第5話 王卵
出発は2日後。
任務は3日後の晩餐会に第5王子の代わりに参加すること。
3日後は俺と第5王子の誕生日だ。ま、いわゆる誕生会だよな。多くの客が来るそれなりに規模の大きい誕生会らしい。
その誕生会で『第5王子を殺す』という殺害予告が手紙で王宮に届いたそうだ。
悪戯の可能性もあるが、大事を取って影武者を仕込む、とのことだ。
「……君ともあと2日でお別れか……寂しくなるね。安心して、墓は作っておくから」
「縁起でもないこと言うんじゃねぇ」
俺たちは真っ黒な石の塊を運んでいた。
目指すのはアルバの墓がある場所だ。墓に着くと、花束を持ったカナリアが待っていた。
「ほれ、墓石持ってきたぞ」
「うわ、おっきぃね!」
アルバ……もといアントスの時と同じで、墓づくりをしている最中である。
「あり?」
墓に、カナリアと一緒にパフィンが居た。
「パフィンも居たのか」
「はい。カナリアさんに手伝ってと頼まれまして」
「パフィンは飾りつけのセンスがいいからねっ!」
「……お前が下手なだけだろ――ごはっ!」
クレインの肘が腹に突き刺さってきた!?
「君、たまに口悪いよ。直した方が良い」
「お前は口より先に手を出すところを直しやがれ……!」
クレインはカナリアに目を向け、
「名前は決めたの?」
「うん! あの子が好きだった本の主人公から取ったんだ」
カナリアは墓に“クロウリー”と刻んだ。
「クロウリー……か」
「アントスもクロウリーも、骨を入れてあげたかったなぁ」
「そういやアイツらの死体ってどこにいったんだろうな」
「王都で処理したんだと思うよ。多分、跡形もなく消したんだと思う。だって影武者の死体は王子の遺伝子が入ってるんだから、残しておくはずがない」
それもそうか。
「うっ……」
「カナリアさん? どうなさいました?」
突然、カナリアが耳を押さえだした。パフィンがカナリアの背中に手を当てる。
「なんだ? 気分が悪いのか?」
「また耳鳴りが……」
クレインは耳に手を添え、聞き耳を立てる。
「なにも聞こえないな」
「わたくしもです」
「どこから聞こえてるの? その音」
「多分、湖の方……」
森の中央には大きな湖がある。
決して近づいてはならないと言われている湖だ。
「コイツは耳がめちゃくちゃ良いからな。俺たちに聞こえない音まで拾っちまってるんだろう」
カナリアは苦しそうにうずくまる。
俺とクレインは顔を合わせ、小さく頷く。
「ちょっと調べてみようぜ。湖」
「……」
クレインは目を丸くする。
「どうした?」
「いや、まさか君から提案するなんてね。湖に近づくのは禁忌じゃないか」
「いや、それは……! ちっ。仕方ねぇだろ。カナリアをこのまま放っておけねぇよ」
3人はムカつく笑顔を浮かべやがる。
「ふふっ、そうだね」
「ありがとう。ソル」
「優しいんですね」
「うるせぇ! いいから行くぞ!」
まったく、ここぞとばかりにからかいやがって。
---
湖から10メートル地点に到着。
湖の水際から3メートルぐらいの所に鉄の柵がある。この鉄柵より中に入ることは絶対のタブーと言われている。
先生に見つかったらどうなることやら……。
「どうする? カルラ」
クレインが聞いてくる。
「カナリア、音は……」
「湖! 間違いない。湖の中から聞こえる……!」
カナリアの表情が暗くなる。
怯えている感じだ。只事じゃないな。早く事を済ませた方がいい。
「よし。役割を分担しよう。カナリアとパフィンはここに残って、俺とクレインが湖に潜って中を探る。カナリアは周囲の音に気を張ってくれ。足音が聞こえたらパフィンに言うんだ。そしたらパフィンは足元にある石を湖に投げ込んでくれ」
体力のある俺とクレインを探索役、耳の良いカナリアと器用に動けるパフィンを見張り役にする。
潜る役目は1人でもいいんだが……なんだろうな、俺は変な音とか聞こえないけど、確かにこの湖から嫌な感じがする。念のため、2人で行こう。
「クレイン、石が湖に入ってきたら――」
「すぐに浮上だね」
「ああ。みんな、いいな?」
「「「了解!」」」
俺とクレインは柵の中に入り、服とズボンを脱ぐ。
「ちょっ!?」
カナリアはなぜか、顔を赤くして顔を背けた。
「ん? どうした?」
「どうしたじゃないって! 脱ぐなら言ってよ!」
「昔は一緒に風呂入ってたろ? なに照れてんだ」
「もうっ! 本当にデリカシーがないよね!」
パフィンはパフィンで、両手で顔を覆い隠している(けど、指の隙間からクレインの方を見ている気がする)。
「服は木の陰に隠して――っと。準備はいいか? クレイン」
「うん」
「行くぞ!」
俺とクレインは湖に飛び込む。
湖は透き通っていて、不純物も全然浮いてなかった。だから、俺もクレインも、すぐにそれに目がいった。
黒く、禍々しい、巨大な――卵だ。
(なんだ、こりゃ……!?)
