第8話 カルラの試練
「見えました。王都です」
「……すっげぇな」
少しだけこの国についての授業をしよう。
この国〈フレースヴェルグ王国〉は世界に三つある大陸の内の一つ〈鳳凰大陸〉に存在する大国だ。
〈鳳凰大陸〉にはもう一つ大国があり、そのお国とは頻繁に戦争していたが、ここ20年程は休戦しているようだ。今は戦時中ではないため、結構穏やかな雰囲気らしい。
さて正面に見えますは〈フレースヴェルグ王国〉の王都〈ネヴァン〉。
見た通り海に面している港湾都市である。
海に面している部分は港になっており、そこに並ぶは無数の商船と無数の軍船である。
その中の一隻が俺たちが乗っている帆船に近づいてくる。この船より10倍は大きい船だ。きっと軍船だろう、素材のほとんどが鋼鉄である。
「あなたの身柄の引き渡しは海上で行いますよ」
「資料で見たからわかってるよ」
先生は大型船のすぐ側で船を停める。
後はあっちから梯子を下ろしてくれるはずだが……、
「へぇ、アレがカルラ様の影武者か。こっからじゃよく見えないなぁ」
大型船の上に俺と同世代ぐらいの大剣を背負った男――少年がいる。
俺と同じぐらいの年の頃だろう。緑髪、中性的な見た目で、糸のように薄っすらとしか瞼を開いておらず、線が細い。だが背丈以上の大剣を背負って更に腰に騎士剣を携えているのにケロッとしている。へそと肩の出たタンクトップ、短パン、右頬から右手の指先までの鎖模様のタトゥー。世間知らずの俺にとっては新鮮味と威圧感満載の装いだ。
「早く梯子を下ろしなさい。受け渡しは迅速にと言われています」
頬のコケた厳格そうな男もいる。テカリのある黒髪、30代半ばほどで肌白く、目の下に隈がある。マント付きのタキシードを着ており、こっちはこっちで怖い。目が合っただけで呪ってきそう。
「悪いね。梯子を下ろす前にやることがあるんだ」
「やれやれ、またあなたの悪い癖ですか」
何やら揉めているな。
会話は辛うじて拾えるが、要領は得ない。
「違うよ。これは主の命令さ。品定めしろって言われてるんだよ」
なんだ? 全然梯子を下ろしてこないぞ。
「なんかトラブルか?」
「あのお二方は第5王子の親衛隊の二人、リン様とアルハート様のはず。一体なにを……」
大剣を背負ってる方が船から身を乗り出す。
「おい、なにやってんだアレ!?」
「よっと」
――飛び降りやがった!?
大剣を抜いてるし、しかも俺めがけて飛んできてないか!?
「意味がわからん……!」
このままじゃ大剣にぶっ刺される。
飛び退き、大剣による刺突を避ける。
男の大剣は船の甲板に深々と突き刺さった。
「リン様! これは一体……」
「手を出さないでねせ~んせ。彼の実力が見たいんだ」
薄く開かれた瞼の隙間から、銀色の瞳がちらりと見えた。
ゾク、と背筋を悪寒が殴る。雰囲気でわかる……コイツ、強いな。
「僕はリン=フロウ。第5王子親衛隊の一人だ」
リンと名乗った男は腰に差した剣を鞘ごと俺の足元に投げた。
「突然で悪いけど僕と決闘してもらうよ。拒否権はなし」
「……理由ぐらい聞かせてくれてもいいんじゃないのか?」
「理由かぁ。主の命令……つまり君のオリジナルの命令なんだよね。だから理由はカルラ様に聞いてよ。僕はただ命令を果たすのみ。君を殺すつもりで追い詰めるだけだ」
「なんだそりゃ……ふざけやがって」
足元にある剣を取り、鞘を抜き去る。
「所詮は使い捨ての命だろうけどな、意味なく殺される気はない。返り討ちに遭っても文句言うなよ!」
「くく……大丈夫。ここで僕が殺されたならきっと、主は満足するさ……」
横薙ぎに振られる大剣、俺は身を引き、剣を数センチのところで躱す。だが、その一薙ぎの風圧で服に切れ込みが入った。
当たってもないのに服が破れるなんてな……こりゃまともに受けるとやばい。
しかしこの細身のどこにこんな大剣を振り回す力があるってんだ。
「それ」
すぐさま振り下ろしの大剣が迫る。なんて剣速だ。
まともに剣で受ければこっちの剣が折られる。ならば――
「へぇ」
俺は退がるのではなく前進した。少しでも反応が遅れれば全身真っ二つコースの危険な賭けだ。
――いける。
前進しながら身を捻り大剣を躱す。大剣を振り下ろし、隙のできたリンの喉めがけて突きを繰り出す。
ガゴン!! と、脇腹から轟音が鳴った。
「ぐっ!?」
俺の剣がリンに到達するより前に、大剣の剣脊が俺の脇腹を捉えた。
ミシミシ、と骨の軋む音が聞こえ、俺は思い切り殴り飛ばされた。落下防止用の壁に背中からぶつかる。
背中と脇腹に激痛……やべぇ、立てねぇ。なんてパワーだ……!
