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パープルステーキと情報漏洩

 銀河の果て、長距離ワームホールから少し離れたところにあるステーキ店。空気浄化システムの故障のため、9日間休業していたその店に、私が来店できたのが休業から13日目。店の前には宇宙船の長蛇の列ができていた。なにごと?


 状況が呑み込めないまま、宇宙トラックでステーキ店の周りをグルグル回っていたら、同じようにグルグル回っている宇宙トラックから通信が入った。


「やられた!情報が漏洩した!空気浄化システムエラーから!」


 ん?もうちょっと詳しく?


 詳しく話を聞きました。

 空気浄化システムの修理に来ていた、仕事ができるドルンドリン人。あの舌をしまい忘れたドルンドリン人は宣言通りに10日後に来店したそうだ。そしてマスターのステーキを一口食べたら、固まってしばらく動かなくなったらしい。


「え?どしたの?冷めないうちに召し上がれ?」


 そんなドルンドリン人に紫色のマスターが心配して声を掛けたら、


「マスター!このステーキ最高じゃ~ん!俺っちこのステーキ舌使って食べた~い!舌使って食べてい~?」


 バッと顔を上げて、ドルンドリン人はそう叫んだそうだ。この日はパープルステーキの日だったらしい。


 殆どのお客はナイフとフォークを使ってステーキを食べてるんだけど、宇宙にはいろんな姿かたちの星人がいるので、そうでないお客もいる。このドルンドリン人もナイフとフォークを使ってステーキを食べてたんだけど、元来ドルンドリン人は舌で獲物を捕食する性質らしく、舌を使って食べたほうが断然美味しく感じるんだって。


「それなら是非舌を使って食べて頂戴!」


 マスターならそう言うよね。


 そしたらドルンドリン人は、それまでプラプラ出していた舌を一旦しまい、ヒュンっと口から伸ばして丸みのある舌先でペチョっとステーキを捉えると、そのまま口の中に吸い込んで、しばらくモグモグしてたらしい。至福の表情を浮かべながら。きっとベリーを思わせる甘酸っぱい肉汁と、さわやかな旨味が口いっぱいに広がっていたのだろう。うらやましい。


 ドルンドリン人が舌を出しているのは、いわゆるマナーの1つで、〈あなたを食べたりしませんよ〉という意思表示なんだって。知らなかった。地球のワンちゃんネコちゃんが時々やる舌のしまい忘れと同じ部類で捉えていた。全然微笑ましくなかった。ドルンドリン人が舌をしまって、こちらをじっと見ていたらダッシュで逃げよう。


 マスターのステーキを堪能したドルンドリン人は、その美味しさを感動のままにその日のうちに宇宙ネットワークのブログに書き込んで、拡散して、今の宇宙船の長蛇の列になったということらしい。


 中2日でこの展開早くない?あのドルンドリン人は人気ブロガーだったのか?しかも文章だけでマスターのステーキの美味しさをここまで伝えることができるなんて…是非そのブログ読みたい。


 仕事ができるドルンドリン人の文才を発端に、金と時間を持て余した食いしん坊たちが宇宙中から押し寄せて、宇宙ネットワークにはマスターのステーキの画像と美味しさを絶賛するコメントが溢れ、評判が評判を呼び、マスターのステーキ店は宇宙一の大繁盛店となった。


 そして長距離宇宙トラックドライバー達は仕事の合間に宇宙一美味しいステーキを食べることができなくなったのだ。


レインボーステーキと禁断症状

「マスターのステーキが食べたあいぃぃぃぃ!」


 銀河の果て、長距離ワームホールから少し離れたところにあるステーキ店。マスターのステーキを食べられなくなって幾日たっただろうか。私は禁断症状に襲われていた。


 宇宙ネットワークでマスターのステーキの美味しさが拡散され、金と時間を持て余した食いしん坊たちが宇宙中から押し寄せて大繁盛からの大行列。仕事の合間に立ち寄って…なんてできなくなってしまってから、マスターのステーキを食べていない。食べたい。マスターのステーキ。


 マスターのステーキの情報漏洩を恐れて、長距離宇宙トラックドライバー達の間ではマスターのステーキ画像は一切保存禁止になっていた。手元に1枚もない。


 ので、宇宙グルメサイトに次々と挙げられるマスターのステーキ画像を眺めては、涎を垂らしてマスターのステーキに思いを馳せて過ごす日々。宇宙ネットワークにマスターのステーキ情報が拡散されることをあれほど恐れていたのに、今はその情報に慰められることになるとは皮肉である。


