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ドッペルツィマー ~影武者の反乱~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第三章 王乱

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第37話 王の器

「君の名前はアイビス=サムパーティだよ」


 仮面を被った女性にそう名付けられた。

 私の中で最も古い記憶だ。

 名付けられた、という表現は正しくないかな。それは私の名前ではなく、私の役割の名前だったのだから。


 第3王子の影武者(ドッペル)、それが私の役割だった。


 他にも同じ境遇の子供が8人居た。この島に居るのは影武者(ドッペル)9人と先生が2人。合計11人。


 先生には大先生と先生が居て、大先生も仮面を被っていたけど、声や肌の感じから老人だとわかった。私が物心ついた時には多分、70歳ぐらいだったのではないのだろうか。


 黒曜刀・影打。

 その前で、大先生と話したことを良く覚えている。


「我々は影、何者にもなれん。『自分』を持ってはいかん」


 続けざまに大先生は言う。


「名付けが禁じられているのもその為。人は名を持つと自我を持とうとする」


 自我を持たず。自分を持たず。

 ただ命じられることに従い、王族の影として生きる。

 それが、私達――影武者(ドッペル)だ。


「影の未来に栄光はない」


 それが大先生の口癖だった。

 大先生はよく、私の話相手になってくれた。だけど、私が14歳の時に心臓発作で亡くなった。その死に顔すら、私は拝むことを許されなかった。


 私には大先生以外にもう一人、話し相手が居た。


「この足音……アイビスね」


 彼女は第2王子の影武者(ドッペル)で、目が見えず、足も不自由だった。

 いつも彼女は窓辺で本を手に持って、私を待っていた。


「今日はこの本、読んでくれるかしら」

「いいぞ。任せろ」


 私は朗読が好きだった。

 キャラクターのセリフをそのキャラクターに成り切って読むのが好きだった。

 私が悪役のように声を低くすると、彼女は笑った。私が女性の声を出すと、彼女は驚いた。

 彼女に朗読するこの時間が、人生で一番幸せな瞬間(とき)だった。


「……アイビスは器用ね」

「俺のオリジナルもかなり器用な人間みたいだからな。影武者(ドッペル)の俺も、同じように器用な造りなんだろう」

「本当に凄い。本の中のそれぞれの登場人物にピッタリな声出して……でも、あなたがアイビスとして喋る時だけ、ぎこちない」

「そうか?」

「うん。無理して話してない?」

「……物語に浸っている時はどんな声でも出せるんだけど、素の状態だとどうも難しくて。特にアイビスの口調は俺に合ってないんだ」

「そうなんだ。それならさ、一回好きに話してみてよ」

「でも、先生に聞かれたら怒られる」

「今はいないよ。お願い。あなたの()()()()を聞かせて」


 (うなが)されるまま、私は声を出した。


「……わかりました。本当はゆったりとした口調で、丁寧な言葉遣いが私の口に合っているのです。うん、この声と口調なら自然に喋れます。どうでしょうか……あまり、男らしくないですよね。変、ですよね」

