第4話 王都への招待状
ハクを見送った俺たちは教室でダラダラとしていた。
「“ハンバーガー”、“銃”、“飛空艇”、“腕時計”。外の世界の技術は凄いね」
とクレインは外から取り寄せた新聞を見て言う。
「よーし、今聞いた名前からそれぞれどんな物か予想してやるよ」
暇つぶしに名前連想ゲームを提案する俺。
「面白そうだね。やってみな」
「ハンバーガーは名前の響き的に爆弾の一種だな」
「あ! 銃は調理器具でしょ! 焼く時ってジュウぅっていうもんね!」
カナリアは自信満々に言う。
「……飛空艇は武器でしょうか? 何かを飛ばして攻撃する、弓やボウガンみたいな射撃系の武器だと予想します」
パフィンも連想ゲームに参加してきた。コイツがこういうゲームに参加するのは珍しい。
「腕時計はあれだ、腕にこう鎖とかで時計を巻き付けるんじゃないかな?」
「腕時計だけ当たり。そんな感じの認識で合ってるよ。ちなみにハンバーガーはパンにハンバーグやレタス、トマトを挟んだ食べ物。銃は弓よりも射程があって威力もある武器、飛空艇は乗り物だね。空飛ぶ船なんだってさ」
「マジか!? すげぇな飛空艇!」
「なるほど。銃が武器でしたか。惜しい、ですね」
「クレインはいっつも新聞読んでるねぇ~、好きなの? 新聞」
クレインは新聞を閉じ、
「別に新聞が好きなわけじゃないよ。ただ最新の情報を常に得たいだけさ。僕らはあと4年もすれば外の世界に出る。その時に備えて少しでも外の世界の情報は仕入れておきたい」
勤勉なことだ。
ワッグテールが一度こっちに視線をやって、また手元の本に視線を戻した。『やれやれ、本当に外に出られると思っているのか?』……とでも言いたげだな。
「ねぇカルラ」
カナリアが俺の顔を覗き込んできた。
俺の机に肘を乗せ、まん丸の瞳で見上げてきやがる。
「カルラはさ、外の世界に出たらやりたいこととかあるの?」
「やりたいこと? うーん……特にねぇな」
「うえ~、つまんない男だねぇ」
「そういうお前はなにかやりたいことあんのかよ」
「海の水を飲んでみたい!」
「はぁ?」
「海の水と川の水って味が違うんだよ! 先生が言ってたんだ~」
「あれ、そこの川って海の水が流れてきてるわけじゃないのか?」
俺が聞くとクレインが、
「学校の近くに流れてる川は雨水で出来てる。海から引いてるわけじゃない」
「湖の水も雨水で出来たモノと聞いております。なので、この島内に海水はありませんね」
ここら一帯は山々に囲まれており、その山を登ることは禁じられている。つまり、俺たちは海に到達できないのだ。当然海の水を飲むことはできない。
「きっとねぇ、海の水は甘いと思うんだぁ」
海の味を俺たちは知らない。海を見たこともない。
「なぁオスプレイ、シグ姉、ワッグテール。お前ら外に出た時、海の水は飲んだか?」
「海水は飲んでいないがコーヒーとやらは飲んだぞ! 不味かった!」
「私は飲んでないな。カナリアが海の水に興味あると知っていれば汲んできたのに」
「それは駄目だ。外の世界の物は持ち帰ってはならない。影武者のルールの一つだ」
「ふむ。海も外の世界の物に含まれるか?」
「含まれると前に先生が言っていた。俺は海の水を舐めたことがあるが、どんな味だったか聞きたいか?」
「ううん、大丈夫! 自分で味わってみたいの!」
「……そうか」
海水の味か。想像したこともなかったな。
大して興味もないけど。
「カルラは海の水、どんな味だと思う?」
「……そうだなぁ、しょっぱかったり辛かったら面白いな」
「そんなわけじゃん! しょっぱかったり辛かったらお魚さんたちは海に住まないよ!」
甘い水ならいいのかよ。
「ハクは今頃、先生と海の上だよね。海の水、飲んだかな?」
「どうだろうな。アイツ好奇心旺盛だし、飲んでるかもなぁ」
まぁなんだ。
できるだけ楽しんで帰ってきてくれるといいな、ハクのやつ……。
「クレイン、暇だしチェスやろうぜ。ハクが帰ってくる前に腕をあげておきたいんだ」
「チェスってあのボードゲームだよね。いいよ、僕も興味あったし」
帰ってきたらあのクソガキ、ボコボコにしてやろう。
……ちなみにクレインには3戦目でボコボコにされてしまった。
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「ハクが亡くなりました」
ハクが外に出て、一週間後の朝。
教室で唐突に、そう告げられた。
思わず、俺は「は?」と声を漏らしてしまった。
「先ほど王都より連絡が来ました」
「なんでだよ……」
俺は先生に問う。
「危険はないって……! アイツは――!」
喉に出かかった言葉をせき止める。
なにを熱くなってるんだ俺は……アルバの時は何も感じなかったクセに。
「説明を求める。詳しい、説明をな……!」
オスプレイは怒り心頭、という表情だった。
オスプレイほどではないが、クレインも心中穏やかではない様子。
……カナリアは、泣きそうな顔をしている。アルバの時もそうだったな。
「説明したところで、恐らく理解はできないかと思います」
「そんなにも複雑な事情があったと言うのか?」
「いいえ。そうではないのです。きっと……理解できてはいけない理由で、ハクは焼き殺されました」
焼き、殺された!?
「ハクを殺したのは、第9王子――ハクのオリジナルです」
「オリジナルが影武者を!?」
クレインは机を叩き、立ち上がる。
「どういうことですか!? なぜ……なぜ!!?」
「私もあなたと同じようにハク様に聞きました。するとあの方はこう答えました。『自分とまったく同じ姿の人間を燃やしたら、自分はどう感じるのか知りたかった』……と」
なんだ、それ。
そんな……蟻の巣に水を入れるような感覚で、ハクは殺されたのか……?
そんな子供の、好奇心で……。
俺たちの命はそんなにも、軽かったのか?
――絶句。
怒っていた二人も、他の面々も、言葉が止まってしまった。
「――すみません。こんな時にですが、また新たに影武者の依頼が来ました」
いま、二人連続で依頼の最中に死んでいる。
こんな状況で、行きたい人間がいるはずもない。
静寂の教室で、誰もが息を呑んだ。
先生が目を合わせたのは――
「君です」
外の世界に対する好奇心が、恐怖心に切り替わった時。
こんなタイミングの悪い時に限って、
「カルラ。次に外の世界に出るのは……君だ」
そうだなぁ~。
絶望でもない。かと言って希望では断じてない。今の俺の心境を一言で表すなら、
めんどくせぇ。だ。
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