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第3話 弟

 朝、俺たちは全員で校庭をランニングする。

 基礎体力作りだ。毎日早朝、10人で列になって走るのである。授業が無い日もランニングだけは欠かせない。


「う~……」


 その途中で、何やらカナリアが耳を塞いで苦しそうにしていた。


「どうしたカナリア」

「なんかね~、最近耳鳴りがするんだ。ドクン、ドクン、って心臓の音みたいなのが聞こえるの」


 話をしていると、先頭を走っていた眼帯で左眼を隠した銀髪男――オスプレイが下がってきた。


「大丈夫かいカナリア!? 私が診てあげよう。ほら、服を脱いで――」


 バシン! とオスプレイの頭をシグ姉が叩く。


「引っ込んでいろシスコン。余計に体調を悪くするだろう」

「酷いじゃないかシグネット! それにな、私はシスコンじゃない……! 弟たちも大好きだ! これはシスコンもブラコンも超えた新たなジャンル……そう! ファミリーコンプレックス、ファミコンと呼ぶのが相応しい!!」

「なんでもいいから先頭に戻れバカ」


 シグ姉はもう一度オスプレイの頭を叩く。


「あはは……相変わらずだね、オスプレイ」


 オスプレイは第1王子の影武者(ドッペル)。銀色の髪と左眼を塞ぐ眼帯が特徴だ。眼帯を付けている理由は知らない。

 重度のシスコンでありブラコン。他の影武者(ドッペル)を溺愛している。

 しかしオスプレイはこの教室内で唯一人、ある人物を嫌っている。


「オスプレイ。列を乱してはいけませんよ」

「ふん。すぐに戻ったのだからいいだろう」


 オスプレイはなぜか先生を毛嫌いしている。反抗期ってやつかな。


 シグ姉は第3王子の影武者(ドッペル)。赤毛のロングヘアーで、クールな感じ。

 オスプレイは長男で、シグ姉が長女、って感じだな。


「カルラ。後ろが遅れてるね」

「ああ」


 第7王子の影武者(ドッペル)であるパフィンと、第9王子の影武者(ドッペル)のハクが列から遅れている。


「ぜぇ……はぁ……す、すみません……」


 パフィンはオリジナルがそうだから敬語で喋る。金髪の女子で、カナリアとほぼ同じ背の丈。この教室内で一番女子らしい奴だ。手先が器用だが、如何せん体力が無い。


「大丈夫かい」


 クレインが速度を落とし、パフィンの横に行く。


「ほら、落ち着いて息を整えて。腕の振りも僕をマネしてみて。こう腕を振れば、消費するスタミナを減らせる」

「は、はい……ありがとうございます。クレインさん……」


 クレインが寄ってきた瞬間、パフィンの顔が赤くなった。疲れからじゃない……照れからだろう。

 まぁ、うん、あんまりそういう感情に詳しくないから断定はできないんだが……パフィンは多分、クレインに特別な想いを抱いている。

 クレインとパフィンは遺伝子的には異母兄妹。その間柄でそういった感情が芽生えることは倫理的に良いんだろうか? 影武者教室(ドッペルツィマー)的には間違いなくアウトなんだろうけど。まぁなるようにしかならん。俺は傍観を決め込むとしよう。


