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認知症の母の言動、現実化する

作者: kabaneyami

・母の物忘れが酷くなっている事に気が付いたのは、七年前の祖母の葬式の時だった。

「ねぇ、ちょっと。あなたのお母さん、大丈夫なの? お祖母さんが亡くなって、動揺しているせいかもしれないけれど、ちょっと言動がおかしいみたいよ」

・親戚の伯母さんから言われた杞憂が現実のものとなり、母は病院で認知症と診断された。


「ヒロシさん、もう朝ご飯は召し上がりました? 」

・今日の私は『ヒロシ』という名前らしい。今の母は、私の事を正しく認識しない。息子である事も忘れているのだ。

「ええ、いただきましたよ。ヒロコさん。美味しゅうございました」

・私は母に異議申し立てする事なく、『ヒロシ』という体で答えた。

「ヒロシさん、今日も砂漠にお出かけですか? 」

・母が、突然、そんな事を言い始めた。

・私は話に対応出来ずに、「砂漠、ですか? 」と聞き返していた。また、話が妙な方向に、進み始めた。

「ええ、両磐市の外れにある砂漠です。その砂漠にUFOが落ちたとかで・・・。ヒロシさんも、その調査に行かれるのでしょう? 」

・両磐市の外れには『砂漠』などはない。勿論、UFOなど落ちてはいない。でも、厄介なのは、母の言動は『現実化』するのだ。医者によると、何らかの脳障害を負った患者には希に起こる現象だというが、そんな事は初耳だった。


・兎に角、母の言動は『現実化』する。この間は、『マサキ』という名のマグロ漁師にされて、青森県の大間でマグロ漁をさせられたし、その前は警視庁のスワット部隊として、都内の銀行強盗立てこもり事件に駆り出された。

・なので、今日の私は『ヒロシ』という名前で両磐市の外れにある砂漠でUFOの調査を行うのだろう。

・そうこうしているうちに、携帯電話の呼び出し音が鳴る。確認すると、見知らぬ電話番号だ。UFO仕事の電話だろう。

「もしもし、高橋です」

・私が電話に出ると、電話口で見知らぬ声が「高橋ヒロシさんの携帯電話でよろしかったでしょうか? UFO墜落現場の放射能検査の件でお電話しました・・・」

・どうやら、今日の仕事は『UFO墜落現場の放射能測定』で決まりのようだった。


・現場となる両磐市の外れに車で向かうと、見たこともない砂漠が広がっていた。砂漠の端には、すでに何台かの車が停まっていて、私もその傍に停車した。

「高橋課長、上着をこの作業着にお着替えください」

・私が車から降りるなり、『竹田』と名乗る若い男性が作業着を手渡してきた。私は言われるがまま、スーツの上着を脱ぎ、作業着を羽織った。私は彼を知らないが、彼は私を知っているのだ。

・砂漠を見渡したが、UFOの残骸はみあたらなかった。

「UFOの残骸は、深夜に自衛隊が運んで行きましたよ。日本政府は、どうやらUFO墜落を隠蔽したいらしいです。公式発表も、開発中の軍用大型ドローンの墜落に決まったみたいですし・・・」

・なら、この放射能測定検査の仕事は、一体何の為だと突っ込みたくなったが、これ以上深入りしても意味がないと思い直し、『竹田』が資料を元に説明する作業員の仕事の手順について、聞く振りをしていた。


・私の今回の仕事場所は、地元の両磐市役所内に設けられた『特別災害対策課』だった。

・この課は、UFO墜落事件に伴って出来た、出来立てホヤホヤの臨時の課だった。

・UFO墜落が特別災害なのかと、突っ込み所満載の課だが、兎に角私がそこの責任者であるらしかった。

「しかし、まさかこの両磐市にUFOが墜落するなんてね。まさに『Xファイル』の世界だね」

・両磐市役所に戻って来て、物置部屋を片付けたという、臨時の事務室に腰を落ち着けてそうそう、私は職員とのコミュニケーションを図った。まあ、職員といっても、先に砂漠で会った竹田シンジと事務の桜井アカネの二人だけだったのだが・・・。


「課長、その『Xファイル』って何ですか? 」

・竹田シンジが、ポカンとした顔で聞いてきた。まさかの反応に狼狽えた私は「さ、桜井君は知ってるよね? 」と慌てて確認を取ったが、桜井アカネはすました顔で「さあ」と答えるばかりだった。

「い、いや、『Xファイル』の事は忘れてくれ。兎に角、今の仕事としては、毎月の放射能測定検査の結果報告だけでいいんだな? 」

・私は気を取り直して、竹田シンジに聞いた。

「はい、新しく不都合な事が起こらぬ限り、今の所はそうらしいです。あとは、政府からの指示待ちになりそうです」

・ここは無難に、優秀な部下に仕事を託すのが良かろう。結局、課長といっても、仕事を管理するだけのお飾りの役職なのだ。母の言動で職業がコロコロ変わる私には、お誂え向きの役職だった。

・手持ち無沙汰で、訳の分からぬ書類を眺めていると、突然、携帯電話の発信音が鳴った。確認すると、母からの電話だった。


「ヒロシさん? 今ね、宇宙人が家に来たのよ。なぜかと言うと、隣に住む沢口さん家族と親戚だから、挨拶に来たみたい。

・宇宙人の話では、今、沢口さん家族をUFOに乗せて、故郷の星へ連れ帰るんですって。あなた、UFOの担当でしょう? 何か知ってないかと思って電話したの」

・普通に考えれば、ボケた母が語る荒唐無稽な与田話なのだが、『母の言動は現実化する』ので始末が悪い。

「ち、ちょっと、野暮用が出来たので早退する。君たち、時間になったら、適当に仕事を切り上げて帰って良いから」

・部下二人にそう指示し、市役所内の特別災害対策課直属の部署に早退する旨を報告して、私は急ぎ車で沢口宅に向かった。


・沢口宅に着くと、庭に着陸していたUFOが、空高く飛び去るところだった。間に合わなかったか。

・それでも私は、沢口宅の玄関の呼び鈴を鳴らして、「沢口さん! 沢口さん! 」と呼び続けた。一縷の望みを抱きながら・・・。

・五分ほど、沢口宅で時を過ごした私は、諦めて自宅に戻る事にした。仕方がない。私のせいではないし、割り切るしかない。

・車を運転しながら、私は母の言動が現実化する事について、考えた。

・兎に角、この現象は、私の思考の範囲を越えている。今回のUFO墜落事件といい、砂漠の出現といい、挙げ句の果ては、UFO誘拐騒動だ。

・ただ、私には諦めの心もあった。何故なら、母の言動は死者をも蘇らせていたからだ。

・亡くなった近所のお年寄りは、母の言動により元気に近所を散歩し、亡くなった飼い猫も、母が思い出したように名前を呼ぶと、当たり前のように墓穴から這い出してきた。


・家に着くと、母は庭掃除をしていた。

「あら、お早いお帰りだったのね」

・何も起きなかったような口振りで、母はにこやかに、そう言った。さっきの電話の事などは、とっくに忘れているのだろう。

「ええ、ちょっと野暮用が出来まして、仕事を早く切り上げて帰って来ました」

「あなたも大変ねぇ。でも、宇宙飛行士なんだから仕方ないか。今度はいつ宇宙に旅立つの? マサハルさん」

・また、私の名前が変わった。私は、今度は宇宙に行かなくてはならないらしい。

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