせてやると心に決めた。
バイトがない日も試作品を作り続け、昌也が「いいんじゃない?」と合格点を出してくれて、お弁当を完成させた。
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『Cendrillon』に来店した紗雪さんの卓に、お弁当を持って近づいていった。
「貴女のために用意しました。」
氷と雪を思わせる透明な器と白いカトラリーは、
紗雪さんをイメージして選び、
その中に姫に捧げる花として九つの彩りを詰めた。
「雪姫への花籠、です。」
恥ずかしさで声が震えたけれど、それでもまっすぐに差し出した。
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紗雪さんは嬉しそうに、一つ一つ意味や食材を私に問いかけて、
美味しそうに食べてくれた。
その様子に、他の卓の姫も視線をこちらに向けていた。
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閉店作業中に、侍従長に声をかけられた。
「あのお弁当、3個くらい毎週土曜日作れるか?
売れる。
材料費とか出す、単価決めるぞ。」
驚いたが、それ以上に嬉しくて、
「はい」
と返事をした。
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5000円と強気の値段設定のお弁当は本当に売れた。
個数制限も相まって、土曜日の予約来店をしないと食べられない「幻のお弁当」となり、客足の安定にもつながった。
そして、いつの間にか私の称号は「第4王子」になっていた。
信じられなかった。
侍従長はそのナンバーを私に伝える時、そっと呟いた。
「優良客だが、抱き込まれるなよ。」