動画再生数のためなら何でもやるぜ
俺は動画配信者だ。
明日の人気配信者を夢見て、再生数を伸ばすため、日々努力してる。
ネタを探しては、毎日のように動画を投稿してるんだ。
メシ食ったり、歌を歌ったり、一発ギャグやってみたり、コスプレしたり、話題のニュースに物申してみたり……。
なにしろ再生数が伸びれば、収入になるし、なにより自尊心を満たせるからな。
だけど、なかなか再生数は伸びない。
今までに一番伸びた動画でも再生数は100もいかない。
こんなんじゃ当然金にはならないし、なにより自分が情けなくなってくる。
現実ってのは厳しい……。
そんな底辺配信者な日々を送っていたある日のこと。
俺はキッチンでカビた食パンを見つけてしまった。買ったはいいけど、見えないところにしまい込んでたせいだな。
普通ならすぐ捨てるところだが、俺はふと思いつく。
(これ食べるとこ、動画にしてみるか……)
というわけでさっそく『カビた食パン食べてみた』という動画を撮影して、投稿した。
すると――
なんと再生数が100を超えたのだ。初めてのことだった。
コメントも一つだけついている。『よくやるわ』という呆れた感じの一言だけだったが、俺にとっては本当に嬉しかった。記念にスクショまでしてしまった。
なんでカビた食パンを食べただけの動画が、歴代最高再生数を記録したのだろう。
パンが美味しそうだったから? んなわけない。みんなカビに興味がある? もっとない。世の中ペニシリン作りたい人だらけじゃないんだ。
答えは簡単、危険なことをやったから、だ。
人は危険なことが大好き。だからジェットコースターに乗るし、車に乗ったらスピード出すし、一か八かのギャンブルに興じてしまう。
そして、見るのも大好きなのだ。ドキッとするような事故の映像、ハラハラするようなテレビドラマ、激しく殴り合うボクサー、酷い罰ゲームを受けるお笑い芸人。近年は問題視されることもあるが、それでも未だにお茶の間を賑わせている。安全なところから危険な光景を見る、これほどの娯楽もなかなかないだろう。大昔から、人は闘技場の試合が大好きだったっていうしな。
だから俺は決意する。
これからはどんどん危険なことをやってやる。再生数を伸ばすために。
動画再生数のためなら何でもやるぜ。
***
俺はスーパーでスイカを買い、これを頭で割ってみることにした。
カメラをセットして、その前で頭突き、頭突き、頭突き。
固い。スイカの前に俺の頭が割れそうだが、そのうちなんとか割れた。
「割れました~!」
俺はカメラの前で割れたスイカを見せつける。
「もちろん全部食べま~す!」
食い物を粗末にしてるわけではないと、食べてるシーンも編集で入れる。
この動画はなんと再生数1000を超えた。
文字通り頭を酷使した動画となったが、酷使したかいがある成果を出すことができた。
「行くと呪われる」と噂される心霊スポットに行ったこともある。
もう何十年も使われていない廃トンネルで、至るところに記念落書きのようなものがある。
俺は幽霊を信じていないが、まさに丑三つ時に行ったし本当に怖かった。
「幽霊よ、呪うなら呪え!」
と叫び、そそくさと退散。
これがなんと再生数1万を記録。
それを見た瞬間、俺は拳を握り締め、小躍りしたことは言うまでもない。
呪いどころか祝いたい気分になった。
ひどく寒い日、俺は近所の池で寒中水泳をしてから、かき氷とアイスを食べるという無茶な企画に挑戦した。
この動画は10万再生となり、俺はついにここまで来たか、という気持ちになった。
やはり人は危険なことが大好きで、俺が危険なことをすればするほど、動画を再生してくれるのだ。
俺はますます危険な動画を投稿し続けた。
二階から飛び降りてみたり、大量に食べちゃいけない激辛食品を食べまくったり、スズメバチの巣に近づいて石を投げてから逃げてみたり……。
再生数は順調に伸びていったが、やはりある時点で“頭打ち”のような状態になった。
どうしても、どう足掻いても100万再生に届かないのだ。
こうなるとやることは決まってくる。
もっと危険なことをしなきゃ――
ある山奥に、綺麗に切り立った崖があった。
絶景なのでドラマ撮影なんかでもよく使われているらしい。
高さは30メートルほどあり、落ちれば間違いなく死ぬ。
俺はここでバンジージャンプを敢行することにした。
それも自分で作ったロープで。
これを成功させれば、100万再生間違いなしだ。
ホームセンターでロープを何本か買い、それをねじり合わせ、長さ20メートル以上の命綱にした。
これを自分の右足首と近くにあった木に結び付ける。
もちろんカメラは、落ちる瞬間と落ちた後を撮影できる場所にセットする。
さあ、いよいよバンジー開始だ。
普通のバンジーさえ未体験な俺なのだが、不思議と怖さはなかった。
むしろ、これをやれば100万再生できるという高ぶりの方が大きかった。
大きく息を吸い込み、ほとんどためらいなく、いざ飛び込む。
「そりゃっ!」
物凄い勢いで俺の体が落下していく。
あとは止まるだけ、なのだが――
一瞬、右足首にものすごい痛みを感じた。多分ブレーキがかかったから。
だが、止まらない。
さして減速もせず、俺の体は地面に落下していく。
なんで? なんで? なんで!?