「うーん、所詮は影武者か。カルラ様に比べたらお粗末な剣技だね」
リンがジリジリと歩み寄ってくる。
「でも問題はそこじゃない」
リンは足を止め、
「君さ、目に生気がないよ。生きようとする気概が見えない。決死の覚悟で勝負に出るのは良いけど、命に執着のない人間の決死の覚悟ほど軽いモノはないね。あばらが折れても剣を突き出す覚悟があれば、僕に勝てたかもしれないのに……」
生に執着……か。たしかに、俺は自分の命に執着がない。
もしも本気で生きる気だったなら、あの大剣の攻撃を受けても踏ん張り、カウンターを狙っただろう。それが本当の決死の覚悟というものだ。
あの時の俺の心境は『別に死んだっていいからカウンターを狙ってみよう』というものだ。あまりに軽い決死の覚悟である。
はー、マジか。
こんなすぐに死ぬことになるとは……せめてステーキ食ってから死にたかったぜ。
「カルラ!!」
先生の心配そうな声。
悪いな、もう抵抗する力がない。
「じゃあね、バイバイ」
リンが大剣を振り上げた、瞬間、
脳内に過ったのは……クレインの言葉。
『君が死ぬとカナリアが悲しむ』
生と死の狭間、俺の頭に浮かんだのは走馬灯などではなく――1本のロウソク。
小さな火しか灯っていない、今にも消えそうな、ロウソクだ。
ロウソクは、きっと俺の魂で、
この火は、きっと俺の命だ。
――『僕だって……君のいない世界じゃ、生きていけない!」
――『絶対だよ……絶対、戻ってきてねっ!』
――『お気をつけて。――お兄ちゃん』
アイツらの声が聞こえる度、ロウソクの火は大きくなり、やがて大火となって紅蓮の炎は天を衝く。
「……っ!!」
全身が、勝手に動いた。
「つっ!?」
気づいたら、俺はリンの一撃を躱し、鳩尾に肘を入れていた。
リンは痛みに悶え、後ずさる。
リンは嬉しそうな面で俺を観察する。
「……東洋では、風に晒され、今にも消え入りそうな火を、『風前の灯火』というらしいね」
なんだ、この感覚。
思考がクリアになって、体が軽くて、そんで――
「だが風に煽られるとは同時に、大火を得るチャンスでもある。『風前の灯火』となった時、そのまま風に消される者もいれば、風を火に変える者もいる。君はどうやら後者のようだ。『風前の勇炎』……死の淵でこそ力を発揮する才能」
視界で、火花が散る。
「なんか余裕ぶっこいて解説してるけどよ……」
火花が俺を急かす。『暴れろ』と。
「わかってんのか? こっからはテメェの『覚悟』が試される番だぞ」
「……やれやれ、このプレッシャー……どっかの誰かさんにソックリだ」
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