(……黒い、卵?)
学校と同じぐらいの大きさだ。
間違いなく、コイツが音の出どころだ。
この距離だと、俺にも聞こえる。脈を打つような音が!!
まるで心臓のように、蠢いている……!!!
「【お、おぅ、おうぞ、く……?】」
「「!!?」」
卵が、喋った。高い、子供のような声で。
俺とクレインが目の前のあまりの出来事に硬直した瞬間、卵から無数の手が浮かび上がり、俺達に掴みかかってきた。
(う、おおおお!!?)
「【おうぞく! おうぞく! 血を、血をよこせ!!】」
(ほ、解けない……!?)
黒い手に口が、目が浮かぶ。
口は「【ほちぃ、ほちぃ】」とガキの声で喋り、目は血管を血走らせ睨んでくる。
気色悪い!? なんだこれは!?
まずい、このままじゃ、取り込まれ――
「【おまぇら、いきてる。いきてる、くっちゃ、だめ】」
(……?)
「【くえない……まだ……くえない……】」
残念そうな声と共に、手は俺達を解放し、卵に戻っていった。
(なんだったんだ、一体……つーか、今の声)
どこか、アルバの声に似ていたような……。
(カルラ! あれ!)
(ん?)
クレインが指さす方を見る。そこには、湖の底へ沈んでいる石があった。あの石は、パフィンの合図!
――誰かが近づてきている!
(浮上しよう!)
(だ、ダメだ! 石が大分下までいってる! もう湖の傍まで先生が来ている可能性がある!)
(じゃあどうする!?)
(ギリギリまで潜水する! 俺とお前なら後2分はいける! その2分の間に去ることを祈るしかないっ!)
俺とクレインは水中で、ジッと待つ。
すると――
ポシャン。
と、新しい物体が湖に沈められた。
「「!?」」
それは……子供の焼死体だった。
---
2分前。
湖を囲う柵の更に外。そこでカナリアは地面に耳を当て、周囲に聴覚の網を張っていた。パフィンは石を握り、いつでも投げ込める体勢をしている。
「あのカナリアさん。こんな時に申し訳ございませんが……聞きたいことがあるのです」
「いいよ~、なんでも聞いて~」
「カナリアさんは、その……」
パフィンは頬を赤く染め、
「カルラさんとクレインさん、どちらが好きなのですか!?」
「え?」
「ちちち、ちなみに……わたくしはクレインさんのことが好きです……なので……その……」
顔を真っ赤にして聞くパフィンを、カナリアは疑問に思いつつ、
「私もクレイン好きだよ!」
「あ、え、あぅ……そうなのですか」
「カルラも好きーっ!」
「……はい?」
「私、みんな好きだよ!」
向日葵のような笑顔でそう言い切るカナリア。
パフィンは馬鹿なことを聞いたな、と思いつつ、
「もちろん、パフィンの事もだーいすきっ!」
「さすがですね……カナリアさんは。きっと、こういうところがあの方の……」
カナリアは「しっ!」とパフィンに喋らないようハンドサインをする。
「うそ……」
カナリアの顔が青ざめる。
「誰か来た! ――この足音のリズム、先生だ!」
「そんな……!」
パフィンはすぐさま石を湖に投げ込む。
だが、10秒程待っても2人が浮上する気配がない。
「2人とも、出て来ません!」
「隠れるよパフィン!」
「で、でも!」
「ダメ! 私達だけでも隠れなきゃ!」
カナリアとパフィンは木影に隠れる。
そして、カナリアの予測通り、先生が柵を開き、湖の傍にやってきた。
その腕には寝袋のような黒い袋が抱えられている。
「……なんだろう。アレ」
先生は袋のジッパーを開ける。
「やれやれ、1人食べただけで随分うるさくなりましたね。食いしん坊なモノです。これを食べれば少しは静かになりますかね」
先生は袋から、焼死体を取り出す。
カナリアとパフィンは、焼死体を見てゾッとするも、何とか声は出さないようにする。
「……もう暫しお待ちください。――王卵よ」
先生はそのまま、湖に焼死体を沈めた。
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