ロープがちぎれたのだろうか、結び方が甘かったのだろうか、それとも他の原因が――
考える暇もなく、俺の体は地面に墜落した。
***
俺は生きていた。
意識はあり、仰向けになっているのが分かる。
空は清々しいほどの青空だ。
だが、体の感覚は全くない。
痛すぎて痛くないような状態なのか、あるいは神経を損傷しちゃったんだろうな。
バンジーは見事大失敗。
このことはきっとニュースになる。
『人気動画配信者、崖からバンジージャンプをして死亡』
こんな見出しが色んなサイトに躍るだろう。
みんな、叩くなり笑いものにするなりするだろうなぁ……。
『やることがどんどんエスカレートしてたし、いつか死ぬと思ってたわ』
『死体を片付ける人が可哀想』
『こういうのを愛せないバカって言うんだな』
ま、別にいいさ。
俺は再生数さえ伸びればそれでよかったんだから。
だけど、ふと思い出す。
俺はまだバンジーの様子を撮影しただけで、動画を投稿してないから、再生数もクソもないんだよな。
それに俺死亡を報じるニュース動画がものすごく再生されたとして、俺が死んだら、それを見ることもできない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
そんなの嫌だ。
俺は自分の動画が100万再生突破するところを見たいんだ。
それこそ死ぬほど見たいんだ。だから死ぬようなことをやったんじゃないか。
誰か助けてくれ。俺を救ってくれ。
だけど、声は出せないし、何か特別なイベントでもない限り、ここらは人通りのない地域。
生還は絶望的だった。
それでも俺はこのバンジー失敗がどのぐらい再生されるか見たいんだ。
死んでたまるか。
こんなところで、俺は死ねない……。死にたくない!
憎いほど綺麗な青空に、俺は動かぬ右手を伸ばそうとした。
***
あれから、俺は今も動画配信者を続けている。
やっていることは変わらない。
ただし、ますますレベルアップしている。
『熊と戦ってみた』
『ヤクザの事務所に乗り込んでみた』
『火山に飛び込んでみた』
再生数はますます伸び、中には1000万再生を超えるものも出て、今や俺はトップ配信者の仲間入りだ。
今日も俺は危険な動画を投稿する。
ド素人なのにチェーンソーでDIYに挑戦するという動画だ。
扱い方なんか全然知らないもんだから、もちろん大怪我する。
だが、これでいいのだ。
「腕を派手に切っちゃいましたが、問題ありませ~ん!」
俺が意識を集中すると、傷はすぐ修復される。
流れた血も補充されるのか、失血でフラフラになることもない。
もちろんメチャクチャ痛いけど、再生数のためなら余裕で耐えられる。
……なんでこんな能力を得たかというと、自分でもよく分からない。
あの日、バンジーに失敗して全く動けなくなった俺は、「せめてこの動画を投稿したい」「再生数どのぐらいいくか知りたい」という執念で、なんとか体を動かそうとした。
そして何時間か経った頃、俺の体が急に動くようになったのだ。
30メートルの高さから落下して大怪我したはずの俺の体は、なにもかも全回復していた。
とにかく、俺がそういう能力を会得していたのは確かだった。
おかげで俺は今や、普通の人なら死ぬようなことでも平気でやれる、人気動画配信者になることができた。
そのうちどこかの研究機関から“実験台になってくれ”なんて依頼が来たりして。
もし来たら喜んで受けちゃいそうだ。もちろん、動画は撮らせて欲しいけど。
とにもかくにも、今日も俺は動画作りを頑張っている。
俺は動画再生数のためなら何でもやるぜ。
それこそ肉体を“再生”するぐらいのことはしてみせるさ。
完
お読み下さいましてありがとうございました。