「ううん、そんなことないわ。とっても素敵な喋り方。聞きやすくて、心によく馴染む。私……今のあなたの声が一番好きよ」


 彼女は笑顔で言う。とても、美しく儚げな笑顔で。

 思わず照れて、顔が赤くなってしまう。


 とても大切な人だった。


 世界で一番大切な人だった。

 彼女さえいれば、この世界のあらゆる不条理に立ち向かえる気がした。

 しかし、世界は私の覚悟を容易く踏みにじった。


――王卵が起動した。


 私が18歳の時だった。

 目が見えず、歩けない彼女が魔獣巣食うダンジョンで生き抜けるはずもなく。


 虚しく王卵を生き抜いた私は、『先生』となった。


 ただ生に執着し、時間を貪る、悪魔となった。



 --- 



 花畑の上に立ち、

 私は来客を待つ。


「来ましたか」


 ザ。と足音を立てて、少年が木影から現れた。 

 少年――いや、今はもう青年か。黒い髪の青年だ。


「少し、背が伸びましたね」

「……」


 青年――カルラは喋らない。

 ジッと、私を睨むのみだ。

 (つか)いにやったガーゴイルの気配がない。倒されたか……。


「あなたが勝ち抜きましたか。あなたかクレインのどちらかだと思っていましたよ」


 影武者(ドッペル)九人の中で二人は飛びぬけた戦闘力を誇っていた。ワッグテールの力にも驚いたが、こと戦闘センスに関しては二人の方が上だろう。


 しかし、8割方クレインが勝ち残ると思っていた。カルラが来たのは僅かに驚きだ。


「本来なら、今日からあなたには『先生』になってもらう予定でしたが……残念ながらカルラ、あなたには今日、ここで死んでもらいます」


 王卵を勝ち抜いた者は、次の先生となる。先生となり、次代の影武者(ドッペル)を育てる。

 前任の先生は大先生となり、先生に教育に必要なスキルを与える。寿命が持つなら、先生の補佐として大先生は生きる。

 そうやってこの教室は……影武者教室(ドッペルツィマー)は回っていた。だが、


「意味がわからないな。俺は王卵を生き抜いた。俺が次代(じだい)の先生のはずだろ」

「……本来、王卵の儀が終わったら王卵は消え、8つの王冠となって世界に散らばる。だけど、王卵はまだ消えていない」


 未だに学校の上には巨大な王卵がある。

 儀式が完遂されていない証だ。


「どうやら()()が足りなかったようです。原因はハクとアルバトロスでしょう。二人の遺体はあまりにも損傷していて、人間一人分の生贄にはならなかったのです」


 ハクもアルバトロスも丸焦げだった。そのせいで、王卵はまだ、王族の血を求めている。


「アルバトロス、ハク、ワッグテールの3人で王卵は無事第二形態になった。だから何とか足りていると思っていたのですが……見当違いだったようです」


 まったく第9王子(オリジナル)め、余計なことをしてくれた。


「ホルスクラウンを造るにはあと一人分、王族の血が足りない」

「……だったら別に、アンタをあの中にぶち込んでも儀式は成るだろ?」


 その通り。

 いまこの場に、生贄足りえる人物は二人。


「なぁ、いい加減……その仮面外せよ」

「……」


 もはや隠す必要もないか。

 私は真っ黒なマスクを外し、顔を晒す。

 ()()()()を外気に晒す。


「アンタも誰かの影武者(ドッペル)だとは思っていたが、まさかアイツの影武者(ドッペル)とはな」


 この姿を、また見せる日が来るとは思わなかった。


「現国王、アイビス=サムパーティの影武者(ドッペル)。それがアンタの正体か」

「そういえばあなたは任務の際に、あの方に会っていたのでしたね。その通りです。私も影武者(ドッペル)として育ち、そして王卵を勝ち抜き先生となった者です」


 腰から剣を抜き、カルラに向ける。


「私とあなた、どちらかは王卵へと還り、ホルスクラウンを成さなければならない。勝負ですカルラ……『先生』の座を賭けて」

「生憎だが、俺は『先生』なんてちゃちな席に用はない」

「……なんですって?」

「俺はさ、先生、本物になりたいんだよ」


 この子は……一体なにを言っているんだ?

 私たちは影武者(ドッペル)、偽物だ。それは産まれた時に決まったことであり、覆すことはできない。


「我々は生まれながらに偽物です。本物にはなれません」

「なれるさ。一つだけ方法がある。俺たちが本物になって、アイツらが偽物になる方法が」


 諦めの悪い。

 そんな方法があるはずがない。


「聞き分けのない子ですね……私たちはこの鳥籠から出ることはできない。王卵で抗いようのない運命があると知ったでしょう? 贋作として育ち、代用品として死ぬ。それが我々の運命だ。もしくは私のように、『先生』としてリサイクルされる運命しかない」

「俺は違う。この鳥籠を破り、この国を奪う」


 国を、奪う……?

 まさか、


「まさか、あなたは……!」

「もしも俺がさ、玉座に座ったら……誰も俺を影武者(ドッペル)と言えないだろう。あの王冠を手に入れることができれば、俺も、散っていった兄弟たちも、本物になれると思わないか? 誰も俺を、俺たちを、偽物とは呼べない。呼ばせない……!」


 ずっと、自分に関心がない子だった。

 運命を受け入れ、従う子供だった。

 だけどどうだ、いま私の目の前にいるこの青年の目には……確かな風格が見える。運命を打ち砕く、勇者の瞳だ。


「ハッキリと言おうか?」


 青年は真っすぐな瞳で、言い放つ。




「俺が王になる」




 青年が覚悟を口にすると、彼の影が浮き上がり、女性の形となり、彼を後ろからハグした。

 どこか神秘的なあの雰囲気は間違いなく、


「――影法師(ゲンガー)!?」


 馬鹿な! この1年の間に、幻影封氣を習得したのか!?


『ようやく決心したな。我が王よ。ずっと待っていた……君が“王になる覚悟”を決める時を! それこそが我を従える資格!! 今こそ教えよう! 私の名は――』

「いいよ。聞かなくてもわかる。行くぞ! ――“エクリプス”!!」


 彼の纏う陽氣が大きく、猛々しく燃え上がる――!!


「……この腐った仕組み……運命……全部全部全部!!! この国ごと作り変えてやる!!!! 俺が、この手で! 王になって!!!!」


 その勢いに、私はつい、後ずさってしまった。



「構えろよ先生。王の器ってやつを見せてやる……!」



【読者の皆様へ】

この小説を読んで、わずかでも

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