「ああああグリーンステーキ!いいイエローステーキ!うううブルーステーキ!ええええパープルステーキ!おおおおおおお?レインボーステーキ?だと?!」


 私の食べたことない色のステーキ画像がサイトに挙げられていた。

 マスターのステーキのカラーはランダム。毎回何色のステーキを食べられるのか分からない。が、ここ最近はずっとレインボーステーキが提供されているようだ。さらなる情報を漁る。


『今まで食べた料理と次元が違う多幸感。』

『目の前が七色に輝いて脳内がスパークする。』

『今日もステーキキメた!やめらんねえ!トリップすげえ!』

『ステーキ食べてたら、昔飼ってたペットに会えた。嬉しくて涙。』

『小さいおじさんがテーブルに上ってきてダンスを踊ってくれた。これサービス?』


 なんだか様子がおかしい?これステーキを食べた感想ですか??


 私が通ってた時は、小さいおじさんのダンスパフォーマンスはなかったし?昔飼ってたペットに会えるサービスもなかったよ?どういうこと?


「これは…行って確認するしかない!」


 私は早急に休みをもぎとって、銀河の果てにあるステーキ店へ向かった。相変わらず、すごい行列だ。だが!今日の私は休みをもぎ取ってきている!いくらでも待つよ!待ってろレインボーステーキ!


 何時間待っただろうか、ようやく順番が回ってきた。ウキウキと宇宙船のドッキングハッチを抜け、エアロックを開けると、虹色のマスターが笑顔?で出迎えてくれた。


 え?マスターの手じゃなくて?足じゃなくて?鼻だったっけ?が?めっちゃ短くなってる???なんだか顔色も悪いような気がする?虹色でよくわからないけど?


 心配に思いながら席に着いたが、チリチリと温められた鉄板にドーンと載った分厚いレインボーステーキがサーブされると、


「いい匂いだあぁぁぁ!!」


 すっかりレインボーステーキでいっぱいになった。匂いだけで口の中に涎が溢れるぅ!こいつは堪ら~ん!はやる気持ちを抑えながら、テーブルに置かれた箱からナイフとフォークを取り出して、分厚いステーキを切り分け一口頬張る。


 世界が七色に輝きだした。


 今まで食べたマスターのステーキのすべてのカラーの美味しさを凝縮したような複雑で芳醇な味わい。それが口の中で、脳内で弾けて、七色に輝いてぐるぐる渦巻く。その渦の中で、昔、地球で飼っていたポメラニアンのポメ子が、己のシッポを追いかけてグルグル回っている。そういや、ポメ子もよく舌をしまい忘れてたな。懐かしい。私は頬を流れる涙にハッとして、目の前の鉄板をみると、レインボーステーキはなくなっていた。食べた記憶がない。


 これは美味しいの次元を超えている。いつものように2枚目を注文したいけれど、もう一度あれを体験してしまうと非常に不味いと私の中で警戒音が鳴り響く。


 一旦気持ちを落ち着かせるために他のお客の様子を伺う。みんなフラフラとレインボーステーキを頬張っては、焦点のあってない目で空中を眺めている。ヤバいぃぃぃ!これは絶対ヤバいぃぃぃ!


 一体全体どうなっているのかマスターに聞こうと、円状のカウンター席の真ん中にある厨房を見た。あれ?マスターがいない?カウンターから身を乗り出して覗くと、厨房の床に地球のヒトデのように倒れているマスターを発見。えらいこっちゃ!


 大繁盛店になっても、マスターは一人で店をやっていたようで、焦点のあってない目で空中を眺めているお客たちで、この状況に対応しないといけない。どうしたものかとカウンターを見回すと、見知った顔がちらほらいた。私と同じように休みをもぎ取って来たであろう長距離宇宙トラックドライバー達だ。まず彼らを七色の世界から連れ戻す。


 正気に戻った彼らと手分けして、マスターをここから一番近い(といっても遠い)宇宙総合病院へと連れていき、他のお客も正気に戻して店を閉め、外に続く行列に事情を説明して帰ってもらい、マスターの通信記録をたどってマスターの娘さんに連絡をとった。


 すぐ病院へ向かってくれた娘さんから、マスターは命に別状はない。という連絡を受けて、店で心配して待っていた長距離宇宙トラックドライバー達はホッと胸をなでおろした。


 マスターが無事でよかったよかった。



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