 あっちはクレインに任せて、俺は……


「アイツだな」


 第9王子ハク・ドッペル。

 ハクは末っ子だからな。俺より2つも年下、まだ10歳だ。とは言え、アイツも体力に難ありだな。俺が10歳の頃に比べても格段に体力が無い。


「仕方ねぇな」


 俺はハクのところまで下がる。


「休むか? ハク」

「……大丈夫」


 こっちに視線も合わせず、小さな声で言う。

 相変わらず無愛想な奴。普通末っ子はもっと可愛いもんじゃないかね。


「下向いてると余計に疲れるぞ。顔上げろ。あと腕の振りをしっかりとだな……」

「うるさい。あっち行ってて」

「君ねぇ、せっかくお兄ちゃんが親切に指導してやってるのに、その態度はないんじゃないかね?」

「ぼくは……アンタらを兄弟だと思ったことはない……」

「あっそう……」


 拗れてんなぁ。ガキの頃の俺そっくり。

 なんかこのまま引き下がるのも腹が立つ。よし……、


「隙あり!」

「うわっ!?」


 俺はハクをお姫様抱っこし、走り出す。


「お、おい! なにやってんだよ! 下ろして!」

「嫌だね! クソ生意気坊主は爆速お姫様抱っこの刑だ!」


 地面を蹴り砕き、全速力で走る。


「うおおおおおおっっ!!」


「うわああああっっ!?」


 最後尾から影武者(ドッペル)を追い抜いていく。


「あはは! 相変わらず馬鹿だね、カルラは」

「……朝からよくあれだけ元気あるよね」


 カナリアとクレインから呆れたような声。

 勢いそのまま全員を抜いて先頭を走る。


「ふははっ! 負けんぞカルラ! 私にもお姫様抱っこさせろぉ!!」

「うげっ! 来るなアホ長男!」


 後ろから追いかけてくるオスプレイ。

 俺はさらに速度を上げていく――その途中で、


「あ」


 石に躓いてしまった。

 ハクと俺は地面を勢いよく転がり、砂場に突っ込んだ。


「ぺっ! ぺっ! 口に砂入っちまった」


 ハクは顔面から砂の山に突っ込み、ケツだけが出てる。


「おーい、ハク。大丈夫か?」


 ハクは砂場から顔を引き抜く。

 やべぇ、どんだけ怒った顔してるかな……と顔を覗き見ると、


「ふふっ」


 ハクから漏れたのは意外にも、笑い声。


「うおっ! お前が笑ったの初めて見た!」


 と俺が言うと、ハクは顔を赤くして鼻を鳴らし、スタスタと砂場から出て行った。


――同時に、後ろに殺気!?


「カ~ル~ラ~! いつ影武者(ドッペル)の依頼が来るかもわからないのですから、怪我なんてもっての(ほか)ですよ! 危険な行動は控えるように!!」

「ご、ごめん先生……」


 頭に拳骨を頂戴した。

 思いっきりタンコブができたけど、これは怪我に入らないのですか? 先生……。


「やれやれ、お前は落ち着きがないな」


 シグ姉がため息交じりに言う。


「たまに考えなしに動き出すよな」


 ワッグテールが付け加える。

 うるせぇ冷血コンビ。手ぐらい差し伸べろよ。



 --- 



 昼休み。

 俺は教室の隣にある先生の部屋に呼ばれた。


「カルラ、これを見てください」


 先生が出したのはマス目のある板。それと黒と白の大量の小さなアイテム。


「なんだこれ」

「これはチェスというゲームに使う道具です」

「チェス?」

「お互いに駒を取り合い、最後に敵のキングの駒を取ったら勝ち。駒それぞれにきちんと役割があり、奥が深いゲームです。面白いですよ」

「へぇ~。で、これがなに?」

「最近、君のオリジナルである第5王子(カルラ)様がこれにハマったようです。君に彼と同等の力を付けろとは言いませんが、ルールぐらいは覚えておいてください。これがルールブックです」


 先生からチェスとやらのルールブックを受け取り、軽く目を通す。


「これ2人でやるゲームみたいだけど、先生が相手してくれんのか?」

「いいえ、これはハクと遊んでください。ハクのオリジナルもチェスを(たしな)むそうなので」

「了解」


 ぱっと見、面白そうなゲームだ。こういう特訓なら大歓迎。

 教室でぼっちで本を読んでいるハクに声をかける。


「ハク! ちょい付き合え」

「……なに?」

「これ。俺とお前のオリジナルがハマってるゲームなんだって。先生が二人で遊べってさ」


 ハクにルールブックを渡す。

 ハクはルールブックに目を通すと、口角の片端を吊り上げた。


「面白そうだね」

「な! 早くやってみようぜ」

「待って。もっと説明書を読み込みたい……」

「こういうのはやってる内に覚えるんだよ」


 6種類16個の駒を使って相手のキングを追い詰めていくゲーム。

 単純な構造に見えて凄く戦略性があるな。面白い。

 午後の授業は免除で、俺とハクはずっと教室の後ろでチェスを差し続けた。


「……お前とこうして遊ぶのって初めてかもな」

「そうだっけ?」

「お前、俺のこと避けてたろ?」

「まぁね。だってカルラって、生徒の中で一番本心が見えないだもん」

「はぁ? そんなことないだろ。俺ほど正直な人間はいないぞ」

「そうかな? 外面は感情的に見えるけど……その実、内側は冷めている」


 ハクは駒を持った状態で止まる。


「チェスって相手の心が見えるね。カルラはやっぱり冷静だ。着実に、追い詰めていく手を選ぶ。一度良い配置を覚えると、必ずそれに寄っていく」

「……お前は冒険家だな。新手新手で来やがる」

「でもカルラが一番力を発揮するのは陣形が崩された時だ。追い詰められた時が一番怖い。だから、決める時は一気に決めないとね。逆転の機会を与えないように」

「……チェックメイトか。もう一回だ! もう一回!」

「うん、いいよ」


 20戦ほどやって、勝率は五分。

 いつの間にか教室から人は居なくなっていて、夕陽が窓から見えていた。


「この辺で終わりにしとくか」

「そうだね。オリジナルがハマるわけだ……凄く面白いね、このゲーム」

「授業とか関係なしに、これからも遊びでやるか?」

「うん!」


 初めてハクの年相応の笑顔を見た気がした。

 また明日も、ハクとチェスができると思っていた。だけど、そうはならなかった。


――ハクに、影武者(ドッペル)の依頼が来たのだ。



 --- 



「ハクに依頼が来ました」


 朝食の席で先生が言った。

 長方形のテーブルに生徒全員がついている。

 先生は真ん中の席にいつも座っている。ちなみに俺はいつも隅っこだ。


第9王子(ハク)様は明日、王都より南に位置する街へお顔見せする予定があったのですが、その街で今、伝染病が流行(はや)っていてね。大した病ではないのですが念のため影武者(ドッペル)に任せたいとのことです。心配はいりません。危険性はほとんどない依頼です」


 ハクは先生の隣に座っている。浮かない表情だ。


「今日、この後すぐに出ます。私も王都までハクを送り届けなければいけないので、半日いません。なので各々自習とします」


 少し前まで影武者(ドッペル)の依頼が来るとみんな羨ましがった。美味い物が食える、綺麗な景色が見れる、貴重な経験ができる。良いこと尽くしだったからな。


 でも今は逆だ。心配する目や哀れむ目が多い。


 恐らく全員の頭にアルバトロスの死が浮かんでいることだろう。

 食事を終えた俺たちは玄関までハクを見送りに行く。

 ハクは真っ黒なローブを着ている。フード付きで、フードを深く被れば顔も隠せるだろう。影武者(ドッペル)が外に行く時は毎度これを着せられる。他の面子も外に行く時はこれを着ていた。


「ハクぅ!! 無理はするな! 危険だと思ったら逃げるんだぞ!!」


 そう言ってオスプレイはハクを抱きしめる。


「痛いって……」


 俺はオスプレイの襟を引っ張って引きはがす。


「いい加減にしろ。これから重要任務だってのに、怪我したらどうすんだ」

「……くそ、やっぱり心配だ! 私も付き添いで行く!」

「シグ姉、ワッグテール」

「「了解」」


 俺が二人の名を呼ぶと、二人は縄を両手に持つ。


「な、なにをするんだブラザーたち!」


 シグ姉がオスプレイを羽交い絞めにし、ワッグテールが縄でオスプレイを縛っていく。


「……カルラ」

「ん? どうした? ハク」

「これ、預かってて」


 ハクは一冊の本を俺に渡した。

 タイトルは“勇者クロウリーの冒険記 第一部”。名前の通り冒険譚だ。クソ分厚くて、ハクは物心ついてからずっと読み進めている。


「まだ全部読めてないんだ」


 栞は4分の3地点に挟み込まれている。


「ぼくは器用じゃない。失敗して、アルバみたいに死んじゃうかもしれない。もしもぼくが死んだらさ、続き、読んでおいて」

「俺が読んで意味があるのか?」

「うん。天国で教えてよ。本の続き」


 ハクは背中を向けて、


「……任せたよ。お兄ちゃん」

「オニイチャン!?」


 オスプレイが絶叫する。


「うおおおおおおおっ!! ハクの初『お兄ちゃん』をカルラに取られたあああああああああああああああああ!!!」

「うるせぇなぁ……」


 シグ姉が舌打ち混じりに言う。


「頼むシグネット! ハクの代わりに、お前の初『お兄ちゃん』を私にくれ!」

「ちっ、触んなクソ兄貴!」

「『クソ兄貴』ではなく『お兄ちゃん』と……いや待てよ? 『クソ』が付いているがシグネットの初『兄貴』だ。これはこれで嬉しい」

「……それでいいのかお前は」


 ワッグテールの冷静なツッコミが入る。


「またね」


 ハクが手を振ってくる。


「またな」


 俺もまた、手を振り返した。



 これがハクとの最後の会話だった。

【キャラまとめ・年齢順】

先生:仮面を付けた成人男性。影武者教室の全授業を担当する。

オスプレイ(ドッペル):眼帯を付けた銀髪の男子。影武者教室の生徒の中で最年長。自身を『長男』と思っている。兄弟愛がとてつもなく強く、逆に兄弟でもなんでもない先生には厳しい態度をとる。

ワッグテール(ドッペル):金髪オールバックで眼鏡を掛けたクールな生徒。教室内で一番頭が良い。

シグネット(ドッペル):赤毛。女性の中で最年長で、年下の生徒からは『シグ姉』と呼ばれる。口が悪い。

クレイン(ドッペル):銀髪のポニーテール。身体能力が高く、戦闘力は教室内で随一。カルラ、カナリアと仲が良く、特にカナリアに対しては過保護。

カルラ(ドッペル):黒髪。主人公。どの分野においても高い才能を持つが、本人の性格のせいか突き抜けた能力は持たない。戦闘力はクレインに劣るし、知能はワッグテールに劣る。現状ではどのステータスも2番手。

カナリア(ドッペル):赤毛。自由奔放で、皆から好かれている。王の資質の1つである『人を惹きつける才能』に関してはトップレベル。だが他の能力は並程度。

パフィン(ドッペル):金髪。カルラとは遺伝子上父親も母親も同じの兄妹。クレインに惚れているが、カルラ・クレイン・カナリアの三角形が強い絆で結ばれているため、3人の輪には入れずにいる。

アルバトロス(ドッペル):赤毛。寂しがり屋で泣き虫。本編開始前に影武者の任務に出て王子の身代わりとなって死亡。死後にカナリアから『アントス』の名を与えられた。

ハク(ドッペル):銀髪。本好きで、良く1人で本を読んでいる。教室では最年少。頭や勘が良く、物事の吞み込みが異常に